ぐちゃぐちゃ

ぱんのみみ

ぐちゃぐちゃ

「マジか……これどうするんだ」

「私に聞かれましても……」

 あるマンションの一室、二人の男女がいた。そして机の上には無惨にもぐちゃぐちゃになったバースデーケーキが無言で鎮座していた。


「海がどうにかしてよ」

「オレがどうこうできる次元じゃなくないか!?」

「そこをどうにかするのが仕事ってことですよ」

 堂々巡りの矛盾論に海は頭を抱えてんがぁ、と呻き声をあげるのだった。

 季節は三月。少し早いが別れと出会いの季節である。この二人が用意しようとしていたのもそれにまつわるものだ。なにせ今日は学生時代ずっと一緒につるんでいた三人組のうちの一人、紫苑が県外に引っ越す一週間前で、ついでに彼の誕生日なのだ。二人は学生時代の思い出を作るために盛大に祝おうとした……その矢先に起こったのがこれだった。


「ああ、ダメだ……完全にぐちゃぐちゃになってる」

「ダメだってそんな軽く言うな……はぁ。足並みが元から揃わんと思ってたけどまさかこんな日にまで揃わないとは。というか雪、内装も大変なことになってるが」

「まあ、うん。打ち合わせもしないで行き当たりばったりで始めたからね。門出の会と誕生日が悪魔合体するのも仕方ないことなんじゃないかな」

 誕生日おめでとう、と就職おめでとう、の垂れ幕が両方かかってる。正面衝突で情報量の交通事故だ。


「て言うかあと一時間だよ。本当にどうするの」

「どうにかするしかないだろ。とりあえず冷蔵庫に生クリームが入ってたはずだ。幸い、箱から落ちた訳じゃないし……時間もない。仕方ないからこのぐちゃぐちゃをリサイクルするとしよう」

「リサイクル言うな。リユースと言え」

 箱を持ち上げて海はトレーを机の上で取りだす。電車でもみくちゃにされた成果とはいえなんとなく一番下まで使うのは気が引けたのでその少し上までをフォークで分解しつつレスキューした。

「ていうか生クリーム常備してるとかさすが海だよね」

「いや、それは今日グラタンにする予定だった生クリームだ。生クリームは賞味期限が短いから常備なんてしてない」

「え? じゃあグラタンどうするの」

「……無くすしかないんじゃないか」

「そうじゃなくて!」

 雪は大声で言う。なんでこいつ寝ぼけたこと言ってるんだ。唯一打ち合わせた料理のコースも忘れたのか?


「今日のメインディッシュでしょ!? グラタン!」


 海の動きが固まった。そしてそのまま流れるようにブリッジをした。

「いや、怖いよ。なんで急にブリッジをするんだよ」

「言葉にならないところの代弁」

「これが本当の肉体言語ってか。やかましいわ」

「しかしそうなると本当にお手上げだぞ。生クリームがないんじゃケーキの形状に戻せない」

 加えて本日の主役は大の甘党だ。ケーキを外すのも、グラタンを外すのもありえない。というか選択肢に入らない。


「……となると仕方ないか。私生クリーム買ってくるよ」

「うん、そうだな。最初からそうすればよかったみたいな気持ちになってきた」

「て言っても生クリームってなかなか売ってないんだよねえ。近くのコンビニにもないし……ジャスコまで行くしかないのかな」

「その手前のドラッグストアにあるからそこによるといい。時間も十五分位で済むはずだ。そのあとはオレに任せろ。死んでも生クリームを作る」

「覚悟が桁違いだ……私も十分で帰ってくるよ」

 サンダルを足につっかけ鍵を開いた瞬間、雪は足を止めた。


「あ、雪さんちょうどいい所に」

 立っていたのだ。玄関の前に今日の主役が。

 あと一時間はあるはずだった猶予が爆速でゼロになった。黒髪ショートの少年は手に持っていた土産を上に掲げて笑みをこぼす。

「講義が思ったより早く終わったのでちょっと早く来ちゃいました。これ、海さんへの手土産です。今インターフォンを鳴らそうと思ってたんですよお」

 なんて呑気な言葉をはいている紫苑を前に雪は気が遠くなった。この言葉にならないぐちゃぐちゃの感情をなんと表現すればいいのだろうか。答えは既に先駆者が出している。


「ブリッジぃいい!!」

「いや突然何!?」


*****


「なるほど。ケーキが帰ってきたらぐちゃぐちゃに……そんなの気にしなくていいのに」

「せっかくのお祝いのケーキなんだからきちんとした形で渡したかった、それだけだよ」

「はぁ……面目ない……」

 グラタンを無事食べてケーキを食べながら三人はだべる。紫苑はその言葉を聞きながら辛うじて形だけを戻されたケーキをフォークですくう。味に差があるかどうかは分からないが……。

「これ、五つくらい先の駅のケーキ屋でしょう。そんなところから持って帰ってきたならそういうこともあるって。ていうかわざわざあそこまで出掛けさせてごめんよ」

「そんなことはない。私達は紫苑のためにこうしたかっただけだから……はあ、ダメだ。失敗すると引きずるよねえ」


 ぐてえ、と崩れた二人に紫苑はくすくすと笑い声をこぼす。

「……次は海さんの誕生日だ。雪さん、頑張りましょうね!」

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ぐちゃぐちゃ ぱんのみみ @saitou-hight777

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