春吹雪
雨森灯水
また会おうね。
春の雪がひらひらと舞う。どうしてかわからないが、俺は生まれ育った故郷にいた。どうやら帰省してきたようだ。母に言われて仕事休みもらって来たんだっけな。
「おかえり。何年振りかねぇ、あんたの顔見れたのは」
俺はその言葉に苦笑する。そんなに帰ってなかったけ、と聞いてみると、うん、と素っ気ない返事が返ってきた。母は嬉しい時、いつも素っ気ない返事をくれる。それをわかっているからこそ、その返事が嬉しかったりする。
「せっかくだしゆっくりしていきなさい。普段から散歩とかしてるのかい?」
「あぁ…してない、けど…まあ元気だし」
「運動不足はよくないよ。『秘密基地』にでも行ってきたらどうだい」
「誰かいるかもしんねえし、やだ」
「秘密の基地なんだから誰もおらん。行ってきなさいよ」
「…はーい」
母に押されて、仕方なく外に出た。柔らかくて暖かい陽光が背中に当たり、涼しく心に突き刺さるような風が顔に当たる。あの頃の感覚がよみがえる。思わず駆け出す。落ちていた桜の花びらが舞う。
ついた、俺の、俺たちの秘密基地__。
「よう、久しぶりだな!親友!」
そこにいたのは、俺の親友だった。あの頃と全く変わらない、あの無邪気な笑顔。
「……なんでいんだよ」
俺の問いには答えないが、彼は嬉しそうに、懐かしい話をしている。あんなこと、こんなこと、懐かしすぎて泣きたくなる。
「そうだ、アイス!食べようぜ。お前の大好きなヤツ」
「お…おう。買ってくるな」
「あ、俺買って来たんだ。はやく食おうぜ」
彼の笑顔はどうも印象的だった。なんか、ふっと消えてしまいそうな、悲しい感じの、儚い感じの笑顔。胸がきゅっとなる。青々とした木々に囲まれた、廃屋であろう建物を勝手に『秘密基地』と呼んだあの日。何度も遊んで、日が落ちても大きくなっても遊んで、誰もいなくなったここで、お前は何をしていたんだ。
「何って、何もしてねえよ。懐かしくなってふらっと立ち寄っただけだ。…ラムネとか飲みてえな。あの駄菓子屋に売ってっかな」
「…売ってるかもな。まだ春だけど」
「行ってくるか」
「…行かないで」
「はぁ?なんだよどういうことだよ」
「もう…行かないでくれよ、俺の親友だろ!?」
「…俺は行くよ」
彼は寂しげに笑うと、ふらっと立ち上がって歩き出した。ぶわっと風が吹いた。土も葉も花びらも、全部全部飛んでいく。
「また会おうね」
彼の言葉が頭に響く。待って、という言葉すら出てこなかった。
「…行くなって言ったじゃん…」
そこに彼の姿はない。もう駄菓子屋まで行ってしまったのだろうか。
「__またな、親友」
俺は積もった春の雪を踏みしめて、駄菓子屋でラムネを2本買いに行った。
春吹雪 雨森灯水 @mizumannju
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