さよならご主人様

牧村 美波

第1話

 私は毎朝3時に起きて朝食の支度をする。

 主人のために栄養バランスを考えた和食を用意しなければならないルールだ。


 前日の残り物を出そうものなら「僕への気遣いが足りなくない?」と飽きられてしまうだろう。

 以前、寝坊してパンと牛乳を出したら「人としてどうなの?」とも言われた。



 主人が起きる前に、寝室にシワのないワイシャツやスーツ、ネクタイ、靴下の準備をする。


「ねぇ、ワイシャツの袖のところをさ、もう少し丁寧にやってよ。」と3日に1回は怒られ、機嫌を損ねると出かけるまで会話ナシ。


 そうして夫を送り出すと、掃除・洗濯・買い物など今日のノルマをこなしてく。



 ……つもりだった。




 ……。

 ………。

 …………………。

 ふんっ。

 あーめんどくさい。  


 何が主人だ、ばーかばーか。

 私は奴隷かっつーの!


 彼好みのエプロンを脱ぎ捨ててリビングのソファに寝ころがりゴロゴロとワイドショーを観はじめた。

 隠しておいたスナックをボリボリ食べて、それが飽きると女友だちに電話した。



 太っている女はイヤだからスナック菓子禁止。


 ソファで寝っ転がるな行儀よく座れ。


 女友だちとくだらない電話をするな。


 出かけるのはいいが俺が帰ってくる迄に家事は全部終わらせて、風呂と食事の用意はしろ。


 近所に聴こえたら恥ずかしいからアイドルの曲は流すなよ。


 いつからだっけ?


 彼の見ていないところでも「ご主人様のルール」に従うようになってしまったのは。


 彼に最後にありがとうと言われたのはいつ?


「さてと。」


 私は立ち上がって大好きなアイドルグループのCDをリビングでリピートでかけ流す。



 ヒット曲をノリノリで歌いながら、部屋中を思いつく限りぐちゃぐちゃにしたら少しスッキリした気がする。


 一応、夕食にカレーくらいは作っておこう。

 仕上げに彼と幸せそうな顔の女の写真を鍋に数枚つっこんで完成。


 これであなたの呪縛からようやく抜け出せます。

 さようなら、元気でね。

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