Forsaken Generation~セカイノサダメ<王都解放編>

月雲

第1話

(今……どのくらいの時間なのかしら……)

 上を向く。そこに見えるのは、生い茂る木々の葉ばかり。空が見えないのはおろか、太陽の光さえ差してはこなかった。

 小さなため息をついて、青白く、やつれた顔の少女は俯く。その動きに従って、たっぷりとした長い黒髪が流れた。

 ここは北東大陸アルンの東方に位置する国、遼夏。緑多い、国である。

 少女はその黒い瞳で薄暗い周囲を見やる。どこを見ても、見えるのは短い下生えとキノコや苔、そしてたくましく伸びた木々や幹にまとわりつく蔦ばかり。

「ここ……どのあたりなのかしら。村は、どっちなのかしら……」

 考えないようにしていたことを一旦口に出してしまうと、急に不安が募ってきた。

「早く薬草を見つけて帰らなきゃ。あんまり帰りが遅いと、お母さんや真鈴を心配させちゃうわ」

 小さく首を振ると、手に持った籠を抱きかかえて、少女はふらふらと歩みを再開した。力が入らない足で。

(お母さん……大丈夫かしら……)

 少女の母は、少し前から重い病に倒れていた。医者に診せたくとも、そうするだけの財が少女の家には無かった。

 それで少女は一人、病に効きそうな薬草を求めて村の外に出たのだ。妹の真鈴まりんを母の側に残して。

 だが、慣れない森を闇雲に歩いてきたからか、元来た道は既にわからない。薬草も未だ見つけられていない。何も口にせずずっと歩きづめで、喉の渇きも腹の空き具合も、そろそろ限界に来ようとしていた。

 そのとき、たくましい樹木の張り出した根に足をとられた。一瞬の浮遊感のあと、身体が地面に投げ出される。

 強かに打ち付けた身体を何とか起こそうとしたが、少女の手足には全く力が入らなかった。

 ふっと眠気が襲ってくる。抗いがたい、その誘惑。

(少しなら……休んでも、大丈夫よね……)

 瞳を閉じた瞬間、少女の意識は闇へと落ちていった。



 時を同じくして――

「奥に向かわれたぞ! 追え!」

「……くっ……まだ振り切れていなかったか……」

 目深にフードをおろした男が、木々の間を走っていた。

 足を止めるわけにはいかない。捕まったら終わりだ。

 近寄ってくる複数の人間の足音と声に追われながら、男は森の奥へと向かって走っていた。

(しかし、このような場所を闇雲に走っていてはここを出るときに――)

「ここまでです。――観念してください、レイヤ様」

 そのとき、目の前に鎧姿の集団が現れた。――先回りしていた者達がいたようだ。

 後方から追ってきていた者達も追いついてきて、レイヤと呼ばれた男はあっという間に囲まれてしまう。

「さあ。国にお戻りください、レイヤ様」

 鎧姿の者達が、じりじりと慎重にレイヤとの距離を縮めてくる。

 そのうちの一人がレイヤを捕らえるべく、その身体に手を伸ばそうとした。これでようやく任務は終わりだとその者が思ったそのとき、視線を感じた。フードの奥から鋭い目線が、見返してくる。その視線の圧に気圧され、たじろいだ。

「……帰れと言われておとなしく従うのなら、私は最初から逃げはしない」

 レイヤは静かに鎧姿の者達を見回すと、左手を伸ばした。

「――命ず。彼の者たちに安らかなる眠りを!」

 高らかに叫び手を動かす。瞬間、ほのかな光が鎧姿の者達を包み込んだ。光の中で右往左往していた彼らは一人、二人と倒れ、深い眠りに落ちていく。

 最後の一人が倒れ伏すのを見届けてから、レイヤは再び走り出した。今の間に、何とか彼らを撒かなくては。

 光差し込まぬ森の中を、レイヤは一人駆けた。走った痕跡を消すように、何度も方向を変えながら。

 どれだけ走っただろうか。息があがってきたので、レイヤは足を止めた。

「……疲れるのが早すぎる。あれくらいの魔術で、こたえていてはいけないな。まだまだだ、私も」

 耳を澄ませる。鳥や虫の声から判断すると、もうすぐ夜になるのだろう。

 夜陰を縫って更に動くか、それとも一旦休息を取るか。

 どちらにするにせよ、まずは一旦、水を探そう――そう決めてレイヤが動こうとしたときだった。森にあらざるものが目に入ったのは。



 レイヤの瞳に映ったもの。

 それは、倒れ伏した少女の姿であった――

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