17 しゅわっとスノーボール
「美味しそうなクッキーですね」
「ぼく甘いものはあまり好きじゃないから全部あげるよ」
「では、お言葉に甘えて一ついただきます」
クッキー缶の中からスノーボールを一粒手に取り、口に放り込む。粉砂糖の優しい甘みとアーモンドの香ばしさが口いっぱいに広がっていく、ああ美味しい。
咀嚼しながらマルガレットは思う。ジスデリアはどこか自分と似ている。ほんの少し前まではローズベリーと重ねていたというのに。自分を偽るところとか、それから人に弱みを見せたがらないところ。まるで鏡を覗き込んでいるような気分になる――マルガレットの思考は声に出ていた。
「ぼくときみが似ているだって? ……ぼくには舞踏会で会った日のきみがずっと自信なさげだったように見えたけどね」
「そういえばあの日も客間でも似たようなことをおっしゃっていましたね。自分ではそれなりに上手くやれてるって思っていただけにショックで今でも覚えています」
そうだ、あのときも同じようなことを思った。洞察力の鋭い人には簡単に見破られてしまうのだと。それで少しだけ落ち込んだ。
「まあ確かに、両家顔合わせの晩餐会でぼくを立てたときや先日の誕生パーティーでの振る舞いは今のきみからは想像できないほど堂々としていたけどね。ぱっと見だけど」
「珍しくフォローしてくださるのですね」
「ただの事実だよ」
ジスデリアは肩をすくめた。
そもそも何故ジスデリアさまはオンとオフの二つの顔を持つのか。単に王子としての体裁を保つため? だとしたら婚約者にも知られたくなかったと言っていたのは何故だろう。それに素顔を曝け出すことは自分の弱みになるとも言っていた。きっとジスデリアにはほかにもまだ何か秘密がある、マルガレットはそう確信した。
だからきっと、舞踏会の日にジスデリアさまの素顔を知ってしまったのも偶然ではなく、何か理由があるのかもしれない。……いつの日か、ジスデリアさまと出会ってよかったと思える日がくるのかしら。
「それにしてもなに、ぼくのことをローズベリーと重ねていたって本当?」
なにやらジスデリアは誇らしげだ。思いを寄せている相手と雰囲気が似ていると言われて気分がいいのだろう。
「ええ」
「ねえでも、初めて会ったときぼくのことが完璧に見えたから苦手って言っていたよね。それってつまり、ローズベリーのことが苦手なの?」
色々と話し過ぎたかと後悔したがここまで言ってはもう仕方ないとマルガレットは渋々続けた。
「正直、わたしは姉ほど完璧で優れた人をほかに知りません。あの人は大抵のことは一度見たらすぐにできてしまう要領のいい人なのです」
「へえ、昔はそんなような子に見えなかったけど、それはすごいね」
「その上すぐに誰とでも打ち解けてしまうから姉の周りにはいつもたくさんの人で溢れていました」
その様子を想像しているのかジスデリアはうんうんと頷いている。
「歳も二つしか変わらないのに次第にどんどん差がついて……自分に自信が無くなっていって、気が付いたら落ちこぼれの妹の出来上がりです。昔はそれなりに仲の良い姉妹だったんですけどね、わたしも今よりもずっと姉のことが大好きでした」
自分から話しておきながら悲しくなってきた。ローズベリーのことを考えると必ず一緒に付いてくるのは周りの大人たちに比較され続けた嫌な思い出の数々。今でこそマルガレット自身を尊重してくれるようになった両親もほんの数年前までは、ローズベリーのように優秀なクラナビリティの使い手になるのではと期待の眼差しをマルガレットに向け続けていた。今だって本当はマルガレットのことをどう思っているか分からない。
「でも……だからこそわたくしは姉の顔に泥を塗らないよう、今回のジスデリアさまとの婚約という自分に与えられた役割はしっかり果たしたいのです」
「ふうん」
ジスデリアは意味ありげな視線をマルガレットに向けるが特に何かを言うことはなく、ただ紅茶を口にするだけだった。
「ずっと気になっていたことがあるのですが」
「なに」
「ジスデリアさまは姉のどのようなところに惹かれたのですか」
破天荒なところ、ジスデリアはぶっきらぼうにそう呟く。確かにローズベリーは破天荒だ。いつだって自由奔放で、思いつけばすぐに行動を起こすから彼女の行動にはいつも驚かされていた。
「きみは? キースのどんなところが好きなの?」
突然のブーメランにマルガレットは口ごもる。キースの好きなところ……直近のキースとのやり取りを思い浮かべるがどれもいまいちピンとこなかった。話す機会は何度かあったはずなのに、幼いころのようにまだゆっくりと話せていない。今はもうそれぞれの立場があるのだから仕方のないことだし、それに昔のようにゆっくり話せる機会はもう訪れないだろう。マルガレットは大人になったキースを頭に思い浮かべながらも、幼いころの自分が好きになったまだ小さなキース少年への思いを口にした。
「きっかけは一目惚れだったのです、星々を閉じ込めたようなサファイアの瞳。さすが兄弟だけあってジスデリアさまとキースさまってよく似ていらっしゃいますよね、瞳なんか本当にそっくり」
「結局顔? まあ似てるってよく言われるよ、昔からね」
ジスデリアはつまらなそうにあからさまな溜め息を一つ零した。マルガレットは慌てて体を
「いいえ、顔だけじゃないです! キースさまと一緒にいると心がほわっと温かくなるし、それにどきどきして……」
「まあ、今更お互いどうこう言ったって仕方ないよ」
ジスデリアの言葉にマルガレットも押し黙る。そう、仕方のないこと。婚約してしまった以上、お互いが他の誰かと結ばれることはない。しばらく無言が続いたが、それを打ち破ったのはジスデリアだった。
「そうだ。……これからもさ、定期的にこの部屋に来てほしいんだけど」
聞き間違いかもしれないがジスデリアが自分を誘った。また部屋に来てほしいと。どうせまた何か思惑があるのだろうと頭では理解しているつもりでも、体内の脈は速くなっていくばかりだった。マルガレットから出た精一杯の言葉はえっ、の一言だけだ。
「あ、勘違いされないように言っておくけどカモフラージュのためだよ。周りを心配させないためにもきちんと親しいアピールはしておかないとね」
ほらやっぱりね、とマルガレットは頭の中でつぶやく。それでも彼女の顔は真っ赤に赤面していた。
「だとしてもその誘い方は反則ですわ」
「なっ、何を期待してたんだよ」
照れというのはどうしても相手にも伝染してしまうらしい。いたって平然を装っていても、ジスデリアの耳はマルガレットと同じく真っ赤に染まっているのだから。
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