夢話
@kuuuuuge
出会い、そして動悸でドキドキするってか
全て合わせても四十席程しかない小さな講義室は階段状になっていて、私はそこの一番後ろで中央の二席の左半分に座っていた。
今日は、新入生オリエンテーションの日で、同じコースの人達で集まって自己紹介をすると事前に伝えられている。
普段はあまり頑張らない化粧も、いつもより時間をかけた。
服装もオシャレな妹に土下座で頼み込んで選んでもらったコーデで、普通の女子大生みたいになれていたと思う。
それでも経験から染み付いている他人への不安はそう簡単に拭えないものらしい。
(そんな装備で大丈夫か?)
頭の中で角刈りの男が何度も何度も私に問う。そこだけ何度も聞かれると音MADみたいになっちゃうだろ。
(これが一番いい装備じゃい……!)
そう分かっているはずなのに、まだ私を見て嘲笑っている人がいないかが気になって、辺りを見渡してしまう。
その時になって初めて、私は隣の席の人が異様な存在感を放っていることに気づいた。
私の隣、最後列の右半分の席には、どれだけ輪廻転生を繰り返したとしても辿り着けないであろう外見をした女性が座っていた。
艶やかでサラリとした長い黒髪にスッとした鼻と薄い唇、決め手にその切れ長の瞳。
(なになになに、この人……!?)
「心中穏やかでない」の意味を再確認させられる。
そんな私に呼応してる訳では無いけれど、周りの人もザワザワとしながら彼女に惹かれて、その視線が知らぬ間に向いてしまっている。凄い。
というかなんでこんな騒ぎになってるのに気づかなかったんだって思わない訳でも無いけど。
まぁ、そんな中で始まった自己紹介なんて、当然その役割を果たしていない。
聞く人どころか話す人も彼女のことを見ていて、意識してもらいたい、というのが丸わかりだった。
ただ、彼女はこういった状況に慣れているのか、一人一人の番が終わる度に社交辞令的な拍手を送るだけで、無視を続けている。
その様子を見て痺れを切らしたクラスの人達は、彼女の番まで早く回すべき、と考えたのだろう。
クラスメイトの話す内容が薄く、速さ重視になっていることに私が気づいたのは、自分の番まで残り五人程度まで迫っている時だった。
当然、自分も何か言わなければならない。
そのことをさっきまで失念していたから、当たり前だけどまだ何も考えていなくて、ぶわっと背中から嫌な汗が吹き出す感じがした。
(やばいやばいどうしよう、こういう時って何話せばいいの!?推しの名前とか……いやダメダメ絶対引かれる、てかここまでの流れ的に短くまとめないといけない気がするし、どうしよう……)
思考はとどまることを知らなくて、誰かが話してる間も、頭の中でG1サミットが続けられていく。
しかし、私の列の右端の人が話し始めるときになってもまだ会談は終わらないどころか、むしろより白熱していた。
(こういう時こそ同志を見つけるべき!)
頭の中で過激派の私が言う。
(いやいや、平穏に過ごす方が大事だよ)
それに対して保守派の私が反駁した。
(間をとって匂わせる程度はいかがかな)
中間択の私がそう提案して全ての脳内私が頭を抱えてしまった。
結論が出なくて動けなくなった私の肩を、ちょいちょい、と触れる感覚がある。
「次、あなたの番よ」
「ひぇ」
隣の顔が良い彼女が私のことを不思議そうな顔で見つめていて、慌ててそっちに向いた私は、目が合ってしまう。
初めて正面から捉えたその瞳は、私なんかが直視してはいけないような、綺麗な光で満ちていた。
感じたことのないほど胸が高鳴る。
体が急に熱を帯びて、怖いくらい暑い。
(え、なに、これ……恋?いやない……よね)
でも、動悸は留まることを知らない。動悸でドキドキするってか、いやそんなこと言ってる場合じゃないが?
恋か?恋なのか?恋かもな……。
一目惚れなんてありえない。色んな物語を見る度にそう思ってきたのに、体験してしまうと納得せざるを得ない。
(あ、やば……好きになるって、こんな感じなんだ)
だけど、私も彼女も同じ女性だし、それに、その、私なんかが彼女の隣に並べるわけがない。
(だからこれはきっと、なにかの間違い。)
そう思い込むことで、諦める。私みたいなのが手の届かないものを掴もうとしても、ろくな事にならないのは知ってる。
でも、どんなに、どれだけ考えてもこの熱を捨てきれない。
結局私は、せめて友達くらいまではと思ってしまって、後で話しかけようと決めた。
その為には今ここで、自己紹介をやり過ごさなければならない。
頭の中で一番無難な話し方を調べる。こういう時はあんまり語らないほうが無事に済むだろう。平穏派の私もゴーサインを出している。
そう決めた途端、案外言葉はすんなりでてきた。
「わ、私、小牧栞っていいます。漫画とか好きなので、その、よろしくお願いします」
一息でそう言い切ると、皆のリアクションも待たずに席に腰掛ける。
まばらな拍手がして、その場を乗りきることに成功したとわかると安心して深く胸をなでおろした。
そして次に待ち受ける難敵、彼女に話しかけるということに備えて私は覚悟を決めるのだった。
オリエンテーションが終わると、続々とクラスメイトが退出していく。
隣の彼女は、どうやら他の人が出ていった後に動くみたいで、退屈そうにスマホを眺めている。
講義室の中にいる人が続々と減って遂に最後の人が出ていき、私と彼女だけになると彼女はすっ、と立ち上がった。
話しかけるタイミングを逃したくなくて、私は追いかけるように立ち上がってその背中に向かって声をかける。
「あ、あの」
振り返った彼女の目に見つめられた。身長は彼女の方が5cmくらい高かったから、必然的に見下ろされる形になる。
綺麗で、でもどこか恐ろしいそれから逃げ出したいような気持ちがしたけれど、押さえつけて必死に言葉を繋いでみる。
「さっきは、ありがとうございました」
「別にいいわ、あれぐらい」
彼女は軽くため息を着いたあと、そう答えた。その反応がどこか冷たいように感じて、言葉に詰まってしまう。
しかし彼女は攻撃の手を緩めない。
「で、それだけ?」
突き放すようにそう告げられる。
その言葉によって焦りと不安が頂点に達して、もう訳が分からなくなった私の口は知らぬ間に回っていた。
「それで……!もし、良かったら、友達になって貰えません、か……?」
言ってすぐに、俯いてしまった。頭がぐるぐる渦巻いて泣きたいような気持ちになって顔が上げられない。
(誰か殺してくれ、何も言えないようにして埋めてくれ、もうやだよ絶対断られる、終わった──)
「ん、まあいいけど。インスタでいい?それともライン?」
「……へぁっ?あ、えと、インスタやってなくて」
「じゃあラインね、スマホ貸して」
あたふたしながら取り出したスマホを彼女に渡すと、すいすいっと画面を操作し、返された時にはそこには、「高瀬葵」とあった。
「そろそろ行くわ。またね、小牧さん」
後に残されたのは、スマホを抱えてぽかんとした私だった。
そんな出会いから、一年と少し──
私と葵は、少なくとも親友と呼んでも差支えはないくらい、仲良くなっていた。
第一印象でこそ葵は冷たくて怖い人だったけれど、実はおせっかいだったり、敬語で話されるのが嫌だったりみたいな、何となくかわいい面を知ると、もうすっかりそんな印象はない。
ただ、仲良くなってから一年経っても私たちは、お互いの部屋に遊びに行く以外で、未だに二人で出かけたことが無かった。
普通に考えたら逆だと思うかもしれないけれど、私もそう思う。
なんで??
まあ、そんな感じの私と葵は、一緒に夏服を買いに行くのを手伝って欲しい、と私が頼んだことで初めてその機会を得たのだった。
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