mash
古川
7:15
マッシュといえばマッシュポテトだろうが。
が、私の主張だ。兄の髪型の話である。
二こ上の兄はマッシュヘアとかいう名前のなんかわしゃわしゃさせた髪型をしている。緩いきのこをかぶったみたいな形で、シルエットがよいとかなんとかで男子界隈ではおしゃれなやつとされているらしい。
毎朝鏡を前にワックスでわしゃわしゃとマッシュにきめて登校していく兄は、私からしたらかゆい。かっこつける兄、というのは妹からするとかゆいのである。
本来、兄が世間的に見てかっこいいかそうじゃないかというのは妹としてはまったくどうでもいい話だ。なぜかと言うと兄とは兄なのであって家の中の人間なのであって客観的な目で見る必要がない。だから兄が対世間用にマッシュにきめようが私には関係ないし関心もない。はずなのだ。
しかしこの兄、顔がいいのである。友達にもよく言われるし、あんまり知らない人からも言われる。私はそんなん知ってる、と思う反面、兄の野郎うまくやりやがってるな、と心の中で舌打ちする。
顔がいいのなんか知ってる。昔からそうだし、成長するにつれて余計極まってきている。だからこそ私は思う。マッシュといえばマッシュポテトだろうが。
鏡を前に指で輪郭と毛束感をちまちま調節している兄はかゆいし、そのマッシュがマッシュポテトのマッシュではなくマッシュルームのマッシュであるらしいことに私はムカついている。
兄よ。おまえは確かにかっこいい。その髪型も爽やかでスタイリッシュでよく似合っているんじゃないかと思う。でもおまえの本当のかっこいいポイントはその頭の緩やかな曲線部分にあるわけじゃないし、ワックスをすり込んだ毛束感にあるわけでもない。そんな、風が吹けばすぐ崩れる表面的なことに朝の貴重な十数分を使ってどうする。それよりもっとちゃんと朝ごはんを食べろ。ほらコンタクト入れる瞬間いつも口半開きの変な顔になってるぞ。鼻歌下手くそ過ぎるしあぐらをかいてる時の貧乏揺すりをやめろ。そのヘアバン中学の時から使ってるけど洗ったことないだろ、くさそう。彼女の前でそういう姿見せれる?わけないか。
色気づく兄に、ここは一発妹が本当の
私は音もなく兄の背後に近付く。そして緩くふんわりきまった頭を、両手のひらでかき混ぜてぐちゃぐちゃにする。兄はふぬぁ!と言ってすぐ振り払ったけど見事なボサボサ頭にきまった。私は満足して、行ってきます!と玄関を出る。
高校生になった兄に彼女ができるのは時間の問題と思った。でも思ったよりそんな気配はなく、新しくできた友達と楽しくすることに忙しそうだった。しかしこの前、ついにその時は来た。兄が女の子を家に連れてきたのだ。
部屋の前ですれ違った。かわいかった。はじめまして、とちゃんと挨拶してくれた。私はちょっと不機嫌な思春期女子っぽい顔でそれに応えた。
その次に来た時に、その人は私にアーモンドチョコをお土産として持ってきてくれた。普通にコンビニで買えるやつだけどちょっと高くて自分では買わないやつ。美味しかったのでむっとなった。
兄よ、せいぜいあの人がおまえを見た目の良さで選んだとかじゃないといいね。実は身長が高くないのを気にしてて牛乳を頑張って飲んでしょっちゅうお腹壊してることとか、かっこよくスケボー乗ろうとして練習始めたけどお尻打って一日でやめたこととか、くしゃみが死ぬほどおっさんくさいこととか、そういうのがバレてもちゃんと好きでいてくれる人だといいね。どっちにしても私は、マッシュといえばマッシュポテトだと思ってる。
天気がいいし、まぁいいや、ということにする。風がもっと吹いて、家を出る前に再び整えただろうあのマッシュを修正不能なくらいぐちゃぐちゃにかき乱してくれたらおもしろいなと思った。
〈了〉
mash 古川 @Mckinney
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