ぐちゃぐちゃ

Totto/相模かずさ

ぐちゃぐちゃ

『私のお母さんは夜遅くまで仕事をしています。お父さんは大体いつも七時に帰ってきて晩ご飯を

一緒に食べます。お母さんが仕事に行く前に冷ぞう庫に入れておいてくれるのでレンチンします。レンチンするのは私の仕事です。ご飯を食べたらお風呂に入って宿題をしてから寝ます。お母さんが帰ってくるのは夜中なので私はお母さんが帰ってくるところを見たことがありません。

朝起きたらお湯をわかしてパンを焼きます。お父さんとお母さんは寝ているので起こさないように気をつけます。一度お皿を落として大きな音を立てたらお父さんにお母さんが起きちゃうから静かにしてあげてと言われました。しっかり寝てほしいってお父さんは言いました。』


「何これ」

 ここまで読んでから、どうも自分一人では判断がつかなかったので、守秘義務があるにも関わらず同棲している彼にそのペラッとした作文用紙を渡してしまった。

「うちのクラスの子の作文なんだけど、これってネグレクト、かな」

 小学校の教師をやって三年目、今年初めて持った担任のクラスは可もなく不可もなく。みんなとてもお行儀が良く、宿題を忘れる子もほとんどいない出来のいい生徒ばかり。

 今日提出してもらった作文のお題はお家のこと。

 まあぶっちゃけると、こっそり虐待にあってる子はいないかなという家庭調査の一環だったりする。今のところ引っかかったのはこの一件。

お父さんはちゃんと面倒を見てくれてるようだけど、朝は四年生の子を放置して寝ているようだし。

「朝は一人か、今度授業参観と懇談会だろ? その時に会えたらちょっと探ってみろよ」

来春結婚予定の彼とは同棲して二年目。学生時代に友人の紹介で知り合ってここまで順風満帆。私にはない着眼点を持っているので時々相談に乗ってもらっている。

「そうだね」


 授業参観の日の夕方、自宅に帰った私は疲れを隠さないまま彼に縋りついた。

 大人にじーっと見られるのってやっぱり緊張する。さっさと寝てしまいたいけれどその前に彼にあのことを相談しておきたい。

「あの子の家、誰も来なかったの」

「作文の?」

「そう、あと、なんだか最近服を変えてないみたいなんだよね」

洗濯をしていないのか同じ服を着まわしているように見えて、不安。表情も最近暗い。

「家庭訪問もうすぐだっけ」

「来月にあるわ」

「様子見て、おかしかったら早めに対処した方がいいぞ」

「そうする、ありがとう」


「なあ咲希、あの子の名前なんだっけ。あと住所教えて」

帰宅してすぐ、彼に聞かれたのはあの作文の子の。

「え、ーーーーよ。住所は青台3丁目」

「もしかしたら、今日の現場だったかも。俺は行かなかったんだけど」

彼は消防官、現場っていうことは。

その時、携帯の呼び出し音が鳴った。

この音は学校から。


「ーーーーさんの家が火事、誰にも連絡がつかない、はい、わかりました」

 通話を切ると、心配そうな彼。頭がくらくらしてあの子の顔が思い出せない。

「咲希、大丈夫か」

「いつでも連絡が取れるようにしておいてって言われたの、どうしよう、どうしたらいい」

「今できることはないからしっかり休んで、何か食える? 作るよ」

 彼が作ってくれた暖かい食事に癒され、とにかく寝てという言葉に甘えて休ませてもらう。次に電話がなったのは夜中の3時過ぎだった。


「ーーーーさんが……。え、大人は男の人だけ? ……、え、……?」

どうやって通話を終わらせたのかわからない。ただ、今聞いたことが現実だとしたら私にもっと何かできたんじゃないかと後悔の念が押し寄せる。

「何か、あったのか? 真っ青だ」

「ーーーーさん、亡くなったって。あと多分お父さまも一緒に」

「母親は仕事か?」

「それが、ーーーーさんのお母さま、もう亡くなられてるって。学校の書類にはそんなこと書いてなかったのに」

「なんでそんなことをしたんだか」

「わからない、部屋はすごい惨状だったって、ぐちゃぐちゃで」


整理整頓されてない部屋で、あの子は母親を知らずに、逝ってしまった。

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ぐちゃぐちゃ Totto/相模かずさ @nemunyo

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