第19話 聖女と王子と貴族と――
決意の言葉を言うや否や牢獄を飛び出していったアンフィを見送って一日が経過し、リンドヴルムは鎖で繋がれ処刑場へと誘導されていた。
処刑の場所は、離宮。王宮から隔離された場所がリンドヴルムの最後を飾る場所であった。
暗い表情をして重りの重さに足を取られそうになりながら歩くリンドヴルムだったが、彼女の頭の中を埋めているのはアンフィへの心配だった。
――大丈夫かな。あの子には横の繋がりとかない筈だし、無茶をしなければいいんだけど……。
自分のことを助けると息巻いていたアンフィの気持ちは嬉しいが、助けることは不可能だろうというのがリンドヴルムの正直な気持ちだった。
いくら聖女と言っても、ホモノン王のように手を貸してくれる人がいない今、アンフィに手を差し伸べる人は居ないだろう。
仮に居たとしても、敵対するのがフェイグだと知れば逃げてしまうはずだ。
フェイグに取り入ろうとする有力貴族も多く居たし、今回の一件でそういう家がフェイグを支援しているのだとすれば手を差し伸べる人が出てくる可能性は更に低くなる。
今、彼女が何をしているのかは分からないが、処刑の場に乗り込んでくる、みたいな無茶はしないでほしい。
「ようやく現れたか裏切り者め」
――でも、やっちゃったなぁ。
と、昨日の自分を思い出してそんなことを心の中で呟くリンドヴルム。
妹の前で錯乱するなんて、姉として一生の不覚。今まで良き聖女、良き姉として頑張ってきたが、これでアンフィからの評価が下がってないといいのだが。
そうやって思考の海に沈んでいるリンドヴルムの頬に痛みが走り、視界が左右に揺れる。
「なんとか言ったらどうだ!!」
「……お久しぶりです、フェイグ様。あいも変わらず手がお早いですね」
リンドヴルムが顔を前に向けると、そこにはよく見慣れた顔があった。
艶のある黄金を思わせる濃い金色の毛髪、見目麗しいと評される均等に配置された目鼻立ち。令嬢たちから理想の王子様と評されるその男――フェイグは怒りからか目を吊り上げて王子様フェイスを台無しにしていた。
「――そういうお前の減らず口も相変わらずだな売女め!!」
「……処刑を楽しみにしているのに頬を二度打つとは、余程興奮しておられるのですね。その調子では私の処刑の前に倒れてしまうのではないですか? お身体があまり強くないのですから無理はしないでください」
「――ッッ!!」
「ですから興奮なさらないでください。私はこうして拘束された身。皆様が見ている前でそんなに顔を赤くしていては王として示しがつきませんよ」
頬を殴ったのに表情一つ変えることなく言い返され、首まで真っ赤にしたフェイグが胸倉を掴んでリンドヴルムを睨みつける。
しかし、どれだけ間近で睨みつけても全く響く様子のないリンドヴルムを見て荒い息を吐きながら当てつけのようにリンドヴルムの身体を押すフェイグだったが、リンドヴルムの身体が揺らぐことはなく、むしろ自分が反動でフラフラと下がってしまう。
自分のほうが押し負けたという事実に腕の先まで真っ赤にするフェイグ。
彼は鼻を鳴らして大袈裟な動作で振り返って処刑台から繋がる高台に置かれた玉座を模した椅子に座る。
そして、足を組んで身体を反らすとリンドヴルムを見下ろした。
そうしてフェイグと距離が離れたことで余裕が生まれ、リンドヴルムは自分の周りを観察し始めた。
「魔女だ! 殺せ!」
「早く処刑して!!」
処刑台の上に立つ自分を取り囲んで見上げる人、人、人。皆頬を上気させてギラギラと目を光らせていた。
取り囲む人は男女様々だが、共通して髭も生え揃わない若者ばかり。
自分を見上げて熱狂する人々を横目にしつつ、リンドヴルムは自分が立つ処刑台と目の前にある装置を見る。
素足に立つザラザラとした木材で組まれた処刑台は今にも壊れそうだし、フェイグが座る椅子といい、いかにも急ごしらえと言った粗末なもの。
そんな処刑台の中心においてある半円に3つくり抜かれた板は両腕と首を固定するものだろう。
ギロチンはないので、焼くか首を落とすか、それとも絞首刑か。
――まあ、なんでもいいか。
抵抗すればアンフィや自分がお世話になってきた人たちに迷惑がかかる。それに、枷をされている以上魔法は使えないし、これだけの人を押しのけて逃げるのは不可能だ。
「処刑人を呼べ! 今すぐ首を落とす!」
フェイグの一声で騎士たちによって装置に固定されるリンドヴルム。
そうして木の板が嵌められて完全に両手と首が固定されたとき、リンドヴルムの頭上で言葉が交わされていた。
「ん? 貴様、本当に処刑人か。確か処刑人はもっと太っていたはずだが」
「へぇ、ついさっき先輩が腹痛で倒れちまいまして。代わりに新入りの俺がやることになったんですわ。このとーり、処刑人の証明である覆面もしていますからはい」
「怪しいな……おい、なんだそれは」
「なんだって、剣ですよ剣。おらぁ斧の扱いが下手っぴで、この剣じゃないと首を上手く落とせないんですよ」
「本当に変な奴だな。まあいい。下賤な民が何をしたところで変わらん。さっさと首を落とせ」
「へい、わかりやした」
騎士たちが舞台を降り、舞台の上にはリンドヴルムと処刑人だけになる。
すぐに首が落とされる、そう思っていたのに顔の横に立つ処刑人が動く様子はない。
不思議に思ったリンドヴルムが顔を少し動かして処刑人の様子を伺おうとする。
「……リンドヴルム・ウル・ドラコメイン。貴様に後悔はあるか?」
突然の問いかけに目を瞬かせてしまうリンドヴルム。
「おい、何を話している! さっさと首を落とせ!」
「……処刑とは、その者の最後を看取るということです。どのような悪人であれ、最後の言葉くらい聞かねば哀れというもの。どうかご理解ください」
「俺の言うことが聞けないというのか処刑人風情がッ!!」
「処刑人だからです。命を奪うからこそ、我々はその者の命を背負わねばなりません」
「減らず口を……っ」
「処刑人は大人しく処刑してればいいんだよ!!」
「外野は黙ってろッ!! これは処刑人としての誇りの話だ!!」
処刑人とフェイグが言い合いをする傍らで、リンドヴルムはこれまでの人生を振り返っていた。
細かい後悔は確かにあるが、大体満足の行く人生だったように思う。
両親にもフェイグにも思うところはあるが、良い人に巡り会え、自分の死に対して悲しんでくれる人がいる。
自分みたいな化け物には上出来じゃないか、そんな風に考えていたリンドヴルムだったが、一つ大きな心残りがあることに気がついた。
「……あっ」
「自分で殺そうとしねぇ奴が文句言ってんじゃねェ!! っと、何かあったのか?」
周囲の貴族も巻き込んで言い争っていた処刑人に促され、リンドヴルムは森で別れたハジメの背中を思い出した。
「彼、どうしてるのかなって。一週間前からやけによそよそしくて、迷惑かけたのかなとか、やっぱり私なんて拾って迷惑だったよね、とか、誤りたかったんですけど死んじゃったら出来ませんよね」
「あー」
「処刑人さん、私の処刑が終わったら魔の森に行ってハジメ・クオリモって人に会ってくれますか?」
遺言を伝えてほしい。リンドヴルムが処刑人に言うと、処刑人は黙り込んだ。
「さっさと殺せ!」
「そうよ殺しなさい!!」
二人の沈黙を熱狂する人々の声と周囲から迫る騎士たちの足音が切り裂く、
『魔石装填!』
「武装形態ッ!」
『暗黒外装!!』
と、リンドヴルムの視界が黒く塗りつぶされ何かにしっかりと抱き留められた。
その感触と力強さを彼女は良く知っている。
『大いなる力、守るべき者のために。我が力は共に立つ者の為に!』
威圧感と恐怖心を与える兜、凶暴性と防御力を見せつけるような刺々しい鎧。
リンドヴルムが思い描いていたハジメ・クオリモの姿がそこにあった。
「は、じめ?」
夢でも見ているのだろうか? 信じられないようなリンドヴルムの呟きにハジメはしっかりと頷き、拘束が破壊され力が抜けた彼女を床に座らせた。
突然現れた武装した男に騒がしかった人々の動きが止まり、静まり返った空間に金属音と共にハジメの声が響き渡った。
「ごめんなさいッ!!」
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