【第50話】導き
「ただいま」
誰も居ない家は珍しくもない。親戚が置いていった線香をあげ、仏壇に手を合わせる。
冷蔵庫に残った野菜やら卵やらはもう食べられないだろう。
「じゃあ行ってくるね」
2人の笑顔が僕を送り出してくれた。
「お待たせしました」
「鍵は閉めた?」
「閉めました」
「窓も閉めた?」
「はい」
「じゃ、行こっか!」
外で待っていたアイはいつもと変わらず元気いっぱいだ。こんな状況ではその笑顔が唯一の救いだ。
「鍵で行くんじゃないんですね」
「やっぱり旅行は自分の足で、だよ!」
「新幹線でしょ?」
「ちっこいことは気にすんな! デッカくなれないぞ!」
アイの大荷物は完全に旅を満喫しようとしている証だ。僕たちは新幹線に乗り込み、四国へと向かった。ソルボンは既に向かっているらしいが。
「わぁ、着いたぁー!」
片道7時間の電車旅はなかなかに疲れた。飛行機にすればよかったのに……という意見が過ったが、初めて踏み入る高知県の街並みは身体の痛さを忘れさせるほど美しく見えた。
「遅いぞ」
「あ、駅弁を食えなかった残念なご老人だぁ」
アイはあの件を大層根に持っているらしい。
「途中で買ったぞ」
鯛めしを掲げて一歩リードのソルボン。
「はあぁぁあ?! なんで電車にも乗ってねぇやつが駅弁買ってんだよ!」
「まあまあ……」
盛大にキレるアイとそれを諭す僕。旅行の初日は、実に大盛り上がりだ。
目的地の足摺岬までは、この駅からかなり遠い。ということで、ソルボンの飛行魔術で行くこととなった。
最初からこうすれば良かったのに。という意見も聞こえるが、2人を抱えながら長距離を飛ぶと、いくらソルボンと言えども魔力が持たないのだ。
飛び立って数秒、太陽を隠すように大きな雲が現れた。
「クソッ」
「ギャハハハハハ!」
霞の中で何者かに襲われた。無数の黒い影は僕たちを取り囲み、不気味で陰湿な笑い声を上げている。
「このままじゃ無理だ! 一度地上に降りよう」
「その方が良さそうだな」
ソルボンは2人を抱えたまま急降下し、マンションの屋上に降り立った。
「ギャハハハハハ」
「後ろだ!」
淀んだ群青色の光が背後に迫り、ギリギリで避ける。やらなければ殺られるという緊張感が、僕の背筋をなぞった。
「何人いるんだ……?」
「もしかして、罠だったのかな」
姿は見えないものの、唯ならぬ殺気が3人を囲んでいる。
その時だった。
雷のような眩い線香の柱が、鈍い音を立てながら僕たちの周りに降り注いだ。
「「ぎゃあああ!!」」
見えない雄叫びが上がり、やがて黒く焦げた人の姿が現れた。
「コホッ……焦げくさいな」
「誰だ?!」
暗闇の中で咳払いをしたのは、僕たちがよく知る男だった。
「久しぶりだね。元気だったかな?」
「吉川さん?!」
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