姉弟だから
なゆた
第1話 姉が大好きな俺
「俺、大きくなったら姉ちゃんと結婚する!」
今思えば、あんな子供がよくするような約束は、叶うはずがないんだと痛感する。
俺は姉ちゃんが好きだ。姉としてではなく、一人の女の人として。
いつからそうやって思うようになったのかは覚えていない。けど、姉ちゃんが好きだ。
***
朝の六時半を示すアラームが鳴っている。
俺は一週間の疲労が残った重い身体を起こした。でも、今週も今日で終わり。明日は昼ぐらいまで寝てていいんだ、なんて思いながら、制服に手を通した。
一階のリビングに下りると、姉の海が先に朝ご飯を食べていた。
「姉ちゃん、はよ」
「おはよー!零の分も、お母さん用意してくれてるから、冷めちゃう前に食べな!」
「ん」
姉ちゃんが座る向かい側にラップをかけてある皿が三つあった。傍らに置いてあったメモ帳には「行ってきます」の一言。
俺の母親は大手企業の社長という立場にいて、毎日帰ってくるのも遅いし、次の日の朝は会える日が少ない。
父親は俺が幼少期の頃に事故で他界した。
「零、今日も一緒に帰る?」
「姉ちゃんがいいなら」
「私はいいんだけど、ちょっとだけ待たせるかもよ?委員会の仕事があるし」
「別にいいよ。俺待ってるから」
「わかった。早めに終わらせるね!」
「···!」
俺は姉ちゃんの笑顔が大好きだ。
ふにゃっとした柔らかい笑顔。学校でも人気の高い姉ちゃんが心配で、休み時間にいつも海の教室に行く俺はいわゆる「シスコン」とかいうやつなんだろうが、俺自身全く気にしてない。
「ごちそうさまでした」
「ごちそーさまでした」
俺と姉ちゃんがほぼ同時にそう言って、席を立った。そして、姉ちゃんが洗濯物を干しているうちに、俺が皿を洗う。いつもの日課だ。
「零、体操服出てないけど?」
「今日まで使うから、終わったら出す」
「金曜日に体育とか珍しいね?」
「昨日、体育の先生休みだったから、今日の自習が体育になった」
「うわぁ、最悪······」
ベランダからひょこっと顔を出して話す姉ちゃんが可愛くて、頬がつい緩みそうになるのをグッと堪える。
時計の針が七時を回ったくらいに、俺らは家を出る。学校まではバスで毎朝登校する。バスの席ももちろん隣で。
「来週テストだねぇ······」
「だな。勉強してんの?」
「やる気ない······」
「いや、やれよ」
カバンを抱えてぐでーっと脱力する姉ちゃんはいつもよりも一回り小さい。
手には単語帳を持ってるけど、持ってるだけで見ようともめくろうともしない。
なんのために持ってんだよ······。
学校の前にバスが止まって、俺達含め、複数の同じ高校の生徒が降りた。
二個上の姉ちゃんの教室は三階で、一年の俺は二階。しかも別校舎。
「じゃーね、零!また放課後!」
「おー」
周りから見れば素っ気ない反応をしているんだろうけど、俺は好きという感情を悟られないようにそうしているだけ。ほら、よく言うじゃん?好きな人には素っ気ないみたいな。俺もその類なわけ。
姉ちゃんの後ろ姿を見送ってから、自分の教室に向かった。
教室にはすでに何人かいたが、それでもまだ半分もいない。
「おっ、零!おはよー!!」
ドンッと思いっきりタックルしてきたのは、中学から一度もクラスが離れたことがない園田竜聖。姉ちゃんとも仲が良い、ほぼ幼馴染みみたいな関係。
「お前······。痛てーんだよ毎日」
「まあまあ、それも愛ってことで!」
「アホか。俺には姉ちゃんだけだっつーの」
「まーた海さんかよ。ほんっとに好きだなお前。気持ち伝えねーのかよ?」
「······伝えたら迷惑だろ」
「そんなことはないと思うけど。まあ、姉弟ってそういう面で難しいよなぁ」
竜聖は椅子に座って、俺をしたから見上げた。
「そこ、俺の席」
「良いではないか、友よ」
「それやめろ。バカっぽく見える」
本当にアホだな、こいつ。
今日は姉ちゃんが昼空いてないからということで、俺と竜聖の二人だけで弁当を食べた。
その間竜聖は、最近気になっている女子とかの話をしていた。
ちなみに、俺には何がいいとか全くわからなかった。
「海さん、委員会忙しそうだな」
「委員長だからな」
姉ちゃんは本が好きという理由で図書委員に所属している。その委員会の副委員長の男と楽しそうに話してるとこをたまに目撃するけど、マジ嫉妬でおかしくなりそう。
「零さん?箸がミシミシ言うてますけど······」
「······なんでもない」
「嘘つけィ!」
漫才師みたいに、机をバンッと叩いて、竜聖がツッコんだ。
弁当を食べ終わったあとも、竜聖が何か熱心に話してたけど、眠すぎて寝た。
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