238 育成環境拡大と指導者問題
シンクロ打法関連のあの動画が村山マダーレッドサフフラワーズの公式チャンネルから配信され始めてから、約1ヶ月の時間が経った。
再生数は既に100万を超え、大きな反響を呼んでいる。
元々のチャンネル登録者数に加えて、バズッていた野球関連の話題に対するプロ野球選手側からのアンサーのような形となった相乗効果によるものだろう。
当然と言うべきか、賛同するような反応ばかりではない。
様々な議論が巻き起こっていて「突然変異的な選手の真似をしてはいけない」と警鐘を鳴らす指導者や評論家も多数存在していた。
実際、それは多分に正しさを含んでいる。
まあ、中には便乗して逆を言っているだけといった感じの人もいたけれども。
ともあれ、ノーステップ打法やヒールダウン打法の効果をゲーム的に表現するとすれば「コンタクト力↑・パワー↓↓↓」のようなものだ。
そのメリットを十二分に引き出すために要求されるスペックは非常に高い。
体格をデカくすることができる人間がキッチリ鍛え上げた状態でもないと、長打を打つことができなくなってしまう。
そこで無理にスイングスピードを上げようとしてフォームを崩そうものなら、怪我のリスクが大幅に増加してしまうだろう。
安易な考えで手を出すと危険なのは確かだ。
しかし、金属バットを使うことができるアマチュアであれば、多少はデメリットを緩和することもできるはずだ。
特に今生では、まだ低反発バットが使われる予兆すらないからな。
それは今後も変わらない可能性が高い。
何故なら、前世とは野球というスポーツの立ち位置が全く違うのだから。
国家間のパワーバランスに影響する以上、前世で低反発バット導入のきっかけとなった怪我のリスクを低減するためという理由は残念ながら通りにくいだろう。
精々、アマチュアレベルを逸脱した打撃力を持つ選手にハンディキャップとしてそれの使用を義務づける、ぐらいが関の山だと俺は思っている。
と言うか、むしろ今の世間の流れだと「更に打球速度に下駄を履かせて早い段階から投手力や守備力の向上を狙おう」とか言いかねないぐらいだ。
……っと、話が逸れた。
まあ、前世との微妙な差異の話はともかくとして。
金属バットを使える内に適切なフォームをしっかりと身につけつつ、年齢に応じて計画的に最大限の負荷をかけて筋肉量を増やしていく。
少なくとも、あの動画を見た義弟の暁はその方向で頑張ることにしたようだ。
改めて俺と一緒にWBWに出ることを第一目標として掲げ、小学生ながら日々懸命に野球の練習に打ち込んでいる。
【成長タイプ:スピード】の彼ではあるが、俺やあーちゃんが一緒なら【経験ポイント】取得量増加系スキルの恩恵を受けることもできる。
暁自身が投げ出しさえしなければ、一廉の選手になることは十分可能だろう。
とは言え、余り早い段階から活躍されてしまうと、他球団のスカウトに目をつけられてドラフト会議で横からかっさらわれてしまうかもしれない。
勿論、最終的には暁の判断次第ではあるけれども……。
それこそ彼の意思1つで防ぐこともできる方法もある。
「お義父さん、ジュニアユースチームやユースチームの件ってどうなってます?」
鈴木家のリビングでリラックスモードの彼に問う。
毎度のことながらプライベートで心身を休ませている時に仕事の話をするのは大分心苦しいものがあるが、これもまた大切な家族の話。
俺にとっては義理の弟、お義父さんにとっては息子の進路にも関連した質問だ。
ここは彼も理解してくれるだろう。
「暁には最高の環境を用意するべき」
と、あーちゃんが俺の考えに同調したように横から言う。
……俺も含めて何か保護者みたいだな。
まあ、これだけ年齢が離れていたら仕方がないか。
ともあれ、いつか世界最高峰の舞台で一緒に野球をすることができるように。
そこに至るまでの道筋を整えておかなければならない。
勿論、レールを敷くと言うのは烏滸がましいが、舗装ぐらいはしておくべきだ。
ジュニアユースチームやユースチームを作るというのは主に日本野球界全体のレベルアップのためだが、そうした側面もないとは言えない。
何よりユースチームで実力を示すことができれば、先行契約で村山マダーレッドサフフラワーズに直接入団することもできるからな。
勿論、暁が望むなら俺達と同じ山形県立向上冠中学高等学校の野球部でもいい。
優勝こそできなかったが、今年も甲子園に出場することはできていた。
今や県内随一の育成環境であることは間違いない。
だが、それと同等以上のチームを作って選択肢として用意してやれるなら、それに越したことはないだろう。
「分かってるさ。ちゃんと話は進んでるから安心してくれ。リーグ優勝という明確な功績を残してくれたおかげで、色々とスムーズになったからな。ただ……」
「ただ?」
難しい顔をしたお義父さんに、続きを促すように問い気味に繰り返す。
懸案になっているのは――。
「指導者が、な」
「ああ……」
それは確かに難しい問題だ。
当然、指導者として実績のある選手がフリーであることは基本的にないからな。
しかも1部リーグのプロ野球球団である村山マダーレッドサフフラワーズならいざ知らず、下部組織のジュニアユースチームやユースチームの監督・コーチだ。
ヘッドハンティングするのも中々厳しいだろう。
在野の人材を募集して俺が【マニュアル操作】で見出すのも悪くはないが、少なくとも最初は集客力があるネームバリューも欲しい気持ちもある。
暁にとっても野球界全体にとっても、質のいい選手を揃えることは重要だ。
「落山さんに頼んでみたら?」
「え? いやいや、さすがにそれは無理があるでしょ」
あーちゃんの提案は、それが通るなら最上の案ではある。
元三冠王の偉大なバッターだし、かなりフレキシブルな思考の持ち主だ。
何で今フリーなのか分からないぐらいの実績がある。
ただ、俺達もよく見ている『1週間プロ野球』にゲストコメンテーターとして出演した時にも言われていたが、次期日本代表監督の最有力候補とされている人だ。
オファーを出したところで、まず受けてくれることはないだろう。
「宝くじは買わないと当たらない」
「それは、まあ、そうだけど」
駄目で元々。オファーするだけしてみればいい。
そういう考え方も、まあ、ありと言えばありだ。
しかし、オファーの内容的に相手の心証が悪くなる可能性もなくはない。
元来の意味での「役不足」のように思われて。
いや、子供の指導は野球の未来に関わるだけに重要度は高いはずだけれども。
1部リーグの首脳陣と比べると、どうしても待遇がいいとは言えないからな。
まあ、その辺り許容してくれる人かもしれないし、金の問題なら解決策はある。
とは言え――。
「正直、落山さんには日本代表監督になって貰いたいからな」
さすがに今はそっちの方が優先度は高い。
俺の意見が通りやすいという観点では尾高監督になって貰いたいところではあるものの、今のところは候補にも挙がっていないからな。
一選手には日本代表監督の選任権なんてないし。
現状の最有力候補がベターな選択肢である以上、引っ掻き回したくない。
そんな気持ちもある。
ジュニアユースチームやユースチームの監督・コーチと日本代表監督との兼任なんて事例は過去に1つもないからな。望み薄だろう。
「とは言え、1度ぐらいは話をしてみたいところだけど」
俺のように前世とかいうズルもなく、己の肉体と頭脳を駆使して三冠王に輝いたかけ値なしに偉大な選手だからな。
きっと学ぶべきところが沢山あるはずだ。
あわよくば、よさげな指導者を紹介して貰えないかという期待もある。
指導者になれそうな人材の伝手は、当然ながら俺の知り合いの誰よりも落山さんの方が多いのは間違いないからな。
合理的で革新的な人だから、反感を持つ人も多いようだけど。
「……成程な」
と、何やら納得したような声を出すお義父さん。
「ところで、再来週の横浜ポートドルフィンズ戦前の移動日、時間を作れるか?」
「え? まあ、大丈夫ですけど」
「分かった」
詳細を口にせず予定だけ確認してきた彼に何が「分かった」なのかと首を傾げつつも、話の流れ的にもしかしてとも思う。
その答え合わせは数日後のことだった。
「秀治郎選手。落山さんとの対談が決まりましたので、よろしくお願いします」
「あー……了解です」
広報の関川さんに相変わらずのイケボで言われ、やっぱりと納得する。
まあ、分かりやすくはあった。
実現可能かってところが問題だっただけで。
予想は容易かったが、お義父さんとしては打診して断られるかもしれない以上は安易に言うことができなかったのも理解できる。
「基本的には落山さんの公式チャンネルへのゲスト出演という形になります。その後、我々のチャンネルでもちょっとした感想動画のようなものを出します」
「分かりました」
まあ、我侭を聞いて貰った訳だからな。
球団にも貢献せねば。
こうして俺は、落山さんの公式チャンネルで対談することになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます