第一話 風の行き先
『屋根裏には秘密がいつもある』という。
だからいつだって子どもは必死にそれを暴こうと懸命になるのだ。
ロンドン郊外に住むウォルスング家の少女・リビィことエリザベス・ウォルスングも当然の如く秘密を暴くべく躍起になっていた。
「だいたい大きくなったらっていうのは大人の詭弁もいい所よね!」
どうも探索が上手くいっていないらしく、リビィは癇癪を起こし気味に独りごちた。
ちなみに詭弁と言いながらもその意味が正確に分かってるわけではなく、使ってみたいからと言うのが本当のところだった。
思春期まっただ中なお年頃ともなれば少々小難しい言葉を使ってみたくなるものである。
小さい頃からウォルスング家には秘密があると両親に聞かされ続けた身としてはそれが何であるかを知りたいだけなのだ。
それなのに一向に教えようとしない両親に見切りを付けて自分で探し出すと決めたのだ。
折良く両親はショッピングに出かけている。勉強すると言って居残ったのはこのためだ。
これほどのチャンスは滅多にない!
そう心に決めて庭の木を足がかりにして屋根裏部屋へと侵入し、そこまでは良かったのだが如何せんその後がよろしくない。
探しものがまったく持って見つからない。
そもそもそれが何であるかすら知らないのだから探そうという方に無理がある。
「どっこにあるんだろ?」
絶対意地で見つけてやるという意気込みだけは凄いのだが、見事なまでに完全に空回りしていた。
「ああ、もう! ぐずぐずしてたらパパとママが帰ってくるのに!!」
屋根裏部屋中をそれこそひっくり返す勢いで探しているのにまったくそれらしいものがないので、リビィとしては焦るしかない。
「んー、どれなんだろ?」
幼い頃からの記憶を総動員してみるが、一向に手がかりになりそうなものが思い出せない。
こうなればとりあえず部屋にあるものを一つ一つ物色していこうと決め、まずはと見回す。
すると目に入ったのは何枚かの大きな絵画。
「ここにこんなに絵があったっけ?」
さっきまでそこにはなかったような気がするのだが、それは気のせいだと片付けた。
場所は何処だか知らないけれどどうやら同じ人が描いたらしく、かなりの特徴がある。
「パパ、よね? この描き方って」
彼女の父親は絵本作家なので当然絵を描くが、こんな大きな絵、それもキャンバスに向かってと言うのは見たことがなかった。
けれど彼の特徴が至る所にあるので恐らく間違いはない。
「綺麗……」
描かれているのは天と地を貫くように縦に輝く虹、それに妖精たちが陽気に乱舞している姿が、別の絵には地上にはユニコーンに天空にはペガサスが駆けているのが生き生きと描かれていた。
リビィが気が付くと部屋の中にはそういう絵だけで満ちていた。
無造作のようでそうではない、不思議な置き方で。まるでリビィが来るのを待っていたふうだ。
どのモチーフも父親の描く絵本によく出てくるものばかりだったが、何処か違和感があった。
描かれているものに対してではなく、描き方というのだろうか、まるで本当に見てきたかのように見える。
錯覚なのかもしれないが、リビィにはそう思えてならなかった。何となくだが、想像だけじゃないと彼女の感覚が伝えてくる。
もしかしてここに行ったことがあるのだろうか、パパは。
彼の普段を考えればありそうだ。絵本作家のくせに取材と称してはよく旅行へ行くけれど、実際何処に行ってるのかすら分からない。
そして、それを示すように父のお土産はいつも見たことのないものばかりだ。
そんな風に貰った不思議なものたちがリビィの部屋にも弟のエドの部屋にもたくさんある。
当然それらが二人の宝物なのは言うまでもない。
何よりも彼女は父の話すお伽噺が大好きだった。
幼いころから聞かされたそれは驚きと感動があり、よく話の世界に行けたのならと何度も何度も思い描いたものだった。
そして、そんな想像していたその風景が今リビィの前にある。
「……こんなところへ行けたらいいなあ」
改めて絵を眺め、呟いた。
もしも本当にあったのならどんなだろうと少女は夢を見る。
よくクラスメイトたちに馬鹿にされるけれど、リビィとしては悪いことだとも間抜けなことだとも思っていない。
ああだったらこうだったらと想像も出来ない方がよっぽどもったいないじゃないか。
リビィは少々お転婆なところを除けば何処にでもいる少女だ。
ほんの少々気が強く、退くことを知らないので男の子ともよく喧嘩するけれど。
ボーンボーンと今にある柱時計の音が聞こえてくる。
気が付けば親が戻る時間になっていた。
「もう帰って来ちゃうなあ」
負けを宣言するのも悔しいが、どうやら降参するしかないらしい。
やるだけやったんだし、少なくとも屋根裏部屋へ侵入するということは大成功だったのだ。
これはお買い物のお手伝いのアイスクリームを諦めた甲斐のある仕事だと彼女は自分を褒めることにした。
「さぁて、どう言い訳しようかな」
ここに入るのは両親に禁じられていた。それを破ったのだから当然怒られるだろう。
けれど全然まともな説明もしないでここまでやらせたのは両親なので悪いのは向こうだ。
少なくともリビィにとっては途轍もなく正論だった。
「あ~あ、悔しいなあ」
見付けたかったのにと思った瞬間、何かが光った。
「あれ?」
それは一枚の絵だった。それまで他の絵に隠れて見えなかったらしい。
そこには今までで一番不思議な風景があった。半分はさっきまで見ていた妖精や幻獣達の世界だったが、もう半分はリビィがよく知っている場所だった。
「これって、もしかしなくても……」
どう見てもリビィの家周辺、それにロンドン名物の建築が幾つか織り込まれている。
全体のバランスを考えてもえらく浮いた構図だ。
どちらの世界に対しても統一性が無くて、組み合わせも突拍子もない。
「いつからビッグベンが我が家の近くにあるのよ……それにこれは全然違う場所のだし」
ヨーロッパで有名なところだったり、そうかと思えば東洋のものだったりと本当に滅茶苦茶だ。
描いた作者はやはり父に違いないのでこの頓珍漢な絵に関して問い質してやろうと決め、その場を後にすべく立ち上がった。
それと同時に外から車のエンジン音が聞こえてきた。
冒険の時間は終わりだとリビィが窓から顔を出そうと思った瞬間、また絵が光り出す。
「な、に?」
さっきは陽光があたった加減だと思ったものが、どうやら絵から来てるらしい。
そっと近付くと先ほどの絵の中心、つまり奇妙な世界の交差する位置からのようだ。
さっきは気が付かなかったけれど、世界と世界の間には何やら描かれたいた。
「ん? これ、扉みたい?」
脈絡無くそこにあるのは確かに扉だった。
しかも目の錯覚じゃなければ少しずつ開いていっているようにすら見える。
「えーっと?」
起きているだろう事態を完全に飲み込めないまま、しかしこのままいたら絶対に何かとんでも無い事態になることだけは
が、彼女に起きている変異はそんな時間をくれはしなかった。
眩いくらいの光が部屋中を覆い、次いで凄まじいくらいの突風が彼女を押し上げていく。
「?!」
リビィは身体が浮かんだような感覚があったが、眩しさで視界が塞がれていたので確認することが出来ない。
ギィィイィイッ……
突然扉が開く音がして、リビィは本人の意志とはまったく関わりなくその中へといきなり放り込まれていった。
それこそ悲鳴を上げる暇もない。
そうして後に残るのはそこにある静かな屋根裏部屋だけ。
まるで何事もなかったように、騒がしい客人が来る前と変わらない風景だった。
暫くすると屋根裏の扉が勢いよく放たれ、息せき切った二人の大人が入って来る。どうやら彼らは外から家の異変に気が付いたらしい。
屋根裏部屋自体、一見は何も変わっていないのだが、彼らには既に何が起きたのか
「やっってくれたな、リビィのヤツ」
長身の眼鏡をかけた痩身の男性がそう言った。口調からしてリビィの父親らしい。
絵本作家らしい優しい顔立ちだが、今は呆れ顔という方が正しい。してやられたという思いが強いようだ。
「やりまくったわね、あの子……」
はきはきした感じの女性は感心したように言う。こちらは母親なのだろうが、父親より余程余裕がある。
うんうんと頷きながら周囲を見回すが、やはり娘はいないらしい。
「珍しく勉強したいからって留守番させれば……全く。そう言えばあの子は木登りが得意だったもんな」
「甘かったわねえ、あなた」
「お前、分かっていただろう?」
「さぁ?」
くすくすと微笑う妻に男は首をすくめるしかなかった。
「どっちにしたってちょっと早くなっただけのことよ。あの子なら大丈夫よ」
「まあ、心配はしてないが」
「もともとあなたが秘密のお話とか言ってあの子を煽るからよ。自業自得」
無鉄砲を絵に描いたような娘にニンジンぶら下げ続ければ自ずと分かろうと言うものだ。
母親はにっこり笑って、リビィが最後に見た絵に向かって一言呟いた。
「頑張ってらっしゃいな、私たちのお転婆娘さん」
ウォルスング夫妻が微笑んで絵を見つめれば、先ほどまで開かれていた絵の中の扉はもう閉じていた……
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