04 美形の男子
マルガレットが幼いころに何度も逢瀬していた少年がブルーへミアの第一王子だと思うのにはいくつかの根拠があった。
まず一つ目に、少年と最後に会った日。
あのとき少年はクラナビリティの召喚獣が龍だと教えてくれた。幼いころのマルガレットは気づかず少し経ってから学んだことだが、龍は王族だけが契約できる特別な召喚獣であるという。
少なくとも身なりや王宮に住んでいることからなにかしら王族の関係者に違いないとは思っていたが、彼の言っていたことが本当で契約する召喚獣が龍なのであれば少年はヴィントルーヴ家の王子と絞ることができる。
二つ目に、二年前マルガレットが社交界デビューしブルーヘミア国の国王に拝謁した際、国王の傍らには二人の王子が控えていた。
王子たちの容姿はまるでマルガレットとローズベリー姉妹のようにそっくりな兄弟であったが、身長や表情、そして彼らから滲み出るオーラの違いに同じ顔でもここまで違う印象になるのかとマルガレットは素直に驚いたものだ。
しかしそれぞれ王子たちから自己紹介をされたマルガレットは、この様子だとあのときの彼は少なくとも第二王子ではないなとすぐさま断定した。
となると、あの少年は第一王子のキースになるのか。確かにキースは淡々と挨拶をし、にこりともしなかった。あの頃と変わらない。
きっと二人で談笑したことなど憶えていないのだろうと思うと、マルガレットの心は少しだけささくれた。
そう、つまり今夜キースと再会したとて、過去の少年に再び会えるわけではないのだ。
「さあマルもうすぐ着くよ、しゃきっとするんだ」
長い追想の中、スティングの言葉にはっとしたマルガレットは桃色の瞳を瞬かせてから、はいお父さまと大きく頷く。
馬車を降りて王宮のダンスホールに入場すると、まず国王と王妃に挨拶を済ませた。
なぜだか国王も王妃も以前会ったときよりも優しい表情をマルガレットに向けてきて、本人は心当たりがないものだから不思議に思いながらもとにかく笑顔でいることに努めた。
「せっかくですから王子殿下方にもご挨拶をさせていただきたかったのですが、こちらにはいらっしゃらないみたいですね」
残念そうな表情をしているアメリに王妃は柔らかく微笑した。
「ええ、つい今しがた二人とも挨拶に行かれたわ。ああほら、あちら、ちょうどヨシュアといるようですよ」
王妃の視線のずっと先には談笑に耽っている息子のキースとアメリの長男のヨシュアの姿があった。
王妃の笑い方、あのときのキースさまにそっくりね。とても優しい微笑みだわ
「それでは代わりにわたくしがキースさまにご挨拶をしてまいりますわ。王様、王妃様、失礼いたします」
マルガレットはドレスの裾をほんの少しだけつまみ淑女らしくお辞儀をしてその場を後にした。
国王と王妃が座しているのがダンスホールから少し離れた段差のある場所だったため、そこから一般のダンスホールに下りるのに少しだけ人の視線が集まる。
ただでさえ目立つのが嫌なマルガレットであったが大きく胸元の開いたドレスに煌びやかなジュエリーの数々、それに先ほどアメリに施された深紅のリップの仕上げによって魅惑的な女性として完成されたマルガレットは男女あらゆる招待客の注目を集めた。
そんなにわたしってば目立つのかしら、じろじろ見られてなんだか怖いしお兄さまどこにいるの……
「マル、一人でどうしたの」
突然肩に手が置かれビクついたマルガレットが振り返った先には兄のヨシュアと、想い人のキースの姿があった。
「ごめん、急に肩に手なんて置くから驚かせちゃったね」
「いいのいいのよ、お兄さま」
八つ離れたマルガレットの兄、ヨシュア。
切れ長の鋭い
母親譲りのアッシュがかったブロンドは右部分だけ大きくかき上げられていて、左部分は前髪がそのまま垂れ流しになっているおかげでより一層ヨシュアのヘーゼルの瞳が際立っている。
有無を言わせないヨシュアの強い顔立ちは商談にも役に立つのだろう。スティングが幼少期よりヨシュアをあらゆる場面に連れて行ったのも頷ける。
そんなことよりも、である。
先ほどからマルガレットは胸の高鳴りを収められないでいた。こうしてあのときの少年、もといキースと対面するのは実に二年ぶりだからだ。
二年という月日はますますキースに星の輝きを与えた。
妹ながら兄のヨシュアはかなりの美形だとマルガレットは思う。しかしながらキースも同等の、いやそれ以上の魅力があった。
艶やかな髪は昔も二年前も変わらず黒にほんの少しだけ青を垂らしたような真夜中の色をしていて、前髪は少し目にかかっているけれどその隙間からは輝かしいほどのネイビーブルーが垣間見えた。
幼いころに見た彼の瞳はもう少し色味が明るかったような気もするけれど、前髪で隠れているからそう見えてしまうのかしら。少しもったいない気がするわ。
シンプルなタキシードのヨシュアとは違い、主賓のキースは濃紺をメインカラーに所々金の装飾が施された華やかな衣装を身に纏っていた。
美形が二人並んだことにより周りの令嬢たちはマルガレットへ視線を集め、あの令嬢は誰だの、次は自分こそが話しかけるだのとにかく彼女を羨望の眼差しで見つめた。
もちろん周囲の視線には気づいていたがマルガレットも負けじとドレスの裾をそっと指先でつまみ、令嬢らしく淑やかにキースへと向き直った。
「キース王子殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、マルガレット。また綺麗になったね」
「えっ、そんな……」
「キース、あんまりマルのことを口説いたりしないでよ」
ヨシュアの言葉にキースは小さく溜め息を吐いてから、そんなことしないさと呟いた。
マルガレットとしては少々残念な気もしたが、仮に本気で口説かれてもそれはそれでどうしたら良いのか分からないものねと自分に言い聞かせる。
ヨシュアは妹に対して、特に歳の離れた末っ子のマルガレットを可愛がっている節があったがまさかキースにそこまで素を見せているとは思わなかった。
どうやら穏やかなヨシュアと物静かなキースは相性が良いらしい。
自分とそう歳が変わらないと思っていたキースは実はマルガレットの六つ年上の二十三歳で、二十五歳のヨシュアとは二歳しか違わないようだった。年齢からみてもヨシュアとキースの仲がいいのは道理だ。
「悪いんだけど僕ちょっとあちらの子爵さまに挨拶してきてもいいかな」
「かまわないよ」
「ありがとう、キース。少しの間だけマルのことを頼むよ」
ヨシュアにとって夜会は次なる商談に繋げるための貴重なコミュニティの場所であり、マルガレットやキースと話しながらも周りの招待客の動向も注意深く探っていたようだ。
「あっ、お兄さまったら」
「ヨシュアは変わらず仕事熱心だな」
「あのような兄といつも仲良くしてくださりありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
沈黙が訪れてしまった。
今、幼いころの話をしてもよいのだろうか。だけどもし、キースが憶えていなかったら。そう思うとマルガレットは幼いころの話を切り出すことができなかった。
「マルガレット、踊ろうか」
その一言に、どくんと大きく脈を打つ。息が苦しい。やっぱり、あのときの彼はキースなのだ。
キースさまはあのときのわたしの言葉を憶えていてくれたのよ
「ええ、もちろん喜んでお受けいたしますわ」
マルガレットは小さく震えている指先を必死に抑えるようにして、キースが差し出す手に自分のを重ねた。
「それでは行こうか」
キースに手を引かれダンスホールの真ん中に立つ。位置に着くと演奏が始まるのをじっと静かに待った。
キースと目が合う。キースの右手はそっとマルガレットの背中に回り、左手がマルガレットの右手に優しく繋がれた瞬間思わずどきっとした。右手にはあれがあるから……
◇ ◇ ◇
ダンスに自信はなかったけど、この日のために一応練習しておいてよかったとマルガレットは心底思った。
キースとのダンスはあっという間だった。はっきり言って踊っている間の記憶がすっぽり抜け落ちている。それほどまでに緊張してしまい、いっぱいいっぱいだったのだ。
「少しそちらで休もう」
「はい、キース王子殿下」
キースに促されるままダンスホールから離れると、近くにあった向い合わせになっている一人掛けのソファにそれぞれ腰を下ろした。
近くを通った給仕から飲み物を受け取ると、キースはそれをマルガレットに差し出す。
「ありがとうございます、キース王子殿下。なんだか色々と気を遣わせてしまって申し訳ございません」
「どうして謝るの? 私がしたくてやったことだよ」
キースさまはなんて優しい人なんだろう
「そうだ、クラナビリティの習得は順調かい?」
「ええ、基本的な能力は概ね扱えます。姉のローズベリーまでとはいきませんが」
「彼女は特別だよ、それに変わり者だから」
自分でローズベリーの名前を出しておきながら、彼女は特別という言葉にマルガレットは傷ついた。それになんだか親しげな言い方だ。
確かにローズベリーはクラナビリティの扱いまでもが別格だった。スティングが言うには一族の中でも歴代最高峰の力だという。
マルガレットたちジルスチュアード家は代々、癒しの波動を飛ばす白い燕を使役した。
基本的な能力としては文字通り燕が特殊な波動を飛ばすことにより、定めた相手の心を落ち着かせてリラックス効果を促したり、込める力が強ければ傷を癒すことさえできた。
マルガレットもようやく今年に入りすべての能力を獲得したが、ローズベリーはわずか十一歳にして傷を癒すという高等術の獲得にも成功している。マルガレットは一人の傷を癒すのにですら手一杯にも関わらず、ローズベリーは不特定多数の傷を同時に癒すことも平気でやってのける。
どう頑張っても埋められない差だった。
「マルガレット、きみにはこれからたくさん迷惑をかけてしまうかもしれないが、どうか……」
キースの何とも言えない表情を不思議に思っていると、彼の肩越しにひょいと現れたもう一つのサファイアの瞳と目が合った。
「兄さんなーに話してるの、ぼくも混ぜてよ」
「……あなたさまは」
唇を尖らせて拗ねたように二人の間に入ってきたのは第二王子のジスデリア・ヴィントルーヴだった。
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