第11話 魔の手
「えっ、リンド姉様が生きてる!?」
「……アンフィ様、静かに」
「あっ」
その日、アンフィの元に吉報が届いた。
アンフィの昔からの馴染みであるドレス職人のルイから姉に関する話があったのだ。
「どういうこと?」
「本当は顧客のことは秘密なんだけどね……。少し前に、大量の金品を持ち込んできた商人の男がいてね。そいつに言われたのさ『リンドヴルム・ウル・ドラコメインの服を仕立てていたのはこちらか』とね」
「姉様の……」
「ああ。内密ということで怪しかったが、男の説明する容姿が私もよく知るリンドと一致しているし、持ってきた金品は本物だった。信じられない話も聞いたけどね」
「信じられない話?」
誰も入れないルイの工房の中で、アンフィの対面に座った紫色の髪をした痩せぎすの老婆、ルイが神妙な口ぶりで語りだす。
「男はね、リンドが魔族に匿われていると言ったのさ」
「魔族に!? 嘘っ!」
「私もそう思ったさね。でもね、それにしても男の説明は腑に落ちるところがあったのさ」
「腑に落ちるところ?」
「ああ。話によると、リンドは魔の森で何者かに襲われて死にかけていたらしい。そしてそれを森で暮らす魔族に助けられた、と」
「魔の森に住む魔族……ねえ、その魔族ってもしかして真っ黒い鎧を着てる?」
アンフィの脳裏に過るのは、先日浄化のお役目で出会った魔族のことだ。
リンドヴルムの結界術を施した布を持った魔族。もしかして、あの魔族が話に出てきた魔族なのではないか。
「もしかして会ったのかい!?」
「うん。とても強かったわ。でもなんか変な感じだった」
自分を攫ったのに何故か結界術を使ったこと。何故か、リンドヴルムの結界術の記された布を持っていたこと。
あの日魔の森で会った魔族のことを話しながら、アンフィは魔族から受け取った布をルイに見せる。
「これ、リンド姉様の結界術よね?」
「見せてみな……ああ、この魔法陣は確かにあの娘のものだ。私の家に置いてあるのも同じ形をしてる」
「そうよね! じゃあやっぱりリンド姉様は生きているのだわ!!」
「やっぱりって、前から知ってたのかい?」
ルイに問われ、アンフィは得意げに胸を張っていう。
近頃、魔の森にお役目で赴く際に立ち寄った村にリンの結界術が張られているのを見つけていた。
魔の森の瘴気も深い位置のものは全く無く、浅い位置にあるものも殆どが軽度のものばかり。また、それの一部にはリンの使用していた瘴気を抑えるための術が施されていたのだ。
それに気づいたアンフィは、お付きの騎士であるバルトと一緒にこっそり調査をしていたのである。
「確信はなかったけど、今の話を聞いて確信したわ。リンド姉様は生きている!」
「でも、なんか変じゃないかい?」
変、と言われて可愛らしく首を傾げるアンフィを嗜めるようにルイが言う。
「話を聞く限りだと、その魔族は我が国の聖女を保護しただけじゃなくて瘴気を払ったり村を守る手伝いをしてるってことだろう? 魔族は破壊と混乱を齎す存在。そう簡単に信じられるのかい」
「それは……」
「まあ、それは一月後には分かる話さ」
よっこらせ、と立ち上がったルイが部屋の中央に置かれた二つのマネキンをアンフィの前に持ってくる。
二つのマネキンにはそれぞれ、ドレスとパンツスタイルの服が着せられていた。
「綺麗! これ、もしかして姉様の?」
「ああ。動きやすい服ってことだったけど、どうせなら一張羅も作ってやろうと思ってね。ほら、あの娘のドレスなんて昔のを切り詰めてたろう?」
ルイの言葉にアンフィはリンドヴルムのことを思い出す。
リンドヴルムは贅沢を言わない、いや、言えない姉だった。
両親から化け物と呼ばれ意図的に妹や弟と距離を離され、離れに一人で暮らしていた姉。
自分や弟たちのような綺麗なものではなく、見窄らしいボロの古着ばかりを着ていた姉。
強くて美しい姉がようやく綺麗な服を着られる。その事が嬉しくて、アンフィは身を乗り出した。
「それじゃあ、私は姉様のためにアクセサリーを用意するわ!」
「はいはい、でも納品日には間に合わせてね?」
「うん! あ、そうだ。リンド姉様が生きていることバルトにも教えてあげてもいいかしら?」
「バルト? ああ、ファイファー家の。構わないけど、他の人にはくれぐれも内緒よ?」
「分かってる、お父様やお母様には一切言わないわ。バルトにも秘密の場所で伝えるつもりだし」
それじゃあ行ってくる! そう言うや否や工房を飛び出したアンフィを見送り、ルイはドレスを着た人形に近づき作業を始める。
ドレスの糸に商人から渡された宝石を編み込みながら、ルイはアンフィたちを取り巻く状況を思い返す。
ドラコメイン家の態度。婚約者とリンとの確執とリンの突然の失踪。森で襲われたナニカ。キーワードを当てはめていくと、ベルには一つの嫌な想像が浮かび上がる。
「何も起きないといいんだけどね……」
直接手助けができない自分に腹を立てつつも、せめて自分にできることをとルイはドレスに全神経を集中させるのであった。
※
「なに? アレの居場所がわかった?」
「はっ。聖女様に取り付けた魔具では、魔の森に住む魔族に保護されているとか。また、こちらは部下の報告ですが、最近魔の森近辺の村にリンドヴルム・ウル・ドラコメインと類似した特徴の女性が出入りしているとの情報もあります。黒い鎧を身に纏った男と一緒にいたという話もありますし、恐らくは保護した魔族と活動を共にしているとみて間違いないかと」
「魔族、か……」
自室で跪いた部下の報告を聞き、フェイグは口元を手で覆った。
物を考える際の彼の癖というのもあるが、何より口元を隠さなければ吊り上がる頬を抑えきれないという理由もあった。
憎いアレが魔族と一緒にいる。これほどの好条件はありえない。アレを排除するのには最も適した状況と言えるだろう。
自分の明るい未来の予感に身震いしつつ、しかしフェイグはすぐに冷静に頭を回す。
一番の懸念材料は魔族とアレの反抗。ならばどうするべきか。
「急ぎ兵を編成し魔の森へ進軍せよ」
「はっ、いえ、陛下。しかしそれは……」
「魔女と魔族が手を組み我が国を貶めようとしている。国家転覆を企てる逆賊は早急に討伐せねばならん」
大義名分は出来上がったが、問題はアレの人望だ。
自分が実権を握って尚、旧聖女派とも言うべきアレを信奉する者は多い。
騎士団内部にも多いそれらに下手なことを言えば面倒事は免れないだろう。
「ティキト卿とコーザ卿を呼べ。彼らに指揮をとらせる。それと……」
フェイグは良いことを思いついた、と肩を震わせながら言う。
「魔族は殺していいが、アレは捕まえろ。懲罰部隊を編成し、ナニをしてでもアレを捕まえて連れてこい」
「はっ、はっ!? お言葉ですが陛下、栄えあるエーゲモード騎士団に――ガッ!?」
「誰が口答えしていいと言った? ん?」
反射的に顔を上げて反論しようとした騎士の顔面を蹴り飛ばし、騎士の頭上にしゃがむんで髪の毛を掴んで持ち上げながらフェイグは言う。
「大人しく言うことを聞いておけよ? よーく聞いている内は、な?」
「はっ、はっ! 申し訳ございませんでした! 急ぎ伝達します!!」
駆け足で部屋を出ていく騎士をよそ目に、フェイグは喜びに打ち震えながら叫びそうになる自分を抑え込んでいた。
ようやく、ようやくだ! ようやくあの魔女から開放される!!
魔族という存在が唯一の問題点だが、そんなものは問題ではないとフェイグは心配している自分を追い払った。
――なにが魔族だ。最後に魔族が確認されてから何代王が変わった。今の我が国が負けるはずがない。
魔族が現れたというのは、子供の寝物語になってしまうほど昔の話だ。
エーゲモード王国は発展し魔法技術や騎士団の練度も大昔とは段違いに高い。
周辺国家と比較して、経済力軍事力共に一位、二位を争う大国。それが現在のエーゲモード王国。
そんな我が国が高々魔族一匹に負けるわけもない。
それに、厄介なアレについては村民あたりを人質にとってしまえばすぐに言うことを聞くだろう。
アレはアレで品行方正でお人好しだからな。
「ようやく、ようやくだ!! ようやく……ッ!!」
未来を思って股間を膨らませながら、フェイグは喜びで笑いが止まらないのであった。
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