普通の暗黒騎士、人を拾う~追放ヒロインをチートが拾ってみた~

特撮仮面

第一部 暗黒騎士、追放聖女を拾う

第1話 どこにでもいる暗黒騎士の話

 いつも通りの薄暗い森。だが、その日の森の空気は変わっていた。


 赤と金の装飾が施された刺々しい鎧と威圧感に満ちた強面の兜。


 全身を鎧に身を包んだ彼は、昨晩あった謎の発光や爆発の様子を探るべく森の中を調査していく。


 発光した場所や爆発があったとされる場所は木々が薙ぎ倒され、多くの幹に弓矢や何かによって傷つけられた痕跡が残っていた。


 また、場所によっては外套を纏った戦士らしき人物の亡骸も見つかり、徒党を組んだ何者かが何かと戦闘を行った、ということだけは伺えた。


 彼はそれらの亡骸から使えそうな武具や道具を取り外し、一箇所に纏めて炎で燃やしつつ調査を続ける。


 と、そうして森の中を散策していると、点々と血がついている草木や土が見つかった。


 恐らくは、集団に襲われた何者かの血液だろう。


 その正体を探るべくゆっくりと血痕を辿っていくと、



「…………」

「えーっと……大丈夫ですかー?」


 傷だらけでそこそこの装飾が施された服を着た人族の女性が目の前に倒れていた。


 森の中に傷だらけの女性が一人。恐らくは今回の一件の関係者だろう。


 だが、こんな森の奥まで逃げなければならないなんて、厄介事の臭いしかしなかった。


 しかし、傷だらけではあるが息がある女性を放っておくのはどうにも気が引ける。


――これも何かの縁、なのかもしれないし……。


 過去、自分もボロボロのところを拾ってもらったことがあるのだ。今度は自分が拾う番、ということなのだろう。


 そう考えた彼は、女性を小脇に抱えると森の奥へと帰っていく。





 早朝朝日が昇る頃、広大な森の奥にある円形に切り拓かれた土地にて。


 円形の広場の中心には丸太を組み合わせて作られた小屋があり、その一角に耕された畑があった。


 その中で彼――ハジメ・クオリモは、畑の土に剣を向けて何やら作業をしていた。


「ふんふふん、ふふふふーん」

『水の威、強き流れは全てを洗い流す!』


 畑に向けられた剣の柄にある引き金を引くと剣から声が響き、分厚く扇状に広がった剣先から水が吹き出して畑の土を潤していく。


 小さな柵を跨ぎ作物それぞれに水を与えながら、ハジメは頭を悩ませていた。


 彼が女性を保護して早二日。


 医学の知識がないなりに色々な処置を行った結果、女性の容態は安定していた。


 しかし、意識が戻らないのだ。


 体力を消耗しすぎているのか、それとも頭を打ってしまったのか。理由は定かではないが、このまま放っておけばどうなるか分かったものではない。


 だが、だからといって大きな病院に行くことも難しい。


 どうしたものか……。水やりを終え、作物の葉っぱを触りながら悩んでいたハジメの耳に、甲高い警報音が聞こえてくる。


 その音を聞いた瞬間、剣をその場に置いて走り出すハジメ。


 甲高い警報音は、女性の身体に取り付けた治療用の機械に何かがあったときに鳴るものだ。


 容態が急変したか、それとも機械の故障か。


 転げるような勢いで小屋の中に飛び込んだハジメは、ベッドの上で体を起こし、警報音にワタワタと手を振る女性を見た。


 彼女の身体に不具合が生じたわけではないことを知り、ほっと胸をなでおろしたハジメはベッドの枕元に置かれた機械を操作して警報音を止める。


「起きたんだな、調子はどうだ? 丸二日寝てたんだぞ」


 大きな画面の備え付けられた丸みのある三角形の機械携帯式万能医療機械ドーグル・ケイの診断機能を起動させる。


 ハジメは女性が手に持っていたパッチ付きのコードを受け取ると、女性の背中に手を添えて肩を押し、ベッドに横たわらせた。


「――!?!?」

「はいはい、恥ずかしいかもしれないけど大人しくしといてくれよ。怪我治ってないんだから」


 治療の関係で、ゆったりとした外套と傷を保護する包帯しか身に着けていない女性の胸元を開くと、一瞬遅れて女性が慌てたように両手でハジメの肩を押そうとする。


 身体が痛むのだろう。顔を歪める女性に声をかけながら、ハジメは慣れた手付きで胸や腹などにパッチを貼り付けていく。


【診断中……診断完了。心肺機能問題なし。体内魔力量、循環値共に低。体脂肪率低。栄養状態低。表皮の傷は改善傾向。脚部に炎症、捻挫と判定。速やかな栄養補給と休息を推奨】

「栄養か……軍用食、食えるのかなこいつ」


 ドーグル・ケイの診断結果を見て、ハジメは女性の方を見た。


 波打ち跳ね放題でくすんだ金色の頭髪に削げた頬。顔中に細かな傷が刻まれていて、目元の隈は酷く濃い。さらにはハジメと合った目は濁り、生きる気力を失っていた。


 胸元を開いたときや警報音が鳴ったときは人らしい反応をしていたが、落ち着いた今の女性は、正に憔悴しきった人だった。


 ハジメは女性に背を向けて本棚に向かうと、その中の一冊を手にとって読み始める。


「栄養状態が悪い、悪い、これか? ……長い間栄養食事をとっていない人に対し、高い栄養の食事を与えると死ぬ……? え、本当かよ。じゃあ軍用食食べれないじゃん。えっと? 少量の粥などを食べる? 大量の食事は禁忌?」


 医学書をいくつか読み、今日の献立を考えたハジメは本棚に本を仕舞うと女性の元に戻る。


「じゃあ、飯の容易してくるからそのまま寝てろよ。絶対引き抜いたりいじったりするなよ?」


 ハジメの言葉に反応はなく、ポリポリと頭を掻いたハジメは料理をするために台所へ向かうのであった。







「よし、出来たぞー」


 机と椅子をベッドに寄せ、机の上にドンと鍋を置いたハジメ。

 木の器を手に取り、女性と自分の分鍋の中身を注いでいく。

 鍋の中身は、狩った動物の骨で出汁をとり、肉と野菜をまとめて煮込んだスープだ。


「ほら、これはお前の分……と言っても怪しくて無理か?」


 女性の身体を起こして目の前に皿を置いてみるが、女性は顔を伏せたまま反応しない。


 変なものでも入っていると思われているのかと思い、女性の肩を叩いて顔を起こさせると、ハジメはまず自分の器を手元に寄せるとそのまま器に口をつけた。


「あっつ!?」


 思わぬ熱さに顔を背けるが、今度は慎重に木のスプーンでスープを掬って、ふーふーと息を吹きかけ慎重に食べる。

 何度か女性に見せるようにスープを食べたハジメは、女性用のスプーンを手に取るとしっかり冷まして彼女の口元に運んだ。


「目が飛び出るほど美味いってことはないが、食えるから」


 その言葉を理解したのか、スプーンに口をつけてスープを啜る女性。


 怪我の影響もあって多少不格好ながらも、音一つ立てることない綺麗な啜り方にハジメは感心してしまう。


 取り繕ったようなものではなく、身体に染み付いた動作なのだろう。彼女が身につけていた装飾品から察していたが、やはり高い身分の人であることには間違いないようだった。


「よし、大丈夫そうだな……野菜も食うか? 近くの村で譲ってもらったものでさ。結構イケるぞ」


 野菜を一口より少し小さく切り、それを掬って女性の口へ。


 女性は野菜を口に入れ、数回咀嚼して飲み込む。


「おっ、良い食いっぷりだな。凄く綺麗な食べ方するけど、あんたすごい人だったりするのか?」

「そうだ、この赤い野菜は特におすすめなんだ。煮込むと凄く甘くなるんだよ」

「どうだ? まだ食べれそうか? うん、いけそうだな」


 食事中、ハジメは女性に声をかけ続ける。


 女性に安心してほしいというのもあるが、何よりもハジメが安心したかった。


 服を脱がせたとき以外で女性が人らしい反応をしたことはなく、その生気の無さは今にも消えて無くなりそうだと不安になってしまうほど。


 だから、自分の言葉で沈黙を消し、あわよくば何か反応が返ってくればいい。


 そうしてしばらくハジメが言葉を掛けていると、初めて女性が反応を返した。


「ん、咳き込むか」


 女性が、スンッ、と鼻を鳴らしたのを見て一度手を止めるハジメ。


 ハジメが咳を待っていると、スンスンという音は徐々に感覚が短くなっていき、それに合わせて女性の眉間に皺が寄った。


「ぅ……ぇ…………」

「……は? えっ、いやっ、えっ?」


 瞳が潤みだし、口がへの字に曲がる。


 え、まさか。混乱する中でハジメがその意味をようやく理解できたとき、同時に女性の涙腺が決壊した。


「うぇえええええっああああああっ!!」

「えぇっ!? いや、ちょっ、えっと!? えっ!?」


 大粒の涙を流しながら大声で泣く女性。


 弾かれるように立ち上がったハジメだったが、赤子のように泣き出した女性を相手にどうすれば良いのか分からず、両手をワタワタと動かして忙しなく視線を動かすだけだ。


「ああああんっ、ひっぐ……うぇええええっ」

「そんなに不味かったっ!? それならそうと言ってくれよっ!? ちょっと、あの、えっと、そうっ! タオルタオルっ!」


 鼻から鼻水を垂らして顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚く女性に、大慌てで棚からタオルを引っ張り出してきたハジメがタオルを差し出す。


 それを受け取って顔を覆う女性だったが、結局泣き疲れて眠るまで、女性の泣き声は響き続けるのであった。

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