第22話 暗黒騎士と聖女
「ッラァ!!」
竜を始動させ、王都への侵攻を開始。
それを止めるために走り出そうとするリンドヴルムの前にハジメが立ちふさがる。
気迫と共に繰り出される横薙ぎの剣を地面を滑るように避けるリン。
すかさず繰り出される返しの刃、袈裟、上段、縦横無尽に振られる剣の軌跡の尽くを彼女は時に避け、受け流していく。
何度目かの攻防の中で、ハジメはその技量に舌を巻いていた。
――まさかここまでやれるとはな……甘く見すぎた。
リンドヴルムの戦闘能力が高いということは良く知っていたが、騎士である自分の剣撃を前に一切怯む事無く防いで見せるのは想定外だった。
「こっんの!? こっちの手元狙うんじゃねえよ!? 意外と性格悪いなこの野郎!」
しかも、魔石を入れ替えて畳み掛けようとすると隙を突いて魔法を差し込んでくる。
その魔法に手傷を負うほどの威力はないが、氷や炎、様々な属性で魔石の装填が出来なくなるためハジメも回避するしかない。
彼女を殺す事が目的ではない為ハジメも手加減をしている。
しているが、本気で倒そうと攻撃しているのにここまで食い下がられると一人の魔族としては悔しいやら嬉しいやら。
しかし、口では文句を言いながらもハジメに焦りはなかった。
段々と削れていく装甲とドレス。滝のような汗を流し呼吸を乱しているリンドヴルムの姿は体力の消耗を確信させる。
「なあ、俺を止めると言っていたがどうした? 俺ばっかりに気を取られていれば竜が止まんないぞー」
わざと煽るように言うハジメだが、リンドヴルムの表情は変わらない。
――演技って線もあるが、痩せ我慢と見ていいだろうな。
真っ向から挑んで来た以上何か策があると見て間違いはない。
だが、どれほどの策があったとしてもそれを破る自信が彼にはあったし、何よりこうして彼女に策を発動する隙を与えなければ関係ないのだ。
そして、そうしている間にも竜は王都に向けて進んでいく。
どうやったってリンドヴルムは詰んでいる。
竜が居なくても自分で手を下すという選択肢がある以上、何をされても自分が勝つ。
確信と共に放たれた右脚が彼女の腹部に突き刺さる。
防御が間に合わず蹴り飛ばされるリンドヴルム。何度も地面を転がり、蹲りながらもすぐに立ち上がろうとする彼女を見下ろしてハジメは言う。
「そもそも、竜を王都に送るか俺が行くか、どちらを取っても勝利の俺と違い、俺と竜の両方を止めないと勝てないお前じゃ話にならねーよ。お前の気持ちは察する所もあるが、世の中気持ちだけじゃどうしようもないこともある」
王都はもう竜の眼と鼻の先。ここからどう逆転するというのか。
ゆっくりと立ち上がるリンドヴルムの目は死んでいないが、彼女一人ではどうしようもない。
ハジメが手を挙げて竜に指示を送る。
命令の内容は攻撃せよ。その一言で竜は全身を持ち上げて大きく息を吸うように上体を仰け反らせた。
「よくやったと思うが――」
「ハジメ」
立ち上がる竜から視線を戻せば、そこにはふらつきながらも立つリンドヴルム。
彼女の気力に燃える瞳に射抜かれ、ハジメは眉をひそめた。
――もう終わりだったのに、なんで諦めない。
彼女の心が折れない理由を探ろうと口を開けた瞬間、強烈な光が王都から放たれた。
「なぁっ!? なんだっ!?」
弾かれたように背中から倒れる竜を見てハジメは声を上げる。
突如として王都全体から上空へ向けて放たれた光はゆっくりとその形を球体へと変形させていく。
「全力で、とは言っていましたがやはり舐めてましたね」
「なめ、いや……確かに甘く見ていたのは認める。けどあのくらいの」
魔法でどうにかなるほど、と続けようとしたハジメだったが、光に込められた魔力量に気づいて口を閉じた。
一秒経つ毎にどんどんと強くなっていく光は、まるで王都上空に太陽が現れたような光景だった。
「国王ホモノン・メウシーカ・エーゲモード、聖女リンドヴルム・ウル・ドラコメインの名の下に、術式の起動を許可します」
「王都自体を魔法陣にした大規模魔法か!?」
「これは民を護る戦いであることを誓う。これは正義の戦いであることを誓う。これは、生命を奪うための行使ではないことを誓う」
どんどん膨れ上がる光球の魔力と両手を前に翳して詠唱を始めたリンドヴルムを見て、ハジメはあの光が竜を倒すだけの威力を持っていると判断。
魔石の前で手を振り必殺技を起動する。
「これは、守護の戦いであることを誓う」
『暗黒必殺!』
爆発的に増加した魔力が黒いオーラとなって剣を覆い、ハジメがその魔法名を叫んだ。
「暗ッ黒重波斬!!」
大上段から振り下ろされる暗黒の魔力を纏った必殺の一撃。
ハジメが最も愛用し、信頼している必殺技はしかし、リンドヴルムの前に発生した光の壁に呆気なく受け止められる。
「んっのやろっ!!」
「王民一体となり御身に捧げん」
力で押し込めないと見るや必殺技の力をそのまま防御に使用。
ハジメが剣を盾にするように構え、時を同じにしてリンドヴルムの詠唱が終わる。
「発動せよ。
魔法名の宣言と共に地面が揺れ、次の瞬間世界が白く染まった。
来る! そう思ったときには障壁が割れていた。
「ぐ……お、ぉお、おおおっ!?」
拮抗することすら許されない魔力の濁流がハジメの身体を呑み込んだ。
防御なんて意味を持たない暴力的な力に呑み込まれ、全身を殴打し、捩じ切ろうとする力に打ち据えられて自分が立っているのかすら分からなくなる。
――や、ば――に、げ――
「ぐわぁあああ!?」
ハジメの身体が大爆発を起こし、その爆発するも白に呑み込まれる。
ハジメが爆発して一分ほど時が過ぎ、リンドヴルムは術を解除した。
王都の光は収まり、竜もハジメも最初から居なかったように痕跡一つ残らず消え去った草原に穏やかな風が吹き、リンドヴルムの頬を撫でる。
全身の熱を吐き出すように大きく息を吐いたリンドヴルムは、地面が不自然に焼け焦げているのを見つけた。
しゃがんで手を伸ばしてみると、仄かな熱とハジメの魔力を感じて彼が離脱したことを悟る。
そのまま愛おしそうに何度も地面を撫でていたリンドヴルムは、すっくと立ち上がると両手をあげて、んーっ、と大きく伸びを一つ。
これからするべきことを頭の中で組み立てながら、彼女は茜色を残して消えた太陽に向かって叫んだ。
「頑張るぞー!!」
※
「っああ!? ぃぃだあああっ!?!?」
飛び起きたハジメは全身を駆けずり回る痛みに力が抜けて床に倒れ込んでしまう。
身体の内側を虫が這っているような不快感と痛み、そして魔力切れによる目眩と頭痛。
激痛で溢れる涙を瞼を閉じて全て流したハジメは、なんとか首を回して自分のいる場所を確認する。
最近新調したベッドに、椅子が二つ並んだ机。
家に転移したのだと知った時、ハジメの全身から力が抜け落ちて、はぁあぁぁ、と風船が萎んでいくような長く大きなため息を吐いた。
「緊急術式、発動したかぁ」
緊急術式とは、魔王軍で採用されている魔法の一つだ。
術者の生命を脅かす何かが起こった場合、自動で大爆発を起こして脅威を遠ざけ設定された場所に転移するもの。
今回の場合、リンドヴルムの放った魔法がハジメの防御を貫き死亡させる可能性が高かったため発動したのだろう。
これが発動するということは、自分は死んでいた、と言う事だ。
「負けた、かぁ」
しみじみと呟くハジメ。
この場所に来て初めての敗北は、彼の胸に悔しさよりも喜びをもたらしていた。
燃え尽きたように何もやる気が湧かず、特に目的もなくダラダラと惰眠を貪るだけの日々。
それがリンドヴルムを拾ったことで変わり、そして今回の敗北をもって「ここに住む人はハジメが侮るほど弱くも愚かでもない」ということを教えてくれた。
リンドヴルムが自分の手を振り払ってくれたのも、彼に新しい目標を与えてくれる福音だった。
「あーあ、嬉しいけど悔しいなぁ……やっぱもっと一緒に居たかったなぁ……」
そんなことを未練がましく呟いてしまうが、今回の一件があったからこそお互いの思いを伝えられたんだろうと考えられた。
「……あー、動きたくねーだるーい、しんどーい……でも、報告にいかないとなぁ……」
ハジリマ村から旅立ってそこまで時間は掛かっていない。
しかし、緊急術式が起動して何日経ったか分からないため、ハジリマ村への報告は早くしたほうが良いだろう。
ハジメは片手を動かして倉庫の中身を漁り、濃い緑色をした液体の入った瓶を取り出すと蓋を開けて顔に被るように仰向けのまま瓶を煽る。
酷く酸っぱい臭いとドロっとした不愉快な舌触りと苦味が彼の口内から溢れ出し、この世の終わりのような味に嗚咽しそうになるのを必死に抑えて瓶の中身を全て飲み干す。
「うゔぉえぇ……あ゛ー、もうヤダ二度と飲まねーぞこんなん糞が誰だこんなの作ったやつ死ね!」
八つ当たり気味に瓶を投げ捨てたハジメは、身体中に漲ってくる力と魔力に気持ちを入れ替えて立ち上がった。
立ち上がった彼は「瓶にはなんの罪もないからな」などとブツブツ口にしながら壁にあたって転がった瓶を拾って机の上に置くと、同じように床に落ちていた剣を拾って玄関へと向かう。
リンドヴルムは戻らず、首謀者の首を取ることは叶わなかった。だが、ホモノン王の話を信じるならば今頃首謀者を含めた敵は全員処罰を受けていることだろう。
そうなら自分が今からすることは、ハジリマ村にリンドヴルムの事や首謀者の事をしっかり報告することだ。
力強く玄関の扉を開けたハジメは、これからすること、したいことを思い浮かべながら、自分を照らす太陽に向かって一歩踏み出した。
「よっし、頑張るぞぉおおおおっ!!」
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