第5話

「えっ?表題タイトル?」


 ブッコローの、思いもしなかった質問に戸惑うケン。

 しかし、そんなケンに対し、ブッコローは記憶の奥底の棚から大事なページをめくるように、内容を一つずつ確認してきた。

「ソノ小説って、文房具を使った話だったんだよナ?」

「うん!勇者が出てくる冒険ファンタジーみたいなやつだったよ!」

 ケンはブッコローに促され、今日の宿題の最中に読んだ小説の内容を思い出そうと、必死に記憶のページを探っていく。

「勇者一行の中に、ヘンな登場人物いなかったカ?一人だけ異質ってイウカ……」

「うーん、どうだったかなぁ……。あっ!でも、確かに、一人だけ何か別の世界から来て勇者たちの冒険に迷い込んだメンバーがいたはず」

 確か、異世界から急に現れて、行くアテもなかったから勇者の旅について行く話だったような。

 今日一度しか読んでいないため、正直、印象に残っていたのは魔獣と戦う時に使っていた道具のシーンだったが、ブッコローの問いかけに、ケンの頭の中の記憶もみるみる彩られていった。

 対するブッコローも、いろいろなワードをケンに投げかけ、自分の持っている懐かしい記憶ページを一枚ずつめくっていたのだった。

 ――やはり、あれか。あ〜〜、なるほどね。だから、が急にに迷い込んだのか。そういえば、よく見るとどことなく……。

 ブッコローは、思い出してきたその小説について説明してくるケンの顔を、左右非対称の目玉を使ってギョロリと見つめていた。

「――って話も書いてあったよ!あれにも確か不思議な文房具が使われていたような……」

「ケン、その小説、ムダに長い表題タイトルだったんジャネ?」

 ケンの話を急に遮り、ブッコローは最後のピースを確認する。

「ムダに……、あっ!そうそうっ!それこそ、『何でこんなに長いんだ!覚えられないっ!』って思った!これこそ、無駄だよね~って。えっ?ブッコローもその小説知ってるの?」

 次の瞬間、ケンとブッコローは自然と息をピタリと合わせ、声を奏でていた。


「その小説の表題タイトルは……」

「確か、その表題タイトルは……」


「「文房具王になり損ねた女が異世界へ転生したら、何故か勇者と一緒に世界を護ることになりました。〜〜私、文房具しか使えませんっ!」」


 シンと静まり返った深夜の書店の中に、再び賑やかな二重奏が奏でられ、さらに大きな笑い声へと広がっていった。

「ソウソウ!それそれっ!ウヒャヒャヒャヒャ!だっせー表題タイトル!何度聞いても笑っちまうゼ」

「あはははっ!ホント、すっごーく長いよね!長すぎて『何だこれ?』って思ったもん。早口言葉かと思っちゃった」

「ホント、くだらないのつけたんダよな、ザキのやつ。『今は異世界物で長い表題タイトルが流行っているんですよぉ、ブッコローさん』とか言ってたんだよなァ」

 ブッコローは懐かしそうに声を鳴らし、左右非対称の目玉を天井へ向けてギョロリと動かした。

「えっ?ザキ……さん?じゃあ、ブッコローは小説だけじゃなくて、書いた人も知っているの?」

「まあナ。確か、前にウチの書店がタイアップした小説コンテスト用に書かれたモノのはずダ。書いたのはコノ店の元社員」

「でも、今日読んだ小説は途中で終わっていたような……」

「『ブッコローさぁーん、やっぱりコンテストなんて恥ずかしくて、途中で書くの諦めましたぁ』ダトよ」

 ブッコローはソノ独特な機械音から、さらに何とも言えない声色を出していく。その言葉を聞き、ケンはまたも我慢できずに吹き出してしまった。

「あははっ。それは残念だね。文房具を使ったシーンは凄くワクワクしたから、もっと読みたかったなー。実際に道具を使って書いてみたくなったし!」


 ――文房具って、ワクワクするじゃないですか?ブッコローさん。“楽しい"って大事なんですよ。それを知ってほしくて、私も小説書いてみたんです。結局、うまく書けませんでしたけどね。


 ……ザキ、良かったな。ちゃんと、想いは伝わってたみたいだぞ。


 ブッコローは、喉の奥を小さく鳴らし、過去の思い出の味を噛み締めるのだった。

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