悪魔の家

つくし

第68話 夫の本心

 久々に対峙した夫は、やはり相変わらずだった。


「それで、どうしたいの?」


と単刀直入に聞かれたので、こちらも正直に


「離婚したいと思ってる」


と伝えた。するとヘラヘラと笑いながら


「またそっちの都合ばっかりなんですね~」


と返してきた。あまりに馬鹿にした態度に怒りが沸き上がったが、それと同時に可哀そうな人だとも思った。こんな大事な場面でも腹を割って話すことができないのか。


 でも、この時の夫は向き合うのが怖かったのかもしれない、と後から考えると思う。無条件に自分を許して受け入れてくれると思っていた人たちが、今、目の前から去ろうとしている。


 これまで何でも許されていたから、見捨てられることなど考えたことは無かっただろう。いつしか私たちの悲しみや苦しみからも目を背け、自分の気持ちだけを優先して行動するようになった。


 夫の返答を待ってると、ぶっきらぼうに


「こっちはまだ考えている最中だから。離婚するかどうかは、これから決めるから」


と答えた。そう言ってくることも想定してはいたが、非常に困った。金銭的には一刻も早く離婚して家を出てって欲しい。家賃や光熱費の支払いがとにかく重いのだ。


「お金がね………、厳しいんだよ。家賃とか払うとほとんど残らなくて。交通費も足りない状態なんだ」


 この言葉に夫の友人は少し驚いた表情を見せ、


「じゃあ、今どうしてるの?」


と聞いてきた。


「今は貯金を取り崩しながら………」


 そう言いながらとてもみじめになった。何も悪いことはしていないのに、夫に許しを請うような気持にもなっていた。そんな気持ちを見透かしたように夫は


「全部そっちの都合でしょ?!」


と強い口調で言った。そうなのかもしれない。もしかしたら私が自分勝手にこちらの都合で物事を進めてしまっているのかもしれない。ふとそんな弱気な性格が顔を出したところで夫の友人が


「それは違うよ。たとえお互いに悪いところがあったとしても、片方だけ苦しむような状況はフェアじゃないよ」


と言った。そうか。今の状況はフェアじゃないのか。この言葉に妙に納得してしまい、やっぱり来てもらえて良かったと感じた。


「でもさー。自分で今の状況を選んだんでしょう?実家に帰る時に分かってたことじゃん」


 夫の方は納得がいかないらしく、『自分たちのせいなのだから甘んじて受け入れろ』と言いたいようだった。


「こっちだって言いたいことが色々あるんだよ。大体、○○(息子)のことだって勝手に連れて行って自分勝手じゃない?俺が会えなくてどれほど悲しんでると思ってるの?!」


 演技なのか夫の目は潤んでいた。これに同情した友人は


「せめて定期的に会わせてあげられない?」


と聞いてきた。


「無理だと思います。これまでの息子への仕打ちを考えたら仕方のないことだと思いますけど」


と答えると


「これまでの仕打ち?」


と様子を伺うように聞いてきたので、夫の方にチラと目をやりながら


「怒鳴ったり叩いたり蹴ったりしてたんです」


とハッキリと答えた。


 こんな話を友人にしているはずがない。きっと自分に都合の良い部分だけを抜き取って伝えていたに違いない。だから、夫は慌てて


「大げさなんだよ!」


と怒鳴った。


「大げさじゃないよ。何度も痣になってるよ。蹴られた時は耳の後ろが赤紫に腫れてしまって、私が指摘したら○○(息子)に告げ口しただろって怒ったんだよね」


 思わぬ反撃にあって少しは自分の非と認めるかと思ったが、そんなことは無かった。証拠が無いせいか


「しつけで叩いたことはあったかもしれないけど、蹴ったことなんてないよ!」


と虐待を認めなかった。証拠があればもっとスムーズに話を進められたのに、と悔しかった。


「長期休みはご飯をあげない日も多かったんです」


 これも証拠はないが、実際に繰り返し息子にした仕打ちだ。夏休みなど、1か月のうち何回お昼ご飯をもらえただろう。朝ご飯とお昼ご飯をもらえず、1日1食の日もあったのに、これも無かったことにされるのか。


 こんなやり取りを聞いていた友人は


「客観的に聞いてると、そりゃー息子君も会いたいとは思わないだろうなと思うよ」


と味方してくれた。夫はこれで分が悪くなったと感じたのか急に無言になり、それから涙をポロポロと流しながら


「体調が悪くて八つ当たりをしちゃったところはあるかもしれない」


と泣き出した。


 涙を流す夫を前に、私は冷静だった。これは本物の涙なのだろうか。夫の本心はどこにあるのだろう。シクシクと泣く息子を痛めつけ、『お前なんか居無くなればいい』と言った夫。それは紛れもない事実だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る