ミニマリスク

物部がたり

ミニマリスク

 世の中には物を捨てられる人と、物を捨てられない人が存在する。

 物を捨てられる人、捨てられない人、二種類に分類するならばれいは物を捨てられる人間だった。

 れいはためらいなく、物を捨てることができた。

 幼い頃から部屋が散らかっていると落ち付かず、率先して整理していた。だが、片付けても片付けてもすぐに家の中が散らかる。

 れいの両親は物を捨てられず、片付けられない人だったため、家の中は常に散らかってしまうのだ。


 服は脱いだら脱ぎっぱなし、布団は敷きっぱなしの万年床、小物はこちゃこちゃ散乱し、いらない物を買って来る。

 ただでさえ狭い家はゴミ屋敷とは言わないまでも、予備軍には数えられた。

 そんな家で育った子供は極端に二極化するもので、両親と同じようになるか、対照な人間になるかだ。

 れいは両親とは対照的な人間になった。

 物心ついたときには、両親が散らかしたものを子供であるれいが片付けていた。


 既定の場所を定め、物はすべて使い終わったら既定の場所に戻すことを両親に徹底させた。 

 だが、人が人を変えることはできないように、生まれ持った気質は変えられない。

 両親はどれだけ言い聞かせても物を片付けられなかった。

 仕方がないので、れい自身が片付けると「勝手に片づけないでよ!」「使いたいのに、どこやったんだ」と怒られた。

 普通は親が子供にいう言葉である。

 勝手に片づけることを怒られ、理不尽に涙する夜もあった。


 それでもれいは散らかっているのが我慢できず、片づけを辞めなかった。

 中学、高校になると「いらない物は捨てればいい」と思うようになった。そうすれば、スッキリして散らかることもない。

 れいは両親が集めたいらない物を勝手に捨てた。

 当然、両親とは喧嘩になるが、ゴミを捨てるのは当たり前のことであり、妥協はしなかった。

 ゴミを捨てると家の中がスッキリして、心までスッキリし晴れ晴れした気持ちになる。

 だが、家が綺麗になるのと反比例して、両親との関係は荒れた。


「何で勝手に捨ててるんだ!」

「ゴミを捨ててるだけだだろ!」

「ゴミじゃない」

「父さんにとってはゴミじゃなくても、僕にとってはゴミだよ。片付けてやってるのに、どうして怒られなくちゃならないんだ。もう、いらない物を増やさないでくれよ!」

 物心ついたころからずっと、そんな押し問答を続け、れいは大学進学と共に家を出た。


 自分の部屋を借り、その部屋には何を置かない。

 やっと、散らかる家から解放されて、何もない生活を送れるのが嬉しかった。

 部屋を訪れた友人たちは何も無い部屋に驚き、れいのことをミニマリストと呼んだ。

 れい本人は物があったら気が散るから何も置かないだけでは、ミニマリストという自覚はなかった。

 言われて初めて、自身がミニマリストという人に分類できることを知った。


「どうして何も置かないんだよ」

「逆に聞くけど、どうしてみんな物を起きたがるの? 結局最後はいらなくなって捨てるだけだろ。必要なものなんて、限られてるのに」

「そうだろうけど、暮らしが豊かになるだろ」

「僕の場合は必要最低限の物があれば、十分豊かだよ」

 れいは必要最低限の物しか所持していなかった。

 余りに少ない故、羅列することができるほどだ。


 パソコン、スマホ、カバン、布団、筆記用具、文机、私服、下着、タオル、スーツ、包丁、フライパン、鍋、ガス台、炊飯器、冷蔵庫、オーブン電子レンジ、などである。 

 パソコン・スマホが発明されてから、日常生活に必要なものの多くは電子機器で事足りた。

 メモや調べもの、書籍すべて電子で済み、大切なのは唯物的なものではなく唯心的なものであり、脳に蓄えられるデータなのだという独自の持論を持っていた。


  *             *


 それから数年後、れいは結婚することになった。

 大学時代から付き合っていた、ふうという女性である。

 二人は結婚を期に一緒に暮らすことになったが、共に暮らし始めて一週間もせず、やはり揉めることになった。

「こんなに物が必要か?」

「『こんなに』って、必要最低限の物じゃない」

「こんな小物はいらないだろ」

「大切にしてるの」


「家具なんてなくても大丈夫だろ……?」

「大丈夫なわけあるか」

「インテリアはさすがに置かないでくれよ……」

「味気ないじゃない……」

 ふうも片付けられるタイプの綺麗好きだったが、れいの極端過ぎるミニマムな生活にはついて行けなかった。

 話し合いの結果、れいは渋々妥協し、ふうもできる範囲で必要最低限、物を置かないようにしてくれた。

 

 だが二人の間に子供のはじめが産まれると当然、様々な物が増える。

 れいはふうとはじめのためにできる限り口を挟まないことを決めていたが、次から付きに増やされる子供のおもちゃ、服、家具などを見て我慢できなかった。

「どうせ、すぐ着れなくなる服をこんなに買う必要ないだろ。おもちゃも、どうせ遊ばなくなるんだから少しあれば十分だ。家具をわざわざ増やさなくても、今あるクローゼットに収納できるじゃないか」

 当然、まずかった。


「すぐに着られなくなるけど、着られる間着せてあげようとは思わないの? どうせ遊ばなくなるとしても、それまで色々な物に触れさせて刺激を与えることは大切でしょ。家具はこの子の部屋用に置いてあげたいの。あなた、本当に異常よ……」 

 言われるまでもなく、れい本人も異常なことくらいわかっていた。

 だが、物があると、そればかり考えてしまい落ち着かないのだ。

 気にしないようにしようとしても駄目だった。

 恐らく一種の強迫性障がいだろうと思われる。


  *             *


 それから数年の月日が流れ、はじめが一人で歩き回れるようになると部屋を散らかすようになった。

「こら、ちゃんと使ったものは片付けろって言ってるだろ……」

 れいははじめに自分の価値観を押し付けた。

 しかし、まだ幼い子供は散らかすのが普通であり、片付けというものを上手くできるはずもない。

 それでも、れいが叱るものだから、子供は自身の能力以上のことを要求されて泣き出すことが日常茶飯事だった。


 それは必然だった。

 見るに見かねたふうは、こんな提案を持ち出した。

「ねえ……別居しましょ」

 遅かれ早かれ、れいのミニマムな生活に付き合うのは限界だった。

「別居……な、なにを言い出すんだ……」

「私もあなたに合わせようと努力してきたけど、これからこの子がもっと大きくなったら、生活の価値観が合わなくなる。だから、別々に暮らした方がいいと思う……」


 疲れた様子のふうとはじめの姿を見て、その提案を否定することはできなかった。

 れいは段ボール一箱だけ持ち家を出た。

 ミニマリストになれば幸せになれると言われているのに、両親とは片付けを巡り不仲になり、最愛の妻子とも別れて暮らすことになってしまった。 

 何もない部屋で一人たたずみ、心にぽっかり穴が開いたようなのに、スッキリした気持ちになるのが悲しかった――。

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