230 芯になる何か
「さて。改めまして野村秀治郎選手に最優秀選手インタビューを行いたいと思います。まずは史上初の3試合連続最優秀選手賞に加え、オールスターゲーム総合最優秀選手賞の獲得、おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
オールスターゲーム3戦目の開催地。
東京ラクトアトミクスの本拠地である神園アイアゲート球場に俺の声が響く。
「「「「「わああああああっ!!」」」」」
それに対し、スタンドを埋め尽くす観客達は大きな歓声で反応してくれた。
笑顔で帽子を取って掲げると、一層その声が大きくなる。
今日の対戦相手であるオールセレスティアルに属する球団の本拠地球場ではあるが、オールスターゲームだからか総合的な野球ファンが多いようだ。
そんなことを思いながら、いつものように爽やかさを装っておく。
「まずは今のお気持ちをお教え下さい」
「最優秀選手賞は正にチームの勝利、そしてオールスターゲーム優勝に貢献することができた証ですので、とても嬉しく思います」
「毎試合複数本塁打で各球場を沸かせてきた秀治郎選手ですが、今日は更にクローザーとして登板して3者連続三振。個人としての活躍も凄まじいものがありましたが、こちらに関しては如何でしょう」
「いや、気持ちよかったです。思う存分、打つことができましたし。その上で、乱打戦だったところをキッチリ抑えて締めることができたのもよかったと思います」
そう答えてから、ちょっと嫌味っぽく捉えられかねないかなと内心心配になる。
オールスターゲームの3試合は世間的には正に球宴、お祭りだが、それと同時に選手にとっては日本代表選考の場でもある。
そういったこともあり、さすがにオールスターゲームでまで四球攻めするのはどうなの、というような風潮が今年は野球界全体にできていた。
おかげで申告敬遠もなく、俺を含めて他の面々も気持ちよく打つことができた訳だが、前半戦で四球攻めをした選手や球団への皮肉にもなっていたかもしれない。
まあ、周りの反応的には杞憂だろうけれども。
「正直なところ、最優秀選手賞は狙われておりましたか?」
「勿論、狙っていました。最優秀選手賞を獲得できるぐらいの活躍ができれば、そのままチームの勝利にも繋がりますからね」
「3試合分の最優秀選手賞。そしてオールスターゲーム総合最優秀選手賞。更に夫人である野村茜選手も敢闘賞を3試合連続で受賞されておりました。その賞金をどう使われるか、もう決めておられますか?」
「はい。今の借家が父には色々と不便なので、バリアフリーの広い家を建てるための資金に充てようと思っています」
「成程。それは素晴らしい親孝行ですね」
「そうだと嬉しいです」
好青年風に、ちょっとはにかむようにしながら答える。
あーちゃんの好感度アップ作戦の流れを汲んだ形だ。
両親もどんどん利用しろと言ってくれているので、もう遠慮はしない。
「後半戦への意気込みをお聞かせ下さい」
「そうですね……」
纏めに入ったアナウンサーに頷き、少し頭の中を整理してから口を開く。
「マジックナンバーも大分減ってきて、日本プロ野球最短でのリーグ優勝も見えてきました。まずはそこまで、一層気持ちを引き締めて戦っていきたいと思います」
「ありがとうございます。改めまして、史上初3試合連続の最優秀選手賞に加えてオールスターゲーム総合最優秀選手賞を獲得した野村秀治郎選手でした! 本当におめでとうございました!」
「ありがとうございました!」
そんな感じで最優秀選手インタビューを終え、歓声に応えながらダグアウトへ。
ロッカールームで素早く荷物を纏め、あーちゃん達の下へと向かう。
すると、そこには珍しい人物が一緒にいた。
オールセレスティアル側で出場していた大松君だ。
「あれ? どうしたんだ?」
少し驚いて問いかける。
基本団体行動のレギュラーシーズンとは違い、オールスターゲームは個人単位。
宿泊先やら移動やら割と自由が利くから別に問題はないだろうけど……。
「大松君が相談したいことがあるんだって」
「相談したいこと?」
美海ちゃんの言葉に首を傾げながら大松君を見る。
すると、彼は躊躇いがちに口を開いた。
「助言が欲しいんだ」
「助言?」
確認するように大松君の言葉を繰り返すと、彼は神妙に頷く。
そう言えば、いつだったか似たようなことがあった気がする。
あの時は意中の彼女にアピールするための方法を相談しに来たんだったか。
……結局、お相手は誰だったんだろうか。
何かもう、普通に自然消滅していそうだけど。
それはともかくとして。
「一体何について助言して欲しいんだ?」
「これから先の、プロ野球選手としてのあり方について」
俺の知る普段の彼とは大きく異なる真剣な姿。
どうやら真面目な相談のようだ。居住まいを正す。
「実は――」
そうして大松君の話を聞いていくと……。
端的に言えば、彼は俺や磐城君に引け目を抱いているようだった。
公営セレスティアルリーグの中ではNo.1と言って差し支えない。
だが、日本プロ野球界全体で見ると総合成績では3番手といったところ。
バッターとしては山崎選手に一歩及ばず4番手という感じになっている。
正樹が復帰し、昇二が経験を積めば更に後退してしまう可能性が高い。
そうなれば、今の彼を見ていると一層自信喪失してしまいかねない。
レベルが高いところで比較している訳だから志が高いとも言えるが、劣等感に苛まれているのは精神的な脆さが出てしまっている感もある。
それこそ前に指摘した芯のなさが再び顕在化してしまったのかもしれない。
「うーん」
大松君はその劣等感を解消したいようだが、大分抽象的な相談だ。
いつかの通り、強固な芯を作り上げることが大事という結論になるけど……。
そのために必要なのは、身も蓋もないことを言えば地道な努力の積み重ねだ。
しかし、今日までのそれを芯と見なすことができなかったのであれば、何かしら発想の転換が不可欠になりそうだ。
「……大松君はバッターとピッチャーどっちがいいとかある?」
「そりゃ、ピッチャーだ」
やはり日本人にとって野球の花形はピッチャーだな。
とは言え、それでよかった。
バッターの方がいいと言われたら、配球論の復習とかそういう当たり前の方向でしか助言することができなかった。
ハッキリ言って、ステータスがカンストしていて目ぼしいスキルはほぼ完備している俺達に今からできることは多くないからな。
まあ、ピッチャーとしても似たようなものではあるけれども、バッターよりは象徴的と言うか、比較的分かり易い助言ができなくもない。
問題解決の正答かどうかは別にして。
「何かいい案があるのか?」
「解決になるかは分からないけど、これって言う決め球を作るのはどうかな?」
「決め球を、作る?」
「そう。いわゆるオリジナル変化球って奴」
前世だったら間違いなく、こんな風に軽々しく言うことはできなかっただろう。
しかし、俺達にはスキルがある。
例えば【通常スキル】【変化量調整◎】と【極みスキル】【千変万化】は変化球の細かな制御を可能とする。
勿論、限度はあるけれども……。
他にも【通常スキル】【変化位置調整◎】と【極みスキル】【消える魔球】で変化の始動を調整することもできる。
自分に合った変化球を作り上げることも、今生の俺達であればそう難しくない。
己の代名詞となるようなオリジナル変化球。
象徴的で目を引くそれなら、自分の芯として中心に据えることも可能性だろう。
そうして自信をつければ、迷いもなくなる。
迷いがなくなれば、他のプレイにも好影響を及ぼすはずだ。
思い切りのいいスイングができて、打撃成績も向上するかもしれない。
「確固たる切り札を残していれば、心に余裕が生まれるだろ?」
俺も切り札はいくつか隠し持っている。
例えば、小学校時代の正樹との勝負で使った全力アンダースローもそれだ。
当然ながら当時よりも遥かに洗練されており、今もアメリカ代表に挑むための武器の1つとして見込んでいる。
そういったものが芯となっていくはずだ。
勿論、それ1つで満足するつもりはない。
3本の矢の教えではないが、いくつもの武器を寄り集めて複合材のようにすることができれば1本だけの芯よりも余程強固なものとなるはずだ。
そして、俺にとっては仲間の強化もまた正にその1つだと言える。
「オリジナル変化球、か……」
噛み締めるように、大松君が口の中で呟く。
「大松君と言えばコレ、みたいなところまで昇華することができれば、選手としての認知度というか格が上がるんじゃないかと思うんだ」
「それって私と言えばナックル、みたいな?」
合いの手を入れるように尋ねてきた美海ちゃんに「そう」と頷いて肯定する。
それから再び大松君と向き直り、俺は言葉を続けた。
「正直、日本プロ野球界の中で誰が上とか誰が下とかやってても、結局はアメリカ代表から見れば団栗の背比べだからな。No.1よりもオンリーワンだよ」
昔の名曲みたいなことを言って丸め込もうとする俺だが、実際にプロ野球では満遍なく優秀な選手よりも一芸に秀でた選手の方が重宝されることもある。
まあ、言い換えれば特定の分野でNo.1ということでもあるのだが、この選手でなければいけないという武器があると強い。
他人と比較して劣等感を拗らせるよりも、自分の野球人生を懸けるに値する武器をこれと定めて徹底的に磨き上げていく方が大事なことだろう。
「丁度、明日はオールスター明けで完全休養日だし、山形に帰るのも割と余裕がある。どこかの練習場を借りて、皆で軽く体を動かそうか」
「いいのか?」
俺は勿論いい。
大松君のレベルアップも、間違いなく打倒アメリカ代表に繋がる要素だからな。
チラッとあーちゃんを見ると、彼女はニュートラルな顔。
これは……どっちでもいいって感じか。
「私は興味あるわ。日本シリーズで戦うことになるかもしれないしね」
「敵情視察っすね」
「いやいや、本人の前でそんな。大松君、逆に大丈夫なの?」
「俺がお願いしてのことだからな。構わないゼ」
心配する昇二に、少し調子を取り戻した様子で大松君が応じる。
「じゃあ、決まりだ」
とは言え、今日はもう遅い。
一先ず解散だな。
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