2-6 箱庭庭園(5) - エレクトリック
割れたガラスはスローバックするように元に戻る。魔法の箒には小さなシカのぬいぐるみのようなものがおり、それがなんとかしているようだった。
妖精――認可された魔法少女の相棒だ。3分ルールに基づいて現場の修復などを行う他、魔法少女の活動全般をサポートする。今の場合だと、ガラスが降り注がないよう修復するのと、魔法の箒の操作を担当をしていた。「いつも勝手に飛び出すんデスから!」
魔法少女・シェリラギは現場を一望をした。散乱したテーブル、倒れている椅子、サメに喰われたと思しきフードコートの各種カウンター。
――その中心にいる怪人。
「一応訊く決まりになってるんだけどさ」とシェリラギは言う。「あんた、意思は残ってるのか?」
「グルル」
「残ってないみたいだな。もしくはそのフリをしてるかだけど、意識的にこういうことしているんじゃ、罪が重くなるぜ。ただ入院して治療しましたじゃ済まない。ちゃんと逮捕で拘留だ」
「ガアウ!」
「OK!」
怪人の威勢に感化されたように、シェリラギは声を張り上げる。
「性善説採用! あんたは無意識だと仮定する! 痛ぇかもしれないが覚悟しろよ!」
魔法少女が床を蹴った。
橙色の残光を曳きなから、あっという間に怪人に接敵する。
怪人は両腕のサメを振った。
一撃、二撃。
魔法少女はそれをひらりと躱して懐に入り込む。両手を怪人の胸元に当てた。
「エレクトリック・ショック!」
電光が迸る。怪人の巨体が跳ねた。わずかな間を埋めるように、怪人は魔法少女を抱き寄せんと腕を絞める。魔法少女の姿が消えた。いつの間にか腕の半径外に移動している。怪人はよろめいたが、踏ん張った。
「さすがに一撃じゃ物足りねぇもんな」
魔法少女は笑うように言い、とんとんとその場で軽くジャンプをする。
魔法少女が怪人の対処をする方法はいくつかある。処分か、浄化か。処分はよほどの場合でなければ許されておらず、無許可で実施すれば殺人罪が適応される。そのため、実際には浄化を狙うことになる。
怪人には必ず
いずれにしても、科学的には解明されていない機序だ。
彼女たちは自身の経験則と仮定の上で闘っている。
しかし、明らかなことが一つあった。
それは、コアは破壊してはならないというものだ。
コアの破壊は人格の荒廃を招く。
そのため、魔法少女には、致命的なダメージを与えずに、対象を無力化・浄化しなければならない。
対して、怪人にはその容赦はない。法的罰則を除けば、彼らに制限はなかった。
殺意の持てない者と、殺意を持てる者。
その点で、魔法少女にはハンデがある。
――命の賭け合いにもかかわらず、だ。
お互い人間のレベルを超えた身体を持つ。
必然的に戦闘は苛烈なものになる。
「おっしゃいくぞォ!」と気合いを入れて、魔法少女が駆け出す。
怪人に接敵。拳を繰り出した。右、左、また右。コンクリートの壁を砕くような一撃が当たるたび、衝撃波が成る。
怪人はよろける。
「グォ、オ――ガァ!」
煩わしい、とでも言いたげにサメの腕を薙いだ。
そこに、魔法少女はいない。
また距離を取った。怪人の身体に異変を感じたのだ。
「グァア」
怪人が、両手を構えた。サメの鼻先を魔法少女に向ける。
「――ガァ!」
サメが腕から射出された。まるでミサイルのように。
右、左。
猛スピードで、一直線に、魔法少女に向かう。
「防御できないデスからね!」と妖精が叫んだ。
いつの間にか聴谷の前にいる。
「分かってるよ――ディスチャージ!」
魔法少女の右足が金色に光る。エーテル発光。
サメが大きく顎を開け、噛み付かんとする刹那、魔法少女は雷光を纏った脚を高く振り抜く。
爆ぜるスパーク。
サメ型のミサイルは火花となって散る。
「ラァ!」
気合いの雄叫び。
「これでてめぇはメイン武器がなくなって――」
そこで魔法少女は絶句する。
怪人の背後からサメの群れが覗いていた。
魔法少女と怪人は力の根源を同一にする。魔法少女にできることは、原理的に怪人にも可能だ。魔法少女が変身の際にスーツを召喚するように、怪人も物質を召喚することができる。エーテル操作も同様。
今シェリラギを睨みつけているのは、エーテルで構成されたサメミサイルの群れだった。
「一撃じゃ、物足りない、だろ?」怪人は言う。にちゃと笑った。
「面白え」
魔法少女は地面に右手をつく。
「エーテル・バレル展開――」
頭上に稲妻型の槍が無数に展開されていく。
「征け、我が
「――リリース!」
稲妻の槍とサメミサイルが発射されるのが同時だった。生物的な機動を描くエーテルのサメに対して、稲妻の槍は幾何学的な機動を描く。サメは魔法少女に喰らいつかんと狙い、稲妻の槍はそれを阻止戦と迎撃する。
衝突の度、火花と鱗粉じみたエーテル光が散った。
辺りは砂煙のように見えなくなる。
双方にとって不利な視界状況――しかし、シェリラギは動きを止めなかった。
魔法少女はミサイルを掻い潜り、走り出している。
(いくら頑丈だって――)魔法少女は考える。(HPは減ってるはずだ)
彼女には、見えている――怪人が立ち尽くしたままであることが。
魔法少女の基礎スキル、エーテル勾配の視認。
こうもチャフだらけでは、その輪郭しか把握はできないが、位置は間違えない。
「そこだろ!」
電光を乗せた右拳が、怪人の胸を貫く。
はずだった。
「――は?」
確かに見えていたはずだった。奇襲のような形になったのだから、声を殺すべきだったのは承知している。しかし、そうしても外さない距離だったはずだ。
――直後、右足に激痛が走った。金属製のスーツを貫いて、深々と鋭利な歯が刺さっている。
「つぅ」
見下ろすと足にサメが噛み付いている。
ミサイルは全て躱したはずだ。
とすれば――
「てめぇ、潜れるのかよ」
「当たり前だ、サメだからな」
怪人は上半身だけ浮かんできて、魔法少女を掴んだ腕を振る。彼女はバーガーショップのカウンターに激突する。
「ぐぅ」
魔法少女の痴態を笑うように、怪人は尾ヒレだけを出して、その場をぐるぐると泳いだ。いや、単に泳いでいるわけではない。その速度は増していく。十分に加速した後、床から飛び出した。
「がんばって、シェリラギ!」
どこからか声がした。聴谷には先ほど自分が助けた少女だと分かる。
「あたぼうよ」
声援を力に変える少女――魔法少女は立ち上がった。
「――ドライブ、バースト」
全身が橙色に発光する。燃えるような色だった。
魔法少女めがけてダイブする怪人。
その肩から腹にかけて描かれていた模様が目を覚す。ゴムを伸ばすようにして、巨大なサメの頭部が突き出た。今その大きな顎が魔法少女を取り喰わんと開かれる。
「ここで喰われるわけにゃいかねぇのよ」
目に見えない速度だった。
打ち上げられる、左拳。
サメの顎が強制的に閉じられる。サメと怪人が目を白黒させた。
魔法少女は跳び上がっている。
利き足の左足だけで。
そのまま回し蹴りを叩き込んだ。
怪人の巨体が速度を得る。
散乱した椅子や割れたテーブルを飛び越えて、ガラスを突き破った。
「プランサー!」彼女は相棒の名前を呼ぶ。プランサーと呼ばれたシカのマスコットは、箒に命じて、魔法少女の元に飛んで行かせる。
「サメさんよう」
五階の高さ。箒に片手でぶら下がりながら、魔法少女は尋ねた。
「あんた、落下中も泳げるのかい」
「ガァア!」
怪人の腹のサメが再度口を開く。今度は喰らうためではなく、吐くためだった。
瓦礫や金属片――今まで喰らってきただろう、椅子やテーブル、カウンター、車の破片が魔法少女に向けて吐き出される。
「――わたしは、落下中も落ちることができる」
逆上がりの要領で、魔法少女はくるりと身を返す。
左脚を伸ばし、右脚は曲げる。
狙いは怪人。
「――ライトニング・ブレイク!」
背面のスラスターが火を噴いた。
一言で言えば、落雷だった。
怪人の吐き出した散弾が蒸発していく。魔法少女の左足が鼻面を捉えた。それでも速度は止まない。それどころかどんどん加速していく。スラスターの火は爆ぜんばかりだ。地面が近づく。しかし、シェリラギは止まらない。
地面を揺るがす音がした。
土煙の中から、魔法少女が歩み出てくる。それを待っていたかのように、割れた窓に近づいていた観衆が声援を上げる。シェリラギ、シェリラギ! とコールまで起こっていた。
クレーターの真ん中で、怪人は動かない。
魔法少女はヘルメットを外す。
橙色の髪に、青い瞳。
左腕を高く上げた。
「プランサー、後始末!」
「あらあら。いつもデスからいいデスけど」
聴谷の側から妖精がふわふわと飛んでいく。
怪人の周りにはブルーシートが貼られた。妖精が魔法で召喚したものだ。
沈静化に成功すれば、怪人は元の姿に戻る。
「――ナノちゃん!」と声がして、聴谷は我に帰った。
見れば、三川が駆け寄ってくるところだった。
「怪我してない?」
「大丈夫ですよ」
「良かった……」抱きしめてくる。「わたしがいれば、人混みに流されてなければ……」
「なんともなかったんだから、いいんですよ」
そんなことより、天津ミラの姿がなかった。
「探してもいないさ」と箒を杖代わりにシェリラギが言った。「囮としての仕事が終わったからな。幻影も消えるよ」
「幻影……?」
「あいつ言ってなかったの? まああいつらしいか。天津ミラのミラは鏡のミラーなんだぜ」
そういうことではなかった。
あれだけ知ったようなことを言っておいて、当の本人が実はいなかったということの方だ。納得いかなかった。他人にレッテルを貼るだけ貼っておいて、自分はトンズラだ。
わたしのことを何も知らないで、知ろうとしないで、消えた。
呪いもそのままに。
不条理だった。
「ふざけるな」と聴谷は思った。
恋せよ乙女とセカイは言った。(仮) 織倉未然 @OrikuraMizen
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