第五話 お茶会と占い
エレスが用意してくれたお茶会はリビィが感動するほどに素晴らしかった。何しろ見たこともないお菓子が山ほどあり、そのどれもが美味しいのだ。
「あらあら、美味しそうに食べてくれるわね」
「だって私の国にこんな美味しいものないし」
リビィの知識に照らし合わせてみるが、どれも色鮮やかで、それでいてとても素朴さのあるお菓子がテーブルの上にいっぱいにあったのだ。
「これなんてまるで
真っ赤な果実はリビィの知っているものによく似ていた。
「ストロ・ベリ? ああ、もしかしてこのエルドの実のことかしら? 甘酸っぱくてわたくしも大好きだからリビィちゃんがお気に召したのなら良かったわ」
「はい、とっても! 私の世界でも似たようなのがあって」
「へえ、エルドの実があるのか?」
「名前は違うし、少し違うけど似てるよ」
「成る程、興味深い話だ。他にも似ているものがあるか?」
ヴォートも身を乗り出すようにリビィの話を聞きに来る。
「えーと他には
「マ・ロン、チェリ……それも変わった響きね」
「私にしたらこっちの方が不思議です」
「それはそうかも知れんな」
王様と王妃様なのに凄く優しいんだなあとリビィは思う。本来ならこんな気さくにティータイムなんて出来ない存在だろうに。
自国の王族のことを考えれば至極当然の感想だった。
「な、リビィの話は面白いだろ、親父、お袋」
「確かに我々の国とは違っているからな」
「えと、その話なんですけど、私が今いるのって……」
本題だとばかりにリビィはそう尋ねかけたとき、不意に先ほどヴォートの命を受けたものが部屋に入って来て、恭しく頭を下げた。
「陛下、リア=リーン様がいらっしゃいました」
「来たか。直ぐ通せ」
「畏まりまして。リア=リーン様、お入りください」
そう呼び掛けられると一人の少女が入ってきた。長い髪を大きな三つ編みで纏め、光の加減で紫にも見える不思議な髪の色をしていた。格好はヴァーンたちと比べると明らかに露出度の高い服装をしている。
アラビアン・ナイト?
そんな風にリビィが思うほど彼女が持っている絵本の格好に似ていた。
そんな彼女の側には光る珠がくるくると回っている。
あれが水晶かな? 水晶って飛ぶの?
私より少し年が上くらいかな? この子が占い師なのかな。
リビィの湧き出る疑問を余所に少女はつかつかと歩を進めて、ヴォートたちに向かって頭を下げた。
「両陛下、皇太子殿下にはご機嫌麗しゅう」
「固い挨拶はいい」
「そうよ、本題に移りましょう。リアの分もお茶を用意するわね」
「有り難うございます。では失礼して」
サッと空いた席に座り、リア=リーンと呼ばれた少女は差し出されたお茶を遠慮なく飲み、菓子たちにも手を伸ばした。
「やっぱりエレス様の選ぶお菓子は美味しいですね」
「あら、有り難う」
「それでリア=リーンよ、占いはどうだったかな?」
「ああ、そうですね、本物ですよ」
「やはり、そうか」
「それで、その子はそこに座ってる子で合ってます?」
よく食べるなあとみていたら唐突に話題に引き出されたのでリビィは吃驚する。
が、よく考えてみればこの中で服装があってないのは彼女だけだから分かって当然か。
「は、初めまして、私はエリザベス・ウォルスング、リビィと呼んでください」
ここにやって来て何度名乗っているのだろうと思いつつ、自己紹介はきちんとするべきだと母に習っているのでそこは忠実に守った。
「あなたがそうなの? へえ? 私はリア=リーン・リム・バード。リア=リーンでもリアでも好きな方で呼んで」
リア=リーンはそう呟くように、或いは確認するようにそう口を開く。リビィのことをそれはもう頭から足の先までじっくりと眺めてきた。
何だろうな。値踏みするように見られるのは良い気分じゃないのに。
「確かに金色ね」
「あたしの髪が?」
「それもあるけど、まあ、オーラが金色なのよ」
「おーら?」
「簡単に言えばあなたが持っている色よ」
「いろ……」
「今は何となくでいいわよ。本題じゃないし。で、本来の予言としてはあと四年経ったらなのだけど。今、あなたの星が動いたのでしょうね」
物凄く当たり前のように言うリア=リーンにリビィはとうとう突っ込んだ。何しろ意味が分からない。
「あのー、何のことだかちっとも
だから素直にそう言った。
「ああ、そうね、あなたは何も知らないみたいね」
リア=リーンは食べる手を止めて、水晶をその手に乗せた。
「本来は物凄ーく高いんだけどさ、私の占いは。でも王様がきっと出してくれるだろうから出血大サービス」
「よきに計らえ」
リア=リーンは王の言葉ににやっと笑って立ち上がり、水晶をリビィの前に翳した。すると彼女から紫色の空気が生まれ、全身を包んだ。
うわ、あれがさっき言ってたオーラってヤツ?
そんなことを思っているとそのオーラが広がり、今度はリビィを包んでいく。
「ひゃ?!」
リビィが驚いているといつの間にか自分の身体が金色になっていることに気が付いた。
何これ?
リビィの戸惑いを余所に先ほどまでとは打って変わった様子でリア=リーンは口を開く。
「『金色の乙女』たるものよ、二つの世界の
それはリビィが見たことのない神秘的な姿であり、思わず見つめ続け、言葉の終わるのを待った。
リア=リーンの気配が変わり、先ほどまでの雰囲気は何処かへ行っていまい、リビィが最初に見たリア=リーンに戻っていた。それと同時に先ほどまで光っていたオーラとやらも消えている。
何だったのだろう、あれ。
「はい、終わり」
「へ? 終わりって意味が全然分からないよ?」
何か小難しい言葉が羅列していただけだし、それを理解させる気が目の前の占い師にはなかった。
「分からないのなら今はまだその時じゃないの。だからあんたはこの世界を楽しむだけでいいわ。さっきも言ったとおり、水晶の導きでもまだ時じゃないってさ。一つ言えるのはこの世界はあんたのいた世界じゃないってことだけ」
異世界なのは何となく理解していたが、それにしてもざっくり過ぎる説明だ。
リア=リーンを見遣りつつ、リビィは思わずヴァーンへと視線を送る。
「リア=リーンが言うからそうなんだと思うぜ? 俺たちにに分かるのはリビィが『金色の乙女』ってことくらいで」
「そもそもその『金色の乙女』ってのが何なの?」
何度も何度もそう呼ばれているが、実際のところそれが何であるか分からない。
「んー、改めて聞かれると困るな。リビィに言ったことくらいしか知らないんだわ」
「えー、そんくらいなの?」
「詳しいことはリア=リーンのが知ってるけど、こいつ、口硬いからな」
自分の隣でお菓子を食い漁る少女を指差してそうヴァーンは言う。
リア=リーンはお菓子を食べる手を全く止めずに言葉を続けた。
「何ごとも時期ってものがあるのよ。本来なら四年後に起きるべきことが今起きてしまっていることだから。それ自体が可笑しいことだしね」
「四年後……じゃ、何で私はここにいるの?」
「さあねえ。分かるのは今あんたがこの世界に来たのは意味があることってことだけは教えてあげる」
「全然分からないんだけどなあ。肝心なこと、はぐらかされてるみたい」
「占い師の私が時が来れば分かるって言うんだからそうなのよ。信頼なさい」
「えー、だって占い師ってそんなに凄いの? あたしの世界での占い師だとインチキ多いって聞くし」
「まあ、それはこちらも同じね。確かに世には色々な占い師がいるけれど、リア=リーンはがめつい点を除けば素晴らしい占い師よ」
ころころ微笑いながらエレスがそうリビィに教えると、リア=リーンはしかめっ面をした。
「私は仕事をした分だけの対価をきちんと貰っているだけですけど」
「その考えや良し。対価無しでは何も得られないものだからな」
ヴォートはそう言い、豪快に笑う。王様らしい笑い方だとリビィは思った。
「ね、リア=リーンはこの森の王国のお抱え占い師ってヤツ?」
本題が聞けないならそれ以外のことを尋ねてみればいいと考え、リビィは質問をリア=リーンに振る。するとそれは答えてくれる問いだったらしい。
「そうよ。私のばーちゃんが占い師でね、この国にお前は行けって言われたから来たの。で、王様たちに会ってここにいるってわけ」
「お祖母ちゃんに言われたから来たって、それだけ?」
「何か可笑しい? それで十分なのよ。それがこの世界の
「ことわり? うーん、難しいね」
「だから今は何も考えなくていいよ、えーとあんた、リビィだっけ?」
「うん、リビィで」
「それじゃ、何度でも言うけどリビィはこの世界で楽しんでいけばいいのよ。それがあんたの今の役割ってわけ」
「役割……」
そう言われて少し考えてみるが、その役割とやらが全く分からない。
そんなリビィを見かねてか、ヴァーンが明るく声をかけてきた。
「な、リビィ、もうさ、面倒なことは考えず俺とがんがん遊ぼうぜ?」
「ちょっと面倒なことって、あんた王子様でしょ、それでいいの?」
「だって考えてもしゃあないだろ?」
「まあ、確かに」
占いがどうであれ、今のリビィに出来ることと言えばこの世界を大いに楽しむほかない。
「んだからさ、何はともあれ楽しめばいいだろ? 俺があちこち案内してやるから」
それはとっても面白そうで、魅力的なお誘いだった。だからリビィは一も二もなくヴァーンの提案に乗ることにした。
「うん!」
その明るい笑顔は見知らぬ土地にいる不安など忘れてしまったかのようだ。実際リビィとしては最初に会ったのがヴァーンで良かったと心から思う。きっとそうでなかったらこんなに安心してられなかったと思うから。
「じゃあ、リビィ、まずはお着替えしましょうか」
話が一通りを終わったのを確認するとエレスはそう話しかけてきた。
「お着替えですか」
「さっきも言ったけれど、ここで過ごすならその服装だときっと不自由だわ」
「でもそこまで甘えてもいいんですか?」
「寧ろ甘えて頂戴。あなたが此処にいる限り快適に過ごして欲しいもの」
「突然の事態に困ったこともあるだろうしな。遠慮なく私たちやヴァーンを頼っておくれ」
「あ、有り難うございます!」
ここはリビィのいた世界とは違うけれど、温かさに於いてはウォルスング家と同じだとリビィは心から感じるのだった。
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