第9話 どこにでもいる騎士たちとの話

 リンの休暇から数日が経ち、穏やかな日々が続いていた。


 魔法での会話はあれ以降ほとんどなく、いつものように言葉が分からからないなりの交流が続いていた。


 ただ、そんな日々にも細かい変化はある。


「おぁよーございやす」

「!?」


 朝顔を合わせたら変な挨拶が、


「ぅいしいです」

「!?!?!?」


 食事中に変な美味しいという言葉が。


 どうやら、ハジメの言葉からその場に合った単語を抜き取って使っているらしい。


 言葉は変だが、意味が伝わる程度にはこちらの言葉の意味を理解しているリンに少しだけ恐ろしいものを感じながら、ハジメはどうしようかと頭を悩ませていた。


 彼女がこちらの言葉を話せるようになれば、会話もできるようになってきっと今よりもっと楽な生活ができるようになるだろう。


 だが、それと同時に一つ恐ろしい現実を想像してしまう。


 それは、まともに会話ができるようになったときに自分が彼女を手放せるか? ということだ。


 日に日に回復しつつあるリンとの生活は、役割分担もあってとても快適だ。


 なによりも家に待ち人がいるという生活は嬉しいもので、ダラダラと目的なく生きるだけだった自分にある程度張りを持たせてくれている。


――でも、それは俺の勝手。彼女にだって生きるべき場所があるはずだ。でももし、


「あーっ!!」


 思考が堂々巡りになりそうになり、叫んで吹き飛ばすハジメ。


 鎧を身に纏った彼は、一人で森の中を歩いていた。


 軍駒で遊ぶというリンに軍駒を渡し、ハジメは彼女の代わりに森の中にある瘴気を払っているのである。


「……よし、いい調子だ。そろそろ竜も魔力が貯まるんじゃないか?」


 払う、と言ってもリンのように浄化するのではなく、ハジメの場合は消費した魔石に瘴気を吸わせていた。


 魔石の種類によって吸収量も吸収にかかる時間も異なるが、瘴気を無くすことには成功している。


 しかし、そうして魔石に瘴気を吸わせているとどうしてもリンの浄化との差を実感してしまう。


「……魔石の種類を変えても濃い場所で十分、そうでないところで五分かぁ。そんなに充填できないし、効率悪いな。それにやっぱ再発率がなぁ……」


 魔石による吸収とリンの払い方にどんな差があるのか分からないが、ハジメのように瘴気を吸収しただけの場所は一日二日ほどで再び瘴気が発生するのだ。


 腕を組んで頭を悩ませながら、ハジメは森の深部から入り口へ向けて足を運ぶ。


 森の浅い場所はリンが結界などを複数設置していることもあって瘴気の発生率は少なく、発生しても深部ほど濃いものはない。


 だが、リンの代わりに出てきたのだ。中途半端なことはしたくなかった。


「……あ? 誰か居る?」


 結界の損傷具合を確認しながら移動していたハジメが足を止めた。


 彼の視線の先には瘴気が発生しているのだが、何か様子がおかしい。


 瘴気の地に慎重に近づいていくと、何かがぶつかる音や微かな声が聞こえてきた。


「sottiniittazo!!」

「zinnkeiwokuzusuna!! mikosamawoomamorisiro!!」


 そこでは、複数の鎧を着た戦士たちが狼のような異形を相手に戦っていた。


 胸元に紋章のようなものが取り付けられた、同じような鎧を身に纏った集団。


 恐らくはこの世界の軍隊か戦士団と言ったところか。


 木の上に登って観察していると、その集団が一人の人物を中心に戦っていることが分かる。


――なんか似てるな。


 集団の中心には、ぶるぶると震えるドレス姿の少女がいた。


 身体に張り付くような黄色い生地と金属や宝石があしらわれたドレス。


 ふわふわした蜂蜜のような濃い金髪に碧い瞳。恐怖で強張っているが顔立ちは整っており、きっと可愛らしい少女なのだということを伺わせる。


――なんか、リンを幼くした感じだな。


 リンから色気や大人っぽい雰囲気を抜けば、丁度こんな感じになるだろう。


 そんなリン似の少女は集団にとって大切な人らしい。


 必死で異形に抵抗する集団を眺めながら、ハジメは自分との戦力差を考える。


――練度はそこまで高くないな。魔法無しで殺し切れる。……魔法を使ってる様子はなしってことは魔法剣士や魔法使いはいないか。……おっ。


 と、そんな集団の中に目を引く人を見つけた。


「osikomeeeee!!」


 雄叫びとともに複数人で大きめの異形を押し返し、先陣を切って斬りかかる青年だ。


 長剣に鎧と装備は他の戦士とほぼ同じだが、背中から伸びる外套の色や首元のフサフサした装飾が他の戦士より上位の戦士であることを伺わせる。


 ハジメの見立て通り、焦げ茶色の髪をした青年は誰よりも戦場を駆け抜け、仲間を助けながら立ち回っていた。


――いいな、やり甲斐がありそうだ。鍛えたら結構イケそうだし、家に引き込んだりできねーかな。魔王軍はいつでも優秀な人材募集中だぞー。おっそこ、いけいけ! 隙だらけだぞ!!


 青年の戦いは圧倒的強者のそれとは違うが、仲間を鼓舞して先陣を切る姿は共に戦場を駆けた魔王と似たものがあって。


 殺されそうな戦士を少威力の魔力弾で助けながら、ハジメは青年を応援する。


 ハジメが集団を見つけて十分ほど経過し、ついに青年が最後の異形の首を切り裂いた。


「「「うおおおおおおお!!」」」


 勝利の喜びに雄叫びをあげる戦士たちに拍手を送りながら、ハジメも木から降りて本来の仕事へと戻ろうとした。


 が、その瞬間ハジメの足元が消えた。


「――っぶねぇっ!? 魔法ちげぇ当てか!?」


 空中で姿勢を制御してドウッと倒れる木の幹を避け、ハジメは状況を把握しようと周囲を探る。


 袈裟斬りにされた木の幹。これがハジメの足場が消えた原因だ。


 魔力の残滓がないことから、魔法による攻撃ではない何かと仮定してハジメの脳は過去の戦いの記憶を思い返す。


 過去の記憶を呼び覚ましながら、ハジメは魔具を背中から抜くと集団へと意識を向ける。


 集団の多くは状況が理解できていないようで、武器を下ろしたままぽかんと口を開けてハジメの方を見ていた。


 だが、たった一人。ハジメに向かって走ってくる人影がある。


「mazokume!!」

「活きが良いなっ!」


 焦げ茶色の髪をした青年だ。


 真正面から切り込んできた青年の一撃を魔具の腹で受け止める。


 甲高い金属音。受け止めた、と思ったが次の瞬間に横薙ぎに長剣が振るわれた。


 危なげなくそれも魔具で受けるが、攻撃が止まることはない。


「omaetati、seizyosamawomamore!! karisu、marusu!!」


――中々速い、んでもって重いっ!


 が、ハジメも青年の攻撃程度で傷を負うほど甘い戦いをしてきたわけではない。


 ハジメがこの後の展開を想像しながら青年の攻撃を受け止めていると、突然魔力が籠もった一撃が彼の側頭部に迫る。


 頭を反らして回避し、大きく魔具を振って青年に距離を取らせたハジメは攻撃が飛んできた方を見る。


 装飾の施された弓を持つ戦士が一人ハジメを睨みつけている。魔力の反応と共に弓に白い光が収束して矢の形を作る。


 魔法の矢を放つ弓らしい。と、今度は魔力の籠もった攻撃が背後から迫る。


 回転して避けてやれば、他の戦士たちと違う布のような衣服を纏った戦士が直剣を構えてハジメに迫っていた。


 三人はそれぞれ一瞬だけ驚いた表情をしていたが、すぐに顔を引き締めるとハジメに向かって攻撃を始めた。


――なるほど、こいつと斬り合うと後ろから刺されるか弓で射抜かれるってわけか。攻撃速度も攻撃に加わる属性も違う、考えてるな。


 青年と戦えば直剣か弓。素早い直剣に構っていれば青年か弓。弓を意識すれば直剣と長剣の緩急の激しい攻撃が来る。


――面倒くせぇ。でもやり過ぎちまうのもなぁ。


 そこそこ出来るせいで手加減が難しい。


 ハジメが悩んでいると、彼の視界の隅に不安そうに杖を握る黄色が映る。


 その瞬間、ハジメの頬が吊り上がった。


 なにも馬鹿正直に青年たちの相手をする必要はないのだ。


『必殺!』

「ちょっと通りますよっ!」

『暗黒重波斬!!』


 今まで防御に徹していたハジメが魔具を構えたことで、青年たちの警戒が高まる。


 そこでハジメは必殺技を青年たちではない明後日の方向に放った。


 突然の奇行に驚きを隠せない青年たち。だが、漆黒の波動が向う先を見て顔色を変え駆け出した。


 そう、ハジメは必殺技を集団が守っている少女に向けてはなったのだ。


 ハジメの見立てでは、青年たち三人と違い集団の殆どはハジメの攻撃を受け止めるのは難しい。そうなれば必然、リン似の少女にも被害が行く。


 ならばこの中で実力が抜きん出た青年たちはどうするか? 先程の戦闘から答えは明白だった。


 駆ける青年と直剣の戦士が波動を受け止める。その後ろから弓の戦士も続く。


 好機! ハジメは全力で波動を飛び越えて戦士たちの中心へと跳躍した。


「きゃあ!?」

「捕まえたぁ!」


 広範囲に広がるようにした必殺技は、見た目こそ派手だが威力は低い。


 しかし、ハジメの目論見通りに必殺技は見事に全員の動きを止めていて、その隙をついてハジメは確実に逃げるための一手を選ぶ。


 素早くリン似の少女を横抱きにしたハジメは、そのまま少女を抱えて森の中へと逃げていくのであった。


「annphiー!!」

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