関係性収束とお説教、或いは濁流の惚気話
熊坂藤茉
事前情報的に想定不可能だと主張したい
ごそごそとベッドのボックスシーツと防水シートを外していく。幸か不幸か外は晴れ。燦々と降り注ぐ太陽光を見るに、絶好の洗濯日和と言えるだろう。
少し離れた位置のソファには、肌掛けをぐるぐる巻きにして寝こける先輩がいる。これがかなりぐっすりのご様子で、全然起きる気配がない。起きてくれ先輩。ごめんちょっとまだ色々アレだから起きないでくれ先輩。
「はぁああああああああああああ…………」
大分でかめの溜息ひとつ。ぐちゃぐちゃのしわだらけになっている手の中のそれをちらりと見遣れば、ちょっとコメントしづらい痕跡が見て取れる。まあ、うん、なんだ。
「めちゃめちゃヤっちまった……」
よりにもよって、二重の意味で。
「ん……」
「先輩!?」
ぐっすりだった筈の先輩の、少し鼻に掛かるような――それでいてどことなく甘く聞こえるうめき声。
「……びしょ濡れの犬みたいな辛気くさい顔して、どうした? ん?」
もそりと身じろぐようにして、先輩がこちらへ手を伸ばす。わしわしと掻き回される髪の毛が、何だか酷くくすぐったい。
「先輩、その……」
「ん?」
「大丈夫、っすか……?」
「何が」
「いや何がって言うかこう」
「噛み痕ならばっちりあるな。ほら」
見るか? と気安く声を掛けられて動揺する。いやそんなまじまじと見ていいモンなんすか主犯は確かに俺ですけども!
「隠して! 先輩それ隠して下さい目の毒なんで!」
「皿まで喰った奴に言われたくないんだが?」
「それは実際そうですけど!」
わーわーわーと真っ赤になって慌てる俺。「なんでそんなに動揺してるんだ?」と首を傾げる先輩。温度差が酷い誰か助けて! シーツだけじゃなくて俺の精神状態までぐちゃぐちゃになる!
「ていうか! なん、なんでそんな落ち着き払ってるんすか! 俺……っ!」
「寧ろこっちも聞きたいんだが」
そう口にして、先輩が身を乗り出す。ぱさりと巻き付いていた肌掛けが滑り落ち、その下の肌――俺と同じ真っ平らな胸と、そこに残る噛み痕が晒された。
「僕と寝た事でそこまで動揺する理由は主にどこに置いている? 後悔か? 罪悪感か? それとも誰かしらに立てていた操か何かに対してか? もしくは――同性相手という事実そのものか?」
「だって! だって先輩!」
泣きそうになりながら口を開く。ずっと、ずっとそうだったって俺は知っているのに。知っていたのに。
「先輩、好きな人いるじゃないっすか……」
「そうだな。とっくの昔に失恋してるが」
「でもまだ好きって言ってたじゃないっすか……」
「それは当たり前だろう。僕が失恋する事とその上で相手を今現在も愛してる事は完全に別件だろう?」
「そんなん言われても俺どうしたらいいか分かんないっすよぉ……」
べそべそと泣きじゃくる俺の頭を、困ったように笑いながら先輩が撫でている。服着て。俺の頭なんて撫でなくていいから服を着て。あ、でも洗濯機に入れたからないのかそうか……俺が悪いアレだった……。
「はー……さて、どうしたものか。取り敢えずこれだけは言わせてもらうし、その上でこの後はお説教の時間になるぞ」
「ハイっす……」
ぽむぽむと頭の上で手を弾ませる先輩は、なんだか若干楽しげで。いやなんで笑ってるんすか。自分に無体働いた相手に嬉しそうなのマジで何?
「お前はまず〝同率一位〟という言葉の意味を知るところから始めようか」
「――はい?」
そしてこんこんと始まる先輩のお説教――というていを使っての、俺への感情をつらつら語っての惚気話。最初はただただ困惑していただけの俺も、次第にその言葉が帯びてる熱の意味を理解して。
結局この日一番ぐちゃぐちゃになったのは、シーツでも先輩でもましてや俺達の関係でもなく。
ただただ儚い、俺の情緒なのだった……。
関係性収束とお説教、或いは濁流の惚気話 熊坂藤茉 @tohma_k
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