第6話 お披露目会、燃ゆ!

 西暦一八五四年、日本は黒船の圧力に屈する形で遂に開国を選択した。しかしその選択は同時に、東洋の神秘を求める暗黒陰謀結社や、日本の夜明けを目指す不逞の集団などを励起させるものともなってしまった。

 そんな怒涛の時代。江戸北町奉行所は、不逞の集団・髑髏しゃれこうべ党との攻防を繰り返していた。此度行われた暗黒テロル計画は、赤色髑髏面を装着した火炎工作部隊による大規模な付け火。先手こそは予見によって確保した鬼塚たちだったが、炎による攻撃で犠牲を出してしまう。苦闘の中、またしても現れたのは月よりの使者。彼の絶技により、北町は精鋭部隊を壊滅へと追い込むことに成功した。

 だが、髑髏党との戦も、髑髏党そのものも。未だに底を見せてはいなかった……。


 ***


「え? 亜久馬あくま先生がですかい?」

「ああ。例の研究……ネオ・エレキテルが完成したらしく、幕府直々にお披露目会を開くというのだ」


 ある日の北町奉行所。髑髏党の実戦部隊を捕縛してからまださして時も経っていないにもかかわらず、またしても剣呑な空気が発生していた。しかも此度は、常とは少々質が異なる様子である。


「いやいやいやいや。いかに幕府お抱えの蘭学先生だろうが、髑髏の連中がはびこる中でそいつは……」

「不味いな。大いに不味い。そこで、月番たる北町にも警固の命令が下った」


 上役たちが皆、顔をしかめる。幕府から下った直々の命令に、彼らが四の五の言える権利はない。ただ一つ、返せる言葉は。


「……重大案件ですな」

「うむ。仮にしくじればお奉行以下、何人の首が飛ぶやら分からぬぞ。覚悟せよ」

「ハハッ……!」


 場の全員の声が重い。皆が本件の重要性を噛み締めているのだ。開催自体が半月は先であっても、そこに至るまでの準備がある。彼らの戦いは、すでに始まっていた。


 ***


 かくて半月後。鬼塚たちは警備の戦士となりて群衆をさばいていた。


「いやぁ、凄まじい警備ですねぇ」

「当たり前だろうが。ブツの性質もあるとはいえ、こんなご時世の夜に、わんさか人を集めてたいそうなお披露目会ときた。連中にしてみりゃ、『狙ってくれ』と言わんばかりだろうよ」

「そうなりますか」


 デコ八と言葉をかわしつつ、鬼塚は鷹の目で会場を見渡していく。

 江戸城の近くにしつらえられた大広場には、八百八町から集まった江戸っ子が今か今かとお披露目会を待ちわびていた。さもありなん。今回幕府お抱えの蘭学博士、亜久馬象山あくまぞうさんが開発……否、再現したのはエレキテル。

 かつて江戸随一の異才とも、奇人ともいわれた男、平賀源内が復元した品を改めて構築。さらには原理を解析し、強化してのけたのだ。さしずめ言うなれば「ネオ・エレキテル」とでもなるのであろうか。

 ともあれ、その威力いかんでは幕府の危惧は的中する恐れがあった。


「博士の連れ去り。ねお・えれきてるとやらの持ち出しや破壊。そのいずれも防がなくちゃならんのが、今回の難儀なところよな」

「とはいえ、大名家などからも警固は出てるって……」


 デコ八が鬼塚の不安を訝しむ。しかし鬼塚はその言動を目でたしなめた。ついでに口も開く。


「八ぃ。大名家の連中が、民草まで守ると思うか? 大方の連中は殿様第一。まずはテメエんところの身構えだ。俺らにとっちゃ」

「シッ! その大名家ですよ」

「おっと。こいつぁいけねえ」


 デコ八に袖を引かれた鬼塚は、ご苦労さまですと言わんばかりに大名家の者どもに頭を下げた。同じ侍とはいえ、下級役人と大名家の家臣ではいささか立場が異なる。残念ながら、鬼塚たちのほうが下であった。


「……ふう。そろそろ始まりですかねえ」

「ああ、夜も暗くなってきた。いい頃合いだろう」


 あたかも二人の言葉が合図だったかのように、大広場前方の舞台に、白髭を生やした男が立つ。ついで大きな箱が運び込まれた。運び込んだのは一人の男。おそらくは助手なのだろう。博士と箱を挟む形で、舞台に残った。


「警護が見え隠れしているな」


 鬼塚はあえて視界を広く取る。目立たないようにはしているのだろうが、それでも彼の目には多くの警護が見えた。さすがに幕府も、このお披露目会と博士を重要視しているようだ。


「……」


 白髭の男、おそらくは亜久馬博士が右手を掲げる。すると、事前に打ち合わせがされていたのだろう。各所の篝火かがりびがこつ然と消えた。


「これじゃ真っ暗じゃねえですか」

「暗くないと、稲光が見えねえからな」


 突然の暗闇にあちこちがざわつく中、鬼塚はより前方に目を光らせた。デコ八に放った言葉は事実だが、同時に敵勢が何事かを目論むのであれば好機ともなっている。これを機に動く者があれば、撫で切りも辞さない構えだった。

 しかし、事態は想定を裏切っていく。何一つ事が動かぬまま、時だけが過ぎていく。


「流石におかしい」

「旦那」


 鬼塚が動き出す。しかしその刹那、遂に前方から声が響いた。


「全員動くな。ゆっくりと灯りを付けろ」


 その声は、亜久馬博士のものではなかった。不思議とよく通り、冷たく、心身の底から震わせてくるような色を備えていた。事実、鬼塚は硬直していた。デコ八にいたっては心を穿たれたのか、片膝をついている始末。皆がしんとして、前方を見ていた。

 やがて前方から徐々に、火が灯されていく。すると舞台には、恐ろしくも想定外の光景が広がっていた。


「な……! 髑髏しゃれこうべ……!」


 鬼塚は目を見開いた。さもありなん。黒色の髑髏覆面を身に着けた面々が舞台を制し、亜久馬博士と助手の首元には、それぞれ白刃がきらめいていた。


「我ら、髑髏党黒色部隊。よーく周りを見渡してみな。じっくりとだ」


 声の主が、再び底冷えのする声で命じる。鬼塚はその通りにし……悟った。群衆の中にも、黒色髑髏面が多く忍び込んでいたのだ。否、恐らくは。


「暗夜を利用したか……」


 鬼塚は、口の中でつぶやく。そう。連中は最初からそこにいたのだ。黒色部隊とは、恐らくそういう部隊なのだ。隠密と制圧に特化した実行部隊。先刻見出した警固の中にも、紛れ込んでいたに違いない。


「さて将軍とそれにかしずく民の諸君。我らの宿敵たる北町奉行の諸君。状況は理解できたことだろう。我らが亜久馬博士を連れ去るまで、そのままでいてくれたまえ」

「くっ……」


 鬼塚は動けない。無論他の奉行所連中も動けない。前列に陣取る大名家の家中も、動く様子はない。恐らくは、彼らの中にも黒色髑髏覆面が入り込んでいる。


「詰みかい」


 鬼塚が再び口の中でつぶやいた、その時だった。


「笑止!」


 前方、舞台の上から。耳を穿つ声があった。先の人間よりも通る声。不思議なまでに心を漲らせる力があった。


「天網恢々疎にして漏らさず。月光もまた、同じなり!」

「なにを言うか!」

「破あっ! 月兎大旋風!」


 声の主は、白刃を突き付けられていた博士の助手だった。舞台上の黒色髑髏覆面が、一斉に助手の方角を見る。しかし一手早く、助手が謎の動きを見せる。なんとその場で、人ならざる速度の大回転を開始したのだ! 白刃は弾かれ、客席まで届かんばかりの旋風が生まれる!


「なっ!?」


 鬼塚は驚愕した。このようなセリフを、機動を見せる人間は、鬼塚が知る限り一人しかいない。そしてその人物は! 大回転が終わると姿を見せた!


「月よりの使者、ここに推参!」


 見よ、助手の姿が見事に変わった。頭と口元に黒色の布。身にまとうのは漆黒の着物。腰には大小二本。そして胸元には黄金満月。見るもまごうことなき、月よりの使者である!

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