青海老ハルヤ

 ご飯が動き出したのは10月初めの夜だった。アルバイトのコンビニから賞味期限切れの唐揚げを頂戴し、それをおかずに米を食おうと久々に買ってきたのだった。この時期は新米が旨い。艶があり美しく、かつ攻撃的な甘味を含んでいる。噛めば噛むほど、とはよく言ったものだ。

 普段米を炊かない私は、鍋に水を張って米を炊く。洗ったとはいえそれでも出てくる濁りが米の艶を覆う。ちちちとガスコンロが泣く。炊飯器など貧乏学生には贅沢品である。米を洗った水は掃除に使えるので取っておく。きっとすぐ腐って使わない未来が見える。

 初めちょろちょろ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな。

 今どきこれを知っている人はどれほどいるのだろうか。そんな疑問が、味噌汁のために豆腐を切る私の頭を掠めた。所詮今のガキ共は炊飯器のボタンを押すことしか知らないのだ。ろくな大人にはならん。ガスコンロを中火にした。

 しかし20代そこそこの若造がガキなんて言い出すのも夜の末かもしれない。どうせ私もろくな人間にはなれないですよ。米の鍋の火を消した。味噌汁の方の鍋はまだ沸騰していない。

 味噌を冷蔵庫から取り出す。味噌だけは常備している。嘘だ。納豆も常備しているが、これは私の必需品だ。コンビニ弁当の日も味噌汁だけは作る。どんなに忙しくても味噌汁だけは飲む。もちろん味噌だけは腐らせたことがない。

 冷気が味噌から漏れて、揺れながら落ちていく様を見て目を背けた。鍋から泡が溢れだしている。慌ててガスを少なくする。

 味噌を溶かし、もう一度煮立てる。豆腐がぷかぷかと浮いている。ああいいなお前は。私もそうやってぷかぷか浮きたい。まあもうじき貴様も私の腹の中なのだ。

 味噌汁をよそり、ご飯をよそろうと蓋を取った。その時である。

 

「難しいこと考えすぎなんだよ! ボケッ! もっと楽しいこと考えろやこのクズが! ○ねっ!」

 

 突如米が動いたと思えば怒涛の勢いで説教されたのである。全部一斉に動き出した時の気持ち悪さと言ったら無い。そして同じことをちょっとズレて言うもんだから微妙に聞き取りずらい。

 しかし米はもう動かなくなっていた。私は米を口に入れた。旨い。

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青海老ハルヤ @ebichiri99

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