ポニーテールはメイ探偵2 マーダースーサイド

西川笑里

第1話 プロローグ

 それは爽やかな5月の早朝のことだった。

 村都和むらとなごみはいつものように公園の外周をランニングしていた。この公園の新緑の木立に挟まれたアンツーカーの1周1.5キロのランニングコースを、和は毎日2周する。

 和は都内の公立高校2年生だ。成績はいたって優秀で進学コースに入り国立大学の法学部を目指していて、将来は法曹関係の仕事に就くのが夢だ。

 だからというわけではないが、先月学校で発生した窃盗事件を、同じクラスの少々変わった女子生徒である家頭かとうメイと共に事件解決に奔走したことがある。もっとも、家頭メイに言わせれば、和は名探偵シャーロックホームズでいえば、ワトソンの立ち位置らしい。


 和が同じリズムを刻みながら軽やかに木立の通路を走り抜けた先には、通路の脇に木製のベンチが2つ並べて置いてある。和は2周目でそのベンチを目印にいったんそこで走るのをやめ、体をほぐしてから帰宅するのが毎日のルーティーンとなっていた。

 早朝でもあり、いつもはそのベンチに座っている人に会ったことがない。おそらくちょうど木陰となる場所なので、早朝の散歩の人は日当たりの良い別の場所のベンチにいるのだと思われる。

 だから、和はいつもそのベンチの前の広場で気兼ねなくストレッチをするのであるが、今朝は珍しいことに男性が一人座っているのが見えた。さっき一回通った時には誰もいなかったはずだ。

 ——ああ、ちょっと恥ずかしいな。

 他人の目の前でわざわざストレッチしてみせるのは少々気後れがする。困ったな、と思いながら和がそのベンチの前を通り過ぎようとした時に、その男性の腹部が真っ赤に染まっているのが見えた。

 一瞬、変わったデザインの服かとも思ったが、その服に染みた赤の色は妙に毒々しく感じる。

 チラッと男性の顔に目をやると男性は全く動く気配を見せずに、目を見開いたままその視線が動いていない。しかも、赤い服の真ん中には何かが突き刺さっていたのだ。

 和は足を止め、悲鳴を押し殺して2、3歩後ずさった。

 ——まさか死んでる、の?

 唇が震え出した。こんなシチュエーションに出会ったことなどもちろん一度もない。

 誰に、どこに助けを求めれば——


 そのとき、男性の右手が動いた。そしてゆっくりとポケットに手を入れ、タバコを取り出してその1本を口に咥えた。それからもう一度ポケットに手を入れて何かを探していたらしいが、どうやらポケットには何も入ってなくてとうとう諦めたように、タバコを咥えたまま再び両手をだらりと下ろした。


「あの……、大丈夫ですか」

 生きているとわかり少し勇気がでた和は、意を決して男性に声をかけた。

 下から覗き込むように男性が目を和に向けた。和はさらに近寄る。

 男性の腹に刺さっているものが否応にも目に入った。


 それは大きな包丁だった。それを抜こうともせずに男性はタバコを吸おうとしているのだ。

 和は男性の前にしゃがんだ。

「あの、救急車を呼びますね」

 そうだ。怪我をしている人がいるのだ。まずは救急車だと思い至った。

「……」

 その男性の口から何か言葉が漏れた。

「なんですか」

 和は口元に耳を寄せてみる。

「マタ」

 確かにそう言った。

「えっ?」

「マータースーサイド——」

 男性はそう言うと、「フッ」と最後に力なく笑ってタバコを咥えたまま目を閉じた。


 救急車が走り去ってゆく。

 和は警察の車に乗せられ、何が起こったのか女性の警察官から事情聴取を受けて、男性を見つけた経緯から警察が到着するまでのことを、何度も繰り返し説明させらる羽目になった。

 それが土曜日の朝のことだった。

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