234 現在M4
交流戦明けの移動日。試合は1日休み。
次なる戦いの場である長野県に前日入りした俺達は、夕食に長野名物の戸隠そばを堪能してから滞在先のホテルでいつものように勉強会を行っていた。
ペナントレースも終盤戦。
にもかかわらず、俺達の間には大分緩い空気が流れている。
心なしか雑談の時間が多いような気がする。
俺も頭の片隅で「明日はおしぼりそばを食べようか」とか考えているぐらいだ。
「うーん、この感じだと私営ウエストリーグは最後までもつれそうね」
「2位の奈良キーンディアーズが調子を上げてきて分からなくなってきたっす」
「ゲーム差4なら、まだまだ逆転優勝の目はあるもんね」
「首位と最下位でも10.5ゲーム差。あそこは全球団に可能性がある」
残り45試合。私営ウエストリーグは混沌とした様相。
全球団借金という異常事態もあり、白熱とも何か違う異様な雰囲気があった。
しかし、それ以外のリーグはいずれもボチボチ大勢が決しつつあり、世間の関心は少しずつ首位争いからプレーオフ争いに移行していっている。
私営ウエストリーグを除いて、リーグ優勝チームの確定はもう間もなくだ。
「それにしても、優勝かあ。何か実感ないなあ」
「まあ、そうね。自分でもビックリするぐらい緊張感がないわ」
「それは多分、ウチらが盤石過ぎたせいっすね」
間近に控えたリーグ優勝というものを改めて言葉で説明するなら。
レギュラーシーズンにおいて所属リーグの中で最も優秀な成績を収めた球団に与えられる栄誉、というところだろう。
つまり、日々の勝利の積み重ねの果てにようやく得られるものであり……。
今生の日本プロ野球は全162試合なので、通常90~100勝は必要になる。
当然のことながら、1試合の勝利はどこまで行っても1勝でしかない。
クイズ番組のように後半戦で1回の勝利が突然数倍の価値を持ったりはしない。
1つ1つ、最後まで地道に勝利を積み上げていく以外に頂点に至る道はない。
前世ではプレーオフ制度開始後リーグ優勝と日本一が両立しないケースも発生してリーグ優勝を軽んじる者も出てきていたが、元々方向性が異なるものなのだ。
いわゆる日本一は短期決戦の覇者。
リーグ優勝は長期戦の王者。
プレーオフの有無でその意義が失われることはない。
とは言え、瞬間的な熱量が日本一に劣るのは否めない。
マジックナンバーという前触れが存在するのも、そうなる理由の1つだろう。
諸々の条件を満たした上で一定以上ゲーム差がつくことで点灯するそれは、0が数えられるその瞬間までカウントダウンを続ける。
勿論、奇跡の大逆転が起こることもあるが、多くの場合はサプライズなどない。
だからこそ引っ繰り返された時に熱狂の渦が巻き起こる訳だが、長期戦を優位に戦い抜いてきた球団が順当にリーグ優勝を果たすのが大半だ。
ましてや今年の村山マダーレッドサフフラワーズ。
交流戦終了時点の現在、マジックナンバーは4。
その上――。
「ゲーム差40ならもう確定」
「そりゃそうよ。……って、私営ウエストリーグの丁度10倍なのね」
「我がことながら現実的とは思えない数字っす。まるで野球ゲームみたいっす」
更に言うなら2位と3位のゲーム差は5。
マジックナンバー以上の数字なので、もはや天地が引っ繰り返ろうともマジック対象チームが移行するようなことはない。
村山マダーレッドサフフラワーズが後4勝するだけで問答無用でリーグ優勝が決定するし、2位の静岡ミントアゼリアーズが4敗したってマジックは0になる。
45試合を残してそんな状況。
誰がどう見てもリーグ優勝は確定的で、後は時間の問題だ。
「拍子抜け」
1部リーグへの憧憬は全て幻想だったと言わんばかりに嘆息するあーちゃん。
ここまで余りにも順調に来てしまった。
そんな感覚が強過ぎるせいもあり、俺達の間では特に盛り上がりが乏しかった。
「茜。気持ちは分かないでもないけど、外ではそんな顔しちゃダメよ?」
「分かってる。ファンの熱気に水を差すことはしない」
「ならいいけど」
野球全般のファンの興味も少し逸れてしまっているが、村山マダーレッドサフフラワーズのファンは指折り数えて優勝の瞬間を待ってくれている。
何せ山形県初の快挙だ。
選手当人よりも入れ込んでしまうのも無理もない話ではあるだろう。
そんな彼らの目下の関心事はと言えば……。
いつ、もとい、どの球場でリーグ優勝が決まるかだった。
交流戦明けの3連戦はビジターゲーム。
その次の3連戦がホームゲーム。
何とも絶妙な日程となっている。
うまくことが運べば、本拠地山形きらきらスタジアムでリーグ優勝の瞬間を迎えることも不可能ではないようなスケジュールだ。
しかし、そうはならない可能性も十分に高い。
今はそういった状況だった。
「ファンのためを思うと、ビジターで優勝が決まるのは好ましくない」
「まあ、好ましくないはさすがに言い過ぎかもだけど、ベストではないわね」
「可能なら回避したいところっす。けど、そうなったパターンもよく見るっす」
ホームゲームとビジターゲームの試合数は半々だからな。
主催試合は地方開催のパターンもあるので、本拠地球場とビジターゲームの比較となるとピッタリ同じ数にはならないが……。
優勝決定戦開催地の割合は、本拠地とビジターとで大体同じ程度になるはずだ。
ただ、ネガティブな記憶の方が人の印象に残りやすいとすれば、ビジターゲームでリーグ優勝が決まったケースが多いように感じることもあるかもしれない。
「更にそれが負け試合だった日には、ガッカリ感が半端ないっす」
「ガッカリも言い過ぎだろうけど、気持ちは分かるわ」
どの球場で、どのような形で優勝しようとも優勝であることに変わりはない。
とは言え、折角ならスッキリ勝って決めたいのが人情というもの。
本拠地球場での優勝決定となれば、ファンの歓喜はより一層大きくなるだろう。
県内の経済効果も多少なりとも増すはずだ。
ファン感情的にも、興行的にも。
本拠地まで持ち越すのが最善なのは間違いない。
幸いビジター3連戦の相手は最下位長野ハイドバックウィーツ。
当然ながらマジック対象チームではない。
俺達がこの3試合に全勝したとしても、2位の静岡ミントアゼリアーズが全勝してくれればマジックナンバーは1日1ずつしか減らない。
マジック1の状態で本拠地球場に帰ることができる。
「折角だから、ここは静岡ミントアゼリアーズには頑張って欲しいものっす」
「……だな」
相手球団もそのファンも、ホームゲームで優勝なんてされたくないはずだ。
もしここで優勝を決めて欲しい人がいるとすれば……。
祝勝会の会場として押さえているホテルの関係者ぐらいだろうか。
金銭的な面はキャンセル料があるはずなのでリスクはほぼないはずだが、降って湧いた広告効果を得られる機会は失われてしまうからな。
とは言え、別に血眼になる程のものではないはずだし、村山マダーレッドサフフラワーズのファン以外もほとんどが本拠地優勝を望んでいることは確かだ。
「3連勝して貰わないと」
手段を選ばなければ、わざと3連敗するという選択肢もあるにはあるが……。
これまで派手に勝ち続けてきた俺達がそれをすると、あからさま過ぎてバレる。
間違いなく炎上するだろう。
そんなことをして世間の不評を得るぐらいなら、静岡ミントアゼリアーズが勝つのを祈るに留めた方がいい。
何より――。
「正直、早く決めたい。少し前からお父さんがソワソワしっ放しで鬱陶しいから」
「茜。それ、おじさんがいる前で言ったら泣かれるわよ……」
あーちゃんの身内向けのブラックな冗談と美海ちゃんの突っ込みはさて置き。
打倒アメリカ代表を目指す俺達にとってはあくまでも通過点に過ぎないリーグ優勝も、運営側にとっては一大事だ。
このカードでリーグ優勝する可能性があるので、球団社長であるお義父さんを含めた一部球団職員も帯同している。
勿論、本拠地で決まる可能性もあるので、あちらも準備の真っ只中のはずだ。
どちらかが確実に無駄になるが、どちらにも備えておかなければならない。
それもまた彼らの仕事だ。
優勝が決まるまで気が気ではないだろう。
そんな状態からさっさと解放して上げたい気持ちもあった。
「まあ、とにかく。俺達は無駄に意識せず、いつも通りやっていこう」
「ん」「そうね」「了解っす」「うん」
と言うことで、気を取り直して勉強会に戻る。
「最近何か気になるトピックはあった?」
「SNSでバズッた野球の技術指導動画があったでしょ? アレってどうなの?」
「どれ?」
ネットでは日夜何かしらバズッてるからな。
正直アレってだけでは何なのか分からない。
「バッティングの奴。タイミングが掴みやすくなる予備動作がどうとか」
「ああ……シンクロ打法のことか」
「え、何でスンッてなったの……?」
美海ちゃんに訝しげな視線を向けられてしまう。
いや、前世だと大分手垢がついてしまっている打撃理論だからな。
改めて今生の日本野球が前世に比べて遅れていることが分かる。
「暁の学外野球チームも取り入れようとしてるって聞いた」
「え? マジで?」
「ん。マジ」
それは知らなかった。
となると、ちょっとばかし話が変わってくる。
山形に戻ったら暁と少し話をしないといけないな。
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