それはグチャグチャでドキドキでぽんこつな恋の歌

尾岡れき@猫部

それはグチャグチャでドキドキでぽんこつな恋の歌


 広報部、通称、社内ではドリームプレゼンテンター、ドリプレなんて言われている。IT企業、夏目コンピューターにおいて、花形の部署だった。もちろん、営業部との連携は必須なのだが、彼らは対企業、学校、部品調達で動いている。


 一般ユーザーへのアプローチは、広報媒体が担う。この方針のもと、様々な媒体に露出する。ただ、発信すれば良いというものじゃない。キャッチーであれ、ドラマチックであれ。


 この部門スローガンが、企業ビジョンとなりつつあった。


 その広報部、中心人物が阿坂貴子さん。阿坂部長である。ただ、部長というとご立腹されるので「さん付」のコミュニケーションが、暗黙のルールになっていた。


 阿坂さんは、僕の憧れの人だ。

 女性ながらに、イケメンだって思う。


 悩んでいることを機敏に察知して、颯爽と手を差し伸べてくれる。そして部下の特性を理解して、仕事を「お願い」する。そんなスマートな姿に憧れを抱いた。これをイケメンと言わずして、なんと言おう。


 僕だけじゃなくて、広報チームの誰もがそんな想いを共有していたように思う。


 17歳で漫画家デビューしたものの、単行本は二巻まで。連載も打ち切り。最終話、編集部がつけた見出しが、痼りのように、瞼の裏側にこびりついている。


 ――俺たちの旅はまだ始まったばかり。青葉先生の次回作にご期待ください。

 あ、青葉は僕ね。


 結局、次回作なんてあるワケなかった。掴んだ作家のコネクションから先輩作家のアシスタントになる道もあった。実際、編集者からも勧められたワケだけれど、デビューしたプライドから、連載にこだわって――結局は、返り咲くことはなかった。


 あの頃の僕は、twetterで燻っていた。成功した漫画家やバズる絵師を見ながら、その成功を呪って。描いた絵も、そんなに評価されないから、なおさら悪循環だったのだ。

 そんな僕をtwetterで見つけ、今の会社に誘ってくれたのは阿坂さんだった。



 ――君のイラストに惚れちゃったんだけど。うちの広報で活かしてみない?



 何をバカなと薄ら笑って見せたが、阿坂さんの熱意に負けて、あれよあれよと、いう間に、入社してしまっていた。


 自分の作品とは言えないのに、夏目コンピューターの製品が自分の広報で注目される姿を見て、雷を落とされたかのような、衝撃を受けた。


 でも、阿坂さんが自分のことのように喜んでくれて。そっちの方が何より嬉しかった。


 コロナに感染し、仕事を休んだ時。玄関に、差し入れをかけてくれたのも阿坂さんだった。


 支援物資が送られて、食料に余裕があったけれど。届けてともらった、経口補水液とブリン。それになにより癒やされたことを憶えている。


 だから、なおさらにため息が漏れた。

 いつもと変わらないオフィス。


 仕事も充実している。取り組むべき課題もあるし、提案書も書きたい。プレゼン資料も作って――それなのに、どうしても手が止まってしまう。


「あ、いたいた。やっほー」


 広報部に、フランクに入ってくる女性に、思わず硬直してしまう。アジア圏マーケティングコミニケーションのプレジデントマネージャー、下河さんだった。この人、気軽に声をかけてくれるが、役職で言えば、上級副社長。本来なら雲の上の人で――。


「青葉君、貴子がコロナなの知ってるよね?」


 直属の上司だ。知らないワケがない。僕はコクコク頷く。


「それなら話が早いね。貴子って、仕事に熱心なのは良いんだけど、自分の体調度外視なトコあるのよね。朝の定例オンラインミーティングに、普通に入室してくるし」


 何やってるの、阿坂さん――って、仕事に生きる人だ。それはそれで、らしいなと思ってしまう。


「確か、青葉君。一回、感染してるもんね。中までは良いんだけどさ、ちょっと様子を見に行ってくれない? あの子、ちょっと生活は後回しの傾向にあるから、心配なのよ?」

「は――?」


 予想外の業務命令に、僕は目をパチクリさせるしかなかった。





■■■





 下河マネージャーから入手した住所を前に、僕は困惑していた。

 築40年はとうに過ぎている。


 昭和の匂いがするおんぼろアパート。


 どう考えても、独身女性が――夏目コンピューターの広報エースが居住しているとは思えない、物件である。でも、表札には【102 阿坂貴子】と表示されているのだ。


 プリン、そして経口補水液が入ったビニール袋を片手に困惑してしまう。



 ――あの子、ちょっと生活は後回しの傾向にあるから、心配なのよ?



 この物件を見た後だと、マネージャーの危惧がより真実味を増していく。一度、感染したからといって絶対に感染しないとは言えない。でも、少なし抗体はあるはず。そう思って、ドアチャイムを押した。


「もう、パパ。心配しなくても、大丈夫って言ったのに。この後、マネージャーが差し入れをくれるって言っていたし。お部屋はしんどくて、また片付けられていないけどさ――」

「パパ?」


 パジャマ姿の阿坂さんと、対面して硬直する。

 視界の隅に、人間が住む場所とは思えない、散乱したモノの数々。


「青葉君?」

「阿坂さん?」


 二人の視線が、交錯して。それから、阿坂さんは、甲高い悲鳴をご近所中に響かせたのだった。





■■■





すーすーと、寝息が聞こえる。そんな阿坂さんを見やりながら、僕は小さく息をついた。


 大人っぽくて。

 男性顔負けのイケメンで。

 何より、仕事ができる。

 このアパートのなかでは、その阿坂さんの片鱗は一切なくて。


 ――青葉君のお粥、美味しい。


 体調が悪いせいもあるんだろうけれど、あんな風に笑うのズルいと思ってしまう。そのドキドキを振り払おうと、僕は雑ではあるが、部屋を片付け始める。


(……だいたい、こんな環境で寝ていたら――)


 掴んだ布に、真っ白い布――レースに硬直する。


「ちょ、ちょっと、阿坂さん?!」

「はぁーい」


 トロンとした目で、阿坂さんが僕を見る。


「なぁに、駿君」


 いや、確かに僕は青葉駿ですが。え? 名前呼び? え? ちょっと、また熱があがってきたんじゃ――。


「あー。もう駿君のえっち。やっぱり駿君も男の子だね」

「いや、ちが、そんなつもりじゃ――」

「そんな、悪い駿君はギューしちゃうゾ」


 キャラ崩壊してない? 阿坂さんて、こんな人だったの?


「ちょ、ちょっと?」


 僕の反論なんかオール無視。阿坂さんが、僕をぎゅっと抱きしめる。熱い。あからさまに阿坂さんの熱が上がっている気もするが。羞恥心で、僕の体も熱い。


「駿君は、私の推しだもん。お仕事を頑張っている駿君も、マンガを今も頑張って描いている駿君も、格好良いけど、今の駿君は可愛いなぁ」


 そういえば、と思う。阿坂さんは、僕のTwetterアカウントを知っている数少ない、リアルの知り合いだったのだ。でも、それより、何より――。


(今の阿坂さんも、可愛すぎて僕の心臓がヤバいんですが?!)


 とりあえず、と思う。冷蔵庫はすっからかんなのだ。阿坂さんは、コロナ感染患者の支援物資申請について、全然知らなかった。お茶とインスタントだけで、ここ数日をやり過ごしてきたというのだから、そりゃ食欲もわかないだとうと思う。


「と、とりあえず、買い物行ってきます。今の状態だと、自宅療養中の食料があまりに足りなくて――」

「イヤ」


 ぶんぶんと、首を横に振る。


「あ、あの阿坂さん。あのですね――」

「置いていくの、イヤ。寂しいのはイヤ。駿君と会えないの、もっとイヤ」

「あ、あの、だから――」

「勝手にいなくなったらイヤなの。駿君が、近くにいてくれないのなら、息しない」


 そう言ったかと思えば、頬を膨らます。どうやら、息をしないのサインらしい。

 発熱で、正常な意思判断ができていないのは、間違いない。体調が悪くなると、心細くタイプなのかも、と小さく息をつく。


「阿坂さんが、寝るまで傍にいますから」

「うんっ」


 コクンと頷いて――それから、俺の手を引く。なぜか、俺までベッドに引き寄せられた。


「あ、あ、阿坂さん?!」

「駿君、だいすきっ」


 そう胸に顔を埋めて――しばらくすると、また、すーすーと寝息をたてた。ただ、その手は絶対に離さないと言わんばかりに、俺の背中に回して。


「あ、あの――」


 声をかけても、阿坂さんはもう夢のなかで。

 憧れの人として見ていたのに。

 たった、この数時間で。阿坂さんの色々な表情を垣間見た気がした。




 この部屋は、歩けるくらいのスペースは確保したけれど。

 僕の思考回路は、この感情をどう解釈して良いのか分からなくて。


 本当にもう――ぐちゃぐちゃだった。







■■■






【新人賞での講評】

「キャラクター、構図、どれも秀逸です。あとは、心の機敏さ。ここをもっと深く描けたら、大賞を望める作品だったっと思います。今後に期待します」


選考委員:マクスウェルの仔猫先生(代表作:異世界花火 ~よお、楽しんでいかねえかい~ 他)


「他の先生も仰るように、心理描写ですね。コマ割りがのっぺりした印象です。あと、ギャグは突き抜けて。書きながら恥ずかしがっているのが伝わってしまいます」


選考委員:雨蕗空何あまぶきくうか先生(代表作:ちゅうやてをつなぐ。〜現代日本に転生した勇者と魔王、今はほぼ普通の中学生男女で、異性にドキドキしたりします〜 他)


「惹かれる世界観、設定が流石です。あと、もう一歩という感じがしました。技術だけでは伝わらないものはあるんです。読者をフルダイブさせる作品、待ってます」


選考委員:音無雪先生(代表作:百合さんの小さな恋のうた、17歳白書 他)






【部下からの上司評価】 


「阿坂部長ですか?」

「普段はクールで、本当に仕事ができるし。そういう視点があったのかと考えさせられます」

「私達の尊敬するボスよね」

「ただ、ね。青葉が絡むと」

「青葉君のこととなると」

「本当に、ねぇ」

「本当」

「本当に」





「「「「「「ポンコツです!」」」」」」





「あれで、本人、気付かれないと思っているから」

「青葉を名字呼びさせたいがために、チーム内『さん付け』にしたもんなぁ」

「青葉君と話しているだけで、睨むの本当に勘弁してください」

「これで、青葉が仕事ができないヤツだったら、職場の空気最悪なんだけど」

「これがまた、青葉君。仕事がデキちゃうんだよねぇ」

「そして、青葉君を前にすると、とことん乙女になる阿坂部長」




「「「「「「よそでやれ!」」」」」」







________________


作者 蛇足。

テーマ「ぐちゃぐちゃ」だったので、

とことんぐちゃぐちゃなのを書いてみたくなりました。


事後報告ですが、フォロワーの皆様

出演ありがとうございました(本当に、事後報告)


ちなみに音無雪さんは、読み専ユーザー様なので、

読みたくても、その作品は存在しませんが、

もしかしたら書いてくれるかも。

そんな祈りをこめながら。


お読みいただき、ありがとうございました。

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