【第37話】油断

「ねえ、どこに行くの?」  


 街を歩く人々は、僕の正体を知らない。僕も彼らがどんな生活をし、どんな感情なのかを理解することはできない。最早、そんな必要もないのかもしれない。今まで気にも留めなかったが、日常の風景を愛おしく思えるほど、非日常は息苦しい。


「ねえってば!」

「バイトだよ」


 僕はアカリに引き留められていた。いつもならすんなり解放してくれるはずだが、今日は異常なまでに着いてくる。


「私も同じところでバイトしようかな」

「アカリは家の手伝いがあるじゃないか」

「つまんないもん」


 一体今日はどうしたというのだろうか。隣を歩く姿はいつもと変わらないが、何故か僕をバイトに行かせまいとしているようにも見える。だが、事務所に連れて行くわけにもいかず、僕は困り果てていた。


「だから、着いてきちゃダメなんだって」

「なんでよ? ちょっと見るだけだから良いじゃん」

「コンビニのバイトとかとは違うんだ。個人情報とかあるじゃん?」

「ふーん。どんなバイトなの?」

「何でも屋だよ」

「何でも屋? 何するの?」

「なんでもだよ」

「具体的に!」


 ああ、しつこい。かなりしつこい。ここ何週間かでアカリとの仲は相当縮まってはいるが、ここまでだと段々と嫌になってくる。


「もしかして……使?」

「え……」

「って、そんなわけないか!」


 危ないところだった。勘が鋭いのか、あるいは気づいているのか?いや、しかしそんなはずは無い。アカリに魔術を見せたのは、無意識に蜘蛛を出したあの時だけなのだ。自分では上手く誤魔化せていると思っている。


「忙しいなら今日は諦めるよ。じゃあね!」

「あ、うん」


 元気に手を振り去っていくアカリ。その笑顔はどこか確信を得たような、勝利の笑みにも見えた。



「これで全員揃ったな。少し早いが、時計台に向かおう」

「はい……」

「どうした? 元気がないな」

「いえ、別に」

「なんだ? 好きな子に振られたか?」

「そんなんじゃないです」

「そうか、すまん」


 僕たちは、お馴染みになった魔法の鍵で札幌の街へと足を踏み入れた。北海道の秋はとても寒い。思わず身震いしてしまうほどだ。


「はい、コレ」

「ありがとうございます」


 後ろからそっと渡されたのはマフラーだった。学校帰りのワイシャツ姿では寒過ぎると思ってくれたのだろう。


「あれ? 良いなあマフラー」

「良いなあって、今アイさんがくれたんじゃないですか」

「え」

「え」

「ん?」

「え……?」


 僕は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。3人の視線が一気に集まる。何かとても嫌な予感がする。


「私、渡してないよ?」

「でも……確かに女の人の手だったような」

「我々は君の後ろにいたが、マフラーを渡している者はいなかったぞ」

「何か変だな」


 いや、ほん怖かよ?!




 

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