第7話 俺レベルになると、扱いも偶像とかと同列になる
これ以上小声で話すのもリスクが大きかったので、俺たちはスマホのメモアプリを使って筆談することにした。
『考えうる限りで最悪の組み合わせなんだけど』
『気が合うな。俺もそう思っていたところだ』
――バレた時のリスクの話だ。
男女で教卓の中に隠れるなんて状況になることはそうないが、それ故に「落としたチョークを探していた」などといった適当な口実で誤魔化しやすいのだ。
他にそんなことになる理由が見当たらないからな。
――しかしそれは、教卓の中に隠れていた生徒が周りから最低限の信頼を得ているという前提での話である。
『自慢じゃないが、俺たちに限っては確実にいかがわしいことをしていたと思われる』
『うん、本当に自慢じゃないね』
ある程度不名誉な勘違いをされることは許容している俺だが、今回ばかりはプライドが許さない。
ヤるならお上品におうちに呼んでから、というポリシーは俺にとって絶対なのだ。
うんうん唸っていると、二人の会話が聞こえてきた。
「昨日は通話繋いでまでミリブレの練習に付き合ってくれてありがとね」
「いや、木下はセンスあるから俺も教えてて楽しかったよ」
図らずも盗み聞きをすることになってしまった俺たちは、思わず顔を見合わせる。
「そっか、良かった! 見ての通りあんまり男の子と話さないから、実は退屈させてないか不安だったんだよね……はは、恥ずかしいなぁ」
「……確かに男子とつるんでるとこはそんな見ないな。あー、でも
「えっ、いや、郁くんとは何も……っ!」
「お、過剰な反応だなぁ? 図星?」
健介は冗談っぽい口調で、しかし桃花ちゃんを詰める。
一方で突然間男ポジションで会話に上がってしまった俺は、人知れず隣の少女に腕を思い切りつねられていた。
一切の容赦がない攻撃に呻き声が出そうになるのを必死にこらえる。
宮瀬は手を離すと、スマホのメモアプリに文字を打ち込み始めた。
『で、桃花ちゃんとしたことは?』
……桃花ちゃんの言動の真偽確認ですか。
さすが抜け目がありませんね、学園の女王様は。
『多分ない』
『……多分?』
『他の子と混ざって記憶が微妙……』
宮瀬はため息をついた。
「――ほ、本当になんにも無いってば!」
一方で桃花ちゃんは容疑を否認し続けている。
あまりにも必死なので、俺も何も無かったような気がしてきた。
いや、何も無かったよ、うん。
そうに決まってるさ。
「分かった分かった、信じるよ。まあ、郁は女子全員と仲良いしな……」
健介も同じ催眠術にかかってしまったのか、桃花ちゃんには無罪判決が下りる。
「うん。郁くんは恋愛対象と言うよりも……なんだろう、観賞用というか……」
「そんな感じなのか」
「詩織ちゃんや遥香ちゃんも彼氏じゃなくて推し、って言ってるの聞いたから、みんなそういう感覚なのかも?」
大人しめな桃花ちゃんとは異なり、詩織ちゃんと遥香ちゃんはクラスでも主張が強い方だ。
容姿も分かりやすく整っており、宮瀬さえ居なければ学校でも覇権を取れていただろうと思わせる。
まあ、詩織ちゃんに関しては桃花ちゃんが想像してるよりずっと逞しい考えをしてると思うがな。
なにせ影で俺とゴリゴリにヤッてその発言だ。
遥香ちゃんは、どうだっけな……。
「へぇ、まあ郁はドン引きレベルで見映えするもんなぁ。狙う気もしねぇのは俺でも分かるわ」
健介の言葉を聞き流しながら、遥香ちゃんが何回家に来たか必死で思い出していたら、宮瀬と目が合った。
なんとも言えない顔をしていたので、問いかけるように頭を傾ける。
宮瀬は少し躊躇う素振りを見せながらもメモアプリを開いた。
『観賞用って言われるのが分かってるから、軽薄に振舞ったりしてるの?』
ああ、なるほど。
俺が誰にも本当の恋愛感情を向けて貰えないことに気づいたか。
軽薄に振舞っているのは残念ながら元からだが、続けていくうちにそこに恋人を作ることに対する諦念が混ざってきているのは否定できない。
――まあ、だからと言って肯定する意味もない。
『いや? 関係ないよ』
俺は安心させるように、にっと笑いかけた。
宮瀬はあまり信じていなさそうな顔をした。
『――さて。我らが女王様に心配してもらえて、男としてこれ以上の喜びは無い訳だが』
心情を気取られた宮瀬ははっとしたような顔をする。
『そんなんじゃ……』
『……いや、そろそろこの状況をどうにかした方が良くないか?』
一刻を争う事態にあることを思い出させる俺の指摘に、宮瀬も話を切り上げる気になったらしい。
そんなことを言ったって何か策はあるのか、と問うように頭を傾けた。
俺は自信満々にニヤリと笑ってみせる。
『俺が今から健介に電話をかける。そしたら健介は電話を持って教室の窓側に移動し、窓の外を見ながら話そうとするはずだ。他人の目の前で電話するのは心理的なハードルが高いからな。でもって急に手持ち無沙汰になる桃花ちゃんは必ず一瞬健介の方に目を向ける。その一瞬の間に俺たちは教卓の外に出て教室の入口まで行き、ちょうど図書室あたりから帰ってきたフリをすれば良い』
世にもガバガバな作戦を聞いた宮瀬は顔を引き攣らせた。
『桃花ちゃんがこっちから目を話した瞬間はどうやって確認するの? 教卓の中からじゃ外の様子は分からないけど』
『勘?』
『……』
他に方法がある訳でもないと分かっている聡明な少女は、観念するように深いため息をついた。
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