第二王子のオンオフの姿にご注意ください
@am1007
01 宝石の馬車
不思議と緊張はしていなかった。
マルガレットは馬車に揺られながらも落ち着いた様子で街の景色を眺めていた。今夜、王宮では舞踏会が開かれるため、城までの道は列をなすように何台もの馬車が駆けていく。
王宮へ足を運ぶのは実に十年ぶりだった。幼い頃は王都のすぐ近くのタウンハウスで暮らしていたため、なんとなく街並みにも見覚えがある。見慣れた景色はマルガレットを少しだけ安心させた。
それとも緊張していないのは身なりのおかげかしら。
馬車の窓ガラスに映る少女は実年齢よりも大人びて見える。
チューブトップタイプのドレスは上半身がシンプルな黒いベルベット生地で腰から下はベビーピンクのジャガード織りの生地に切り替えられていてスカートはふんわり広がり、腕にはドレスと合うように黒のベロアのグローブが肘まで伸びている。
ドレスのデザインがシンプルなのは身に纏うジュエリーが最大限映えるようにするための工夫ゆえだった。
本来腰まであるマルガレットのオリーブがかったベージュの髪は綺麗に編み込んでアップにしてまとめており、頭には大粒のダイヤモンドが埋め込まれたティアラが乗っている。
デコルテが映えるように大きく開かれた胸元には瞳の色と同じピンクダイヤモンドがふんだんに使われた煌びやかなネックレスが、耳にも同じシリーズのピンクダイヤモンドのイヤリングがキラキラ輝いていた。
今夜はじめてお会いする方はわたしのことをきっと気の強い女だと勘違いしてしまうわね。本当は誰よりも臆病で気の小さい小娘だというのに。
とはいえこの姿であれば誰かに見下されるようなことはないだろうとマルガレットは思い直した。マルガレットにとっては他人からどう見えるかどうかが最も大切であり、自分が弱い人間であることを決して他人に悟られてはいけないのだ。
マルガレットには二つ年上の姉がいた、名をローズベリー・ジルスチュアード。
マルガレットとローズベリーは多少の身長差はあれど見た目は瓜二つで幼い頃は特に双子と見間違えられるほどだったが、性格はまさに正反対だった。
ローズベリーのまるでイチゴのような鮮やかな赤い瞳は誰しもを惹きつける魅力があり、なによりローズベリーは聡明な人であった。博識でどんなことでも知っている。
堂々と物怖じしない性格は誰に対しても臆することなく自分の内面をさらけ出し、どんな人間でも初対面で親しくなってしまうから、人脈は広くあらゆる人種の友人がいたし求婚も絶えることがなかった。
そんなローズベリーはその知性の高さから隣国の幼い王女のレディズ・コンパニオンとして話し相手兼、家庭教師のため三年間の契約を結び、一年前より隣国バーデンの王宮で暮らしている。
そしてマルガレットは優秀なローズベリーに対してどこか苦手意識があった。
幼い頃はいつも二人で遊んでいたはずなのに、歳を重ねるにつれて周りがローズベリーの才能に見出すと彼女ばかりを褒めるからマルガレットは日に日に引っ込み思案な性格になっていった。
自分はローズベリーのように賢くないし、誰とでも仲良くなれるようなコミュニケーション能力もない。とにかくマルガレットは自分に自信がなかった。
本来であれば今夜の舞踏会も自分が行く必要はなかったのかもしれないと、マルガレットは思う。ローズベリーがいないから代わりに自分が充てがわれただけなのだ。
人には人の役割が、自分には自分の役割が。これはマルガレットの座右の銘である。今夜はローズベリーの代わりを自分が果たしてみせよう。
すっかりマルガレットは自分を偽ることに慣れきってしまっていたし、当の本人もそれでいいとも思っている。
今夜はお姉さまの代わりに、わたし頑張るわ。
マル、と自分の愛称を呼ぶ声にはっとして返事をする。
「はい、お父さま」
「いいかい、今夜はくれぐれも王子たちにきちんとご挨拶をするように」
「ええ、もちろんですわ。ただ、王子殿下はわたしのことをまだ憶えていらっしゃるかしら」
向かいに座るマルガレットの両親である父・スティングと母・アメリは優しく微笑んだ。アメリはそっと腕を伸ばし、安心させるべくマルガレットの手を握る。
「大丈夫よ、マル。そんな不安がらないで」
「そうよね、ありがとうお母さま」
「あら、口紅が取れかかっているから塗り直してあげるわね」
アメリはハンドバッグから口紅を取り出すと慣れた手つきでマルガレットの唇に色を乗せていく。ありがとう、と言いかけてマルガレットは窓ガラスに映る自分を見てぎょっとした。
ガラスに映る自分はチェリーのように艶やかな赤い唇と派手な身なりが相まって、さらに強気な女性に見えたのだ。
十年ぶりにあの方にお会いできるというのにこれではとんだ高飛車女だと勘違いされてしまうわ。他の誰かにはどう思われてもいい。だけどあのお方に変な風に思われてしまったら……
マルガレットは憧れの第一王子、キース・ヴィントルーヴとの出会いに思いを馳せた。
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