01話『転生』

時は4060年旧日本。以前日本と呼ばれたその小さな島国は戦乱の渦中にあった。第五次世界大戦が勃発すると時の総理は独裁体制を敷き、急激に軍国化を進めた。悪政に苦しんだ国民は蜂起し各地で革命を起こした。その時の元号を取ってこの革命は紀寧革命きねいかくめいと呼ばれる。――


 歴史の教科書をめくれば普通に書き連ねられてある史実。あれからもう12年の月日が経った4072年の今も尚戦乱は続いている。しかし、最近は比較的平和だったのだが急に不穏な空気が流れ始めているのだ……


「おい、そこ。春瀬蒼弥はるせそうや、聞いてるのか? 」


「あ、すんません」


 こんな感じで講義中に居眠りなんかしてると教授に厳しく注意される。何と平和な日常の1シーンだろう。


「ねぇ、蒼弥また怒られちゃったね」


 終わりを告げるチャイムがなり、各々が自由時間に向けて席を立っている所にさぞ楽しそうに声をかけてきた彼女は鬼乃瑞希きのみずき


「そーですよー」


 生返事をしつつ、帰る準備を進める。


「ふふっ、そんなことより海都かいとは大丈夫かしらね」


「あいつは何があっても大丈夫だろ。馬鹿だし」


 いつも一緒にいるグループの1人、八島海都やじまかいとは今日体調不良で欠席していた。

 俺たちが通う、神宮寺立じんぐうじりつ南白迅みなみはくじん軍大学はその名の通りエリート軍人を育成する為だけに設立されたものだ。

 え? そんな名門校になぜ俺が通えているかって? それは、俺の父がこの辺り一帯を支配下とする神宮寺家に仕えている関係でだ。それもかなりの重役らしい……ちなみにだが、俺はここで剣術学と総合兵学を専攻している。

 まあ、瑞希や海都は一般選抜組だから、こいつらは本物のエリートさんって訳なのだが。


「何を話しておるんじゃ? 妾も混ぜてくれんかの! 」


 と言って俺の背中を小突いてきたのは、神宮寺嶺奈じんぐうじれな。もう気づいた人もいるかもしれないが、神宮寺家の次女。人呼んで皇女様。俺たちと同級生でかなり親しい、彼女も仲良しグループの一員だ。

 

 この大学生活では知名度と影響力、そしてどこの派閥に加入しているかが非常に重要になってくる。幸い俺やこいつらは学生会の会長、蔡京福楽さいきょうふくらや首席入学者の神宮寺葵じんぐうじあおいを有する定晴派という派閥に属しているのでその辺は何ら心配ない。ちなみに定晴という人は神宮寺家の長男、つまり時期当主……つまり媚びへつらべき人だ。


 そんな順風満帆な学園生活にある事件が起こった。


 

 さて、続いてのニュースです。我らが神宮寺公が設立した軍大学生徒の冴空夏芽さえそらなつめさんが昨日の夜から帰っていないと母親から通報があり、軍警は行方不明事件として真相解明を急いでいます。更に、同大学生徒多数も被害にあっているとの事です。十分にお気をつけください――


 そんな物騒はニュースを聞いてから登校するのは嫌だな。と思いつつ朝の用意をいつも通り手際良く済ませ家を出た。


 

「おい、大変だ! 嶺奈がさらわれたんだ、しかも瑞希と海都も一緒に……」


 登校して席に着いてすぐに、1つ下の星野颯悦ほしのそうえつという男が青ざめた顔をしてそう言ったのだ。


「なん……だと?」


 俺はその事実をすぐに理解出来なかった。身体中から血の気が引いていく感覚がした。嫌な予感しかしない。


「お前はそれを見たのか?! 」


「あぁ、はっきりと」


 それからは早かったと思う。無我夢中すぎてあまり自分でも記憶が確かでは無いが目撃情報を掻き集め、見事アジトを突き止めたのだ。


「おお、早かったな春瀬蒼弥君。俺たちがわざと撒いた情報をしっかり掻き集めた様だな」


 身長190cm程の屈強な体をした男とその周りに複数のこれまた強そうな男たち。


「誘拐した人たちは無事なんだろうな」


「誘拐?そんな物騒な事言ってくれるなよ。ああ、そうか。君の探し人はこれかい? 」


 とニヤっとして後ろを指差す男の背後には、天井から吊るされたロープに手を括られ釣られている嶺奈の姿があった。意識を失っているようだが、何とか無事みたいだ。


「お前たちがやったんだな……彼女を解放しろ今すぐに! 」


 俺の怒りは限界を迎えたのか、身体中に力が入り自分でも声が震えているのが分かった。


「あっははは! それは出来ない相談だな〜?! あ、そうだ他の人たちだけど、それは彼ら次第じゃないかな! あはは」


 楽しげに笑う男がそう言い終わらない所で俺はその男の脳天に向け近くに落ちていた鉄パイプを叩きつけた。


 手応えあり! ――


 しかし、その男は完璧に脳天を捉えたはずの鉄パイプを素手で受け止めていた。


「あっぶないなー。これだから最近の若者は……」


 そう言って不敵な笑みを見せる男に少し怯んでしまった。男はその隙を逃さず俺のみぞおちに重い一撃を喰らわせた。


「……何してるのじゃ、蒼弥早く逃げろ!そいつには敵わない」


 目を覚ました嶺奈が力なくそう叫ぶが俺の耳には届かなかった。


ぬしを死なせたくないのじゃ……妾の事はもう良い。早く、逃げて……」


 俺は目の前の男に全ての意識を持っていかれていたせいか、彼女の悲痛な叫びを聞くことが出来なかった。剣術学を専攻し、自分で言うのも何だが剣でなら誰にも負ける気がしなかった俺がまるで赤子のように扱われている……あぁこれが化け物か。


「君、弱いね。やはりあの御方は少々心配性が過ぎるな。おい、やれ」


 あの御方? こいつらのリーダーだろうか。少しブツブツと呟いたあと、男は近くにいた部下に向かってそう指示を出した。


 ダンッ! ――


 薄暗い室内にその音1つだけがこだました。間違いない、銃声だ。俺は最悪を考えてしまった。自分でも知らないうちに段々と鼓動が早くなり、更に息が荒くなっていく。


「ほら見ろ、お前のせいで人間が1人死んだぞ」


 そう言う男の先には頭から血を流し、力なくただ天井から吊るされたロープに全体重を委ねる彼女の姿があった。


「な、なんて事を、絶対に許さないぞ……」


「ん?聞こえないんだけど?」


 今覚えばそれは明らかに挑発だった。しかし、その時の俺にはそんな事を考える暇など無かった。鉄パイプを握り直し、勇ましく雄叫びをあげながら敵総勢ざっと20の中に突っ込んでいった。


「あら、まだ終わってなかったの?何やってるのよパイモン」


「すみません、レミ様」


 しかし、急に横から現れ全力で振り下ろした鉄パイプを小指の爪で軽々と受け止めてそう言った女は、とても人間の姿に見えなかった。そう、それはまるで……


 魔人――


 それが俺が元いた世界で最後に見た記憶だ。鉄パイプを掴まれた後、同じくその女に腹を突き破られた。血が体からドクドクと流れ出す感覚と燃えるような痛みに耐えながら俺ははっきりと死を自覚した。

 俺のようにどんなに生まれが良くてエリートでも死だけは平等にやってくる。俺の場合それが少し残酷だっただけだ。

 

 これから俺はどうなるんだろうか。天国に行けるといいな――


 そこで1人の男の意識が途絶えたのだった。

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