魔術師見習いカティアたん、号泣する
来麦さよな
魔術師見習いカティアたん、号泣する
君はゴーレム。
君は、ゴーレムである。
ゴーレムとはすなわち――土塊や泥、岩石鉱石等で人工的に構成された人形のこと。
またの名を汎用人型武闘兵機、兼家事全般遂行人形とも定義される。
ようはいろいろ家事雑用全般に便利に使えるけどバトルもできるよ! くらいの万能自律型人形が、今の君の姿。
もともとの君のベース素体は、ヒトの子どもくらいの小さな人形だ。
それにモジュール、ユニット、プラグイン、エクステンションやコンポーネントなんかをくっつけて、用途におうじて適当に組みあわせ、いろんなことをできるようにアレンジする。
ときには君のご主人さまにメイドコスさせられて炊事洗濯掃除をするハメになったりすることも――実は多々あったりして。
というか、それが君の日常だったりする。
ときには模擬戦闘の練習台になることもある。
そう、今みたいに。
今の君は巨大ゴーレムだ。立ち上がれば大人でも見上げるほどの丈高い
そして今、君の足もとで対峙している、ちんまりとしたちっぽけな女の子。魔術師見習いカティアたんだ。
――これは、カティアたんが幼少期のころの話。
君の体の実際の身長体重は、背丈三メートル、重量三百キロほどの、ヒトとしては確かにでかいけど、ゴーレムとしてはべつにめちゃくちゃ大きいわけじゃないよね、くらいの形態だった。ほんとに岩山レベルのモンスターゴーレムとかがゴロゴロいるこの魔法世界では、まあ普通サイズの範囲内だろうか。
それでも幼女カティアたんの視点から見ると状況がガラリと変わる。おびえる幼い瞳に写っているのは、まさに山。雲をも突き破らんとする大ゴーレムだ。このまま押しつぶされてしまいそうな圧迫感をひしひしと感じ、向きあっているだけで頭を押さえつけてくるようなプレッシャーに、今にも心が折れそうになっている。
「う、ぅぅぅ……」
カティアたんは、ばっちり君におびえていた。かわいそうに、彼女の足がガクガクと震えているじゃあないか。君のせいだぞ。
当の君はそんなカティアたんを見て、「あれー、怖がらせちゃってるかなー? コワクナイヨー?」とすこし罪悪感を抱いている。
けれどこれは模擬戦闘だ。攻撃魔法の練習なのだ。実際の戦闘になると、今の状況より厳しいことなんていくらでもあるだろう。むしろ山道の袋小路でこんな感じのゴーレムが十数体ばかり出てきてゴーレム祭り、みたいなこともあるかもしれない。なのでこれくらいは乗り越えてもらわないと困る。
そうですよね、師匠? と君はちらりと視線を横にうつした。
君たちの横に立っているのは、魔女的な服装に身を包んだ魔術師のおねえ――年齢不詳だけど、数百年生きてるといううわさだけど、「おねえさん」ということにしておこう。このおねえさんが、カティアたんのお師匠さまだ。そして君のご主人さまでもある。
師匠は、じいっとカティアたんを見ていたけど、ややあって一言告げた。
「カティア、こいつに勝てなければ今日の晩ごはんぬきな」
なかなかシビアな一言だ。
「うぇ……? ごはん……!?」
それを聞いたカティアたんがおろおろとし、君を見つめ、師匠を見つめ、また君を見つめ――ているうちに、瞳がちょっとうるんできた。
唇もわなわなと震えて、今にも泣きそうだ。
あ、泣くのかな? この場合泣かせたのは師匠だよね? と君は思う。
けれどカティアたんは、身長に不釣り合いな魔法の杖をギュッと握りしめると、キッと君を見据えた。
カティアたんは心を決めたらしい。
そして詠唱が始まった。
「熱々スープをぐつぐつさせる火、お肉ジュウジュウ焼き肉の火、焼きトウモロコシを火
とにかく火に関する魔法ということは察せられる。そして――
「いでよ! ファイヤーボール!」
呪文によって生み出された魔法の火炎球が君に迫る。
――着弾。
――ぷすん。
「へ……?」
カティアたんの気のぬけた声。
君の体表に当たった火の玉は、ちらっと瞬いた火花のように、あっけなく消失してしまった。
どうやら魔力が全然足りてないらしい。
「む〜〜〜〜〜〜っ」
カティアたんが不満顔。
「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール!!」
連発してくるが、君はまったくの無傷だ。
「う〜〜〜〜〜っ、それなら!」
カティアたんはあきらめない。
「シャクシャク食べれて頭はキンキンかき氷の氷、バニラにバナナにチョコいちごなアイスクリームの氷!」
氷に関する魔法なことは明らかだ。
「凍えて、冷たい、アイシクルショット!」
今度は氷の刃。けれど――ぱりん。もちろん君のゴーレム体には傷一つつかない。
「う〜〜っ! アイシクルショット、アイシクルショット、アイシクルショット!」
連発してきたけどやはりノーダメージだ。
「アイスクリームショット、アイスクリームショット、アイスクリームショット!」
言い間違いに気づかないカティアたんの攻撃! 君の体がアイスクリームまみれになった!
「はぁ……はぁ、はぁ……」
カティアたんが肩で息をしている。
「ふぅん? ダメかのう。今日は晩ごはんぬきかのう〜?」
師匠の的確な煽り。
「ぐぅ〜〜〜っ! ウインドスラッシュ!」
今度は風魔法だ。カティアたんの魔法バリエーションは豊かである。ただ威力がないのが欠点だなあ、と君は思う。
「ウインドスラッシュ、ウインドスラッシュ、ウインナーフラッ……」
舌がもつれたのかウインナーがふらっと一本飛んできた。ここでファイヤーボールがくれば熱々のウインナーが食べられるが、
「かまいたち!」
いきなり妙な言葉が彼女の口から発せられた。魔法世界で育った君には知らない言葉だ、すると――
カキンッ。小さな割れ音がして、君の硬質なゴーレム体の一部がカラリと欠ける。
「ほぉぅ……?」
師匠が「ちょっと感心した」みたいな声をあげる。
「よ、よし、そこだ!」
カティアたんが〈かまいたち〉を連発してきた。
カキン、カキン。
けれど君の体は、まあちょっと欠けるくらいで、別段不具合はない。これくらいのダメージはへでもない。
「む〜っ。あ、そうだ!」
けれどカティアたんは次の策を思いついたらしい。調子に乗ったふうで、杖を空高くかかげる。――実際には幼女の背丈で、できるかぎりの伸びをしただけなんだけど、
「風よ吹け、雲を呼べ、雲よ重なれ、光をさまたげよ、黒くなれ! 荒れ、逆巻け、いかれ、
次に放ったのは、
「師匠の
ちょっとあてつけっぽいネーミングに「ぶっ」と師匠が吹き出したけど、ドッシャーーーンという落雷音で、すべてがかき消された。
「どうだっ!」
期待した目をランランと輝かせて、カティアたんが君を見ているけど――
すまない。君はほぼ無傷だ。
「そん……なぁ……」
すると急にカティアたんの心が折れたらしい。
「晩ごはん……食べられない……食べられないよぉ〜」
あまりにも悲しげな声だ。
一食ぬきにしてはあまりにも悲哀に満ちた声だ。まるで食べられないと世界が終わってしまうかのように、彼女の様子は絶望に満ちていた。
カティアたんがここまでご飯に執着する理由には原因がある。
実は彼女は異世界からの転生者で、前世はカガク?というものが発達した科学万能の世界で人生を送っていたらしい。けれど生来のコミュ障気質もあってクラスになじめず、だんだんボッチ率が高まり、バンドも組めず、はては大学受験に一浪、次の年になんとか受かったもののその後単位取れずに一年留年、そして就活はダメダメ、わらにもすがる思いで受けた最後の一社になんとか採用されたものの――そこが超絶ブラック、闇より深い真っ黒け。秒単位で襲いかかる理不尽とプレッシャーと恫喝といやみともろもろに心身をすり減らし続けた彼女は一年もたずにドロップアウト(よくがんばった!)。
それから彼女の生活は困窮を極めた。メンタルがダメージを受けているため、しかるべき支援機関を探すという発想がうかばない、うかんでも体が動かない。わずかな貯蓄はすぐ底をつき、食べるものを切り詰め、けれどアルコールは手放せず、彼女はいつもおなかをすかしていた。
そしてとうとう体が動かなくなりはじめ、ベッドから出られなくなる時間が多くなり、ある日の夕方「トイレ……」と向かう途中で足がもつれて倒れ、寝返りすらうてないほど衰弱していることに気づき、ゴロンと仰向けのまま薄暗くなっていく天井を眺めていた。そこで完全に動けなくなり、「あ、もうダメだ、もういいや」と心が折れ、そのままゆるやかに、数日かけて孤独死していった。
死んでからもどういうわけか、彼女は自分の周囲から離脱することができなかったらしい。腐敗して溶けてぐちゃぐちゃになった彼女の部屋は事故物件として「処理」された。
そして形ばかりの葬儀と四十日と
このように「おなかが減った」「ご飯が食べられない」という状況は彼女に忌避感を
なので「ご飯ぬき」という言葉は、カティアたんにとって即「死」を連想させる恐怖のワードだ。
もちろん師匠はそれも承知の上だ。わかってやっている。――そうなのだ、獅子は我が子を崖になんとやらの心境で……。
君は師匠をチラ見する。表情をうかがうと……? ちょっと楽しんでませんか? 師匠?
「いゃああああああぁぁぁぁぁっ……!!」
カティアたんの嘆きに悲壮感が出てきた。
「アクア・バレット!!」
今度は水の弾丸だ。けれどもパシャン……。水ふうせんのように、なんともはかない水の玉。
「う〜〜〜っ! ファイヤーボール!!」
ネタが切れたのか、カティアたんの魔法が初めの炎系に戻った。
炎の玉が君に着弾する。すると――
じゅわわっという音とともに、君の周囲から白い煙が立ち昇った。いな、水蒸気だ。
すわ、なにごと!? と君は慌てかけるが、あわてることはない。原理は単純だ。水系魔法の残滓に、熱系魔法が接触し、水分が蒸発して、もくもくと蒸気しているだけなのだ。とくに問題はない。
けれどカティアたんは、もうもうとあがる煙っぽい蒸気が、なにかダメージ効果をあらわしていると勘違いしたのか、
「ファイヤーボール、アクアバレット! ファイヤーボール、アクアバレット!」
炎球と水弾を交互に連発してきた。
さらに蒸気が周囲をめぐり、君の周囲と視界はいったん白く
けれどそれが晴れてしまうと――なんてことはない。
ゴーレムの君はいまだ健在。
カティアたんはネタが切れて万事休す。
その場の雰囲気的に「ここまでかな」という気配がただよってきた。
師匠が判断を下して、これで模擬戦は終了だろう。あわれ、カティアたんは今晩のご飯ぬきが確定したわけで――
「ゔ……ゔぐぅぅぅぅぅる゛ぅぅぅぅ……っ!!」
カティアたんの喉から、ふり絞ったような、うなるような声が漏れ出てきた。
彼女の大きなきれいな目は今はぐちゃぐちゃになり、大粒の涙がボタボタと落ちて地面をぬらす。
それでも泣き声をあげるのを我慢して、歯を食いしばっている。泣くまいとして、頬とかこめかみとかに、ものすごい力がこめられていて、顔もぐちゃぐちゃだ。
魔法の杖がそのへんに転がる。
お、これはヤケを起こす前兆だぞ、と君は冷静に判断する。やれやれ、こうなると長いんだ。今夜は添い寝してなぐさめてあげないとな、と今夜のスケジュール変更と調整を脳内でやりくりしていると、カティアたんが叫び始めた。
「う、ウオォォォォォォォォォ……ッ」
なにか変だ。「うわぁぁ〜ん」ならわかる。「ウオォォ」とは?
「タアァァァァァァ……ッ」
カティアたん、混乱しておかしくなったか? 「タアァァ」という泣き声はついぞ聞いたことがない。
しかしカティアたんはぐちゃぐちゃの泣き顔のまま、術式を展開し、
「ウォーター・ハンマーーーーーーッ!!!」
その手に巨大な水の
「どりゃ〜〜〜〜〜〜ッ!」
それを一気に振り下ろしてきた。
おっと。当たると危ない。かもしれない。君は片足を引く。
すると振り下ろされた水の大槌が君の鼻先をかすめ、そのまますーっと下まで空振りしていって――コツン。
水の大槌の先が、君のつま先に触れた。
すると――
カツーーーンンッ……、コツーーーンンッ……。
妙な残響の衝撃音が響いた。
響いたのは、君の体内からである。
「え!?」
君が驚く間もなく、ゴーレム体にピシピシと亀裂が入り、すでにかまいたちで作られていた小さなキズがさらに広がり、そこから水の飛沫がプシュッ、プシュッと吹き出していく。
ヒビはあっという間に君の体に広がり、そしてボロボロ、ガラガラと君の体は崩れていった。
「ほぅ……。風魔法で亀裂が生じ、そこに水が流れこみ、熱系と冷系の交互の付与で温度差による熱疲労が起こってもろくなった。最後のハンマーは、もっとも遠いところに当たったことで、結果として打撃の波が大きくうねる方向性が追加されて威力が増大した――といったところか。これを意図的にやったか、はたまた偶然か……」
師匠がなんだか小難しいこと言っているけど、当のカティアたんは、
「やったぁ゛ぁ゛ぁ゛、これで、ごはんん〜〜〜〜っ」
勝ってうれしいのか、無事ご飯が食べられそうで安心したのか。たぶん両方で感無量になったのだろう。わんわん泣いている。
そんなカティアたんにそっと寄り添った鬼師匠が、
「よしよし。よくがんばったな。今夜はお前の好きなものにしてやるぞ」
と言っている。
「やった!」
とカティアたんが目を輝かせた。
え、ご飯つくるのこっちなんですけど……と君は絶句する。これから急いでメイドモジュールを組み込んで料理……。あ、その前にお風呂……。
君のこれからは、いろいろ忙しくなるようだ。
カティアたんが食べたいものをあげている。
「お肉! トンカツ! ステーキ! ハンバーグ!」
はいはい。
「ネギマ! ボンジリ! カワ、ハツ、タン!」
君、歳いくつかな〜?
「あとね、お魚も!」
うんうん。
「ほっけ! なめろう! タコわさ! 白子の煮つけ!」
チョイスがしぶい。
「あとねあとね!」
まだあるんかい、と君は聞き耳をたてている。
「ナスと豆腐の揚げびたし! タラの芽のてんぷら! さくらもち!」
おまえちょっとは自重しろ……。
「えっとね! それからね! 生ビール!」
そこはさすがに師匠に引っぱたかれていた。
そうだね、お酒は大人になってからだね。たとえ前世でアル中だったとしても。
でもね……と君は思う。この世界でカティアたんはこんなに生き生きしている。前世で不幸だったぶん、この魔法世界では楽しく暮らしてほしい。基本的には。つらいことも多少はあるかもだけど。
さて……。君は自分の体を見下ろした。
とりあえず、このぐちゃぐちゃになったゴーレム体をまずどうにかしなくちゃな。
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