225 好感度アップ作戦?

「ええと……一体、何をするつもりなんだ?」

「内緒」


 そのあーちゃんの返答にちょっとだけ驚く。

 普段は俺に対して諸々オープンにしている彼女にしては大分珍しい。

 とは言え、まあ、そういうこともあるだろう。

【生得スキル】【以心伝心】は全力で愛情と善意を伝えてきているからな。

 何故かワクワクしている気配も結構な割合で感じられるけれども。

 ……もしかしたら何かサプライズでも企んでいるのかもしれない。

 いつだったか、プレゼントの中身を秘密にされた時と似たような感じもするし。


 けど、サプライズだとすると……。

 今は6月の頭。直近のイベントはと言えば、うーん。

 29日に俺の誕生日があるぐらいか?

 そこでサプライズイベントでもするつもりなのだろうか。

 誕生日に好感度アップに繋がるようなことができるとは今一思えないけれども。


「不安?」

「いや……楽しみにしとく」

「ん」


 俺の答えに、あーちゃんは嬉しそうに表情を柔らかくする。

 マイペースで稀に斜め上の行動に出ることもある彼女だが、俺にとって不利益になるようなことは決してしない。はずだ。

 とりあえず様子を見るとしよう。


「とは言え、あーちゃんだけに任せるのもあれだし、俺も少し考えようかな」

「ん。案はいくつあってもいい」

「なら、私も考えるわ」

「ウチもやるっすよ!」


 俄然、ウキウキとした様子でやる気を見せる美海ちゃんと倉本さん。

 何か文化祭や学園祭みたいなテンションだな。

 切っかけが切っかけだけに、ちょっと不謹慎な感もあるけど……。

 2人の様子をよくよく見ると、演技っぽさも見え隠れしている。

 もしかすると、俺がまた落ち込んだりしないように明るい雰囲気を作ろうとしてくれているのかもしれない。

 そんな風に気を遣わせるぐらい目に見えて動揺していたのかと思うと尚更情けない気持ちになるけれども、彼女達の配慮はありがたい。


「あ、そうだ。美瓶達にも考えて貰いましょ!」

「ん。わたしも皆に相談がある」


 と、あーちゃんと美海ちゃんはそう言いながらスマホを操作し出した。


 ――ピロン!


 少しして通知音が鳴るが、それは俺のスマホからではない。

 その音を受けて倉本さんもスマホの画面に目を落とし始める。

 どうやら女性陣専用グループチャットでやり取りをしているようだ。


 うーん。

 信じるとは言ったものの、目の前で内緒話状態になるとさすがに気になるな。

 とは言え、覗き見るのはデリカシーがなさ過ぎる。

 ここは我慢の一手だ。


 まあ、でも。

 あーちゃんが1人で突っ走ろうとしている訳ではなく、ちゃんと周りに相談した上で計画しようとしているのであれば逆に安心かもしれない。

 皆の意見も取り入れるなら、そこまで変なことにはならないだろう。

 色々と個性的な彼女達ではあるが、別に非常識集団ではないからな。

 なんて割と失礼なことを考えていると、隣で黙っていた昇二が口を開く。


「好感度アップなら、もっと社会貢献活動の頻度を増やすのがいいんじゃない?」


 女性の輪に入れないので、1人で作戦を考えていたらしい。

 昇二は真面目だな。

 とは言え――。


「うーん、それはオフシーズンじゃないと中々なあ。勿論、やって悪いことじゃないけど、好感度アップって観点だと結構長期的な話になっちゃいそうだ」


 彼が折角提案してくれた案に対し、ついついネガティブに返してしまう俺。

 いわゆるブレインストーミングの場なら避けなければならないことだ。

 ただ、前世の俺は上役達がそういう場で出したアイデアを押しつけられて実行しなければならない側の底辺労働者だったからな。

 あんなこといいなできたらいいなの能天気な意見に振り回された挙句、失敗の責任を負わされた人間も見てきたせいでマイナス面を先に考えてしまう。

 しっかりとデメリットを把握しておかないと、どうにも不安になるのだ。


 ちなみに、ブレインストーミングは無駄という研究報告もある。

 都合がいいだけで現実味も何もない単なるノイズみたいな案に時間を取られ、真に有用なものが今一出てこないといったことが往々にしてあるのだとか。

 とは言え、ポジティブなやり取りはモチベーションや連帯感を高める効果はあるそうなので、うまく使うことができれば有用な側面も間違いなくあるのだろう。

 俺が悪し様に言うのは、うまく使えなかった例しか目にしていないせいだ。


 閑話休題。


「でも、確かにシーズン中じゃ時間がないし、やっても効果が薄いかもね」

「当然だけど、シーズン中は試合がスポーツニュースの中心だからな。埋もれてしまって目立たない可能性の方が高い」


 目立つ目立たないでやるもんじゃないけど。


「でも、まあ、シーズンオフに予定してるのは増やす方向で考えとこう」

「……自分で言っておいてなんだけど、忙しくなり過ぎない? 多分、今オフはメディア出演とか引っ張りダコになりそうだけど」

「そんなのは絞ればいいだけさ」


 別に全部強行したっていいしな。

 俺は【衰え知らず】で【怪我しない】から、自主トレーニングなしで春キャンプに突入したって何の問題もない。

 勿論、あーちゃんには絶対につき合わせないようにしないとだけど。

 いずれにせよ、中長期的な戦略も大事だ。


「今回求められるのは、すぐできて短期的で尚且つ効果的な方法ってことだよね」

「そうなんだけど、さすがにそれは都合がよ過ぎるよな」


 互いに苦笑し合ってから、昇二は再び真面目に考え込む。

 それから少しして、彼はおずおずと口を開いた。


「寄付、とか?」

「それもありだけど、このタイミングだとあからさま過ぎて逆に反感を買いそうなのがな。アナウンスの仕方もかなり難しいだろうし」


 幸いと言うべきか、この前ムーンストーンドームで「当たったら1億円」の看板にホームランをぶち当てて手に入れた1億円もあるのでやれないことはない

 だが、そもそも目的が好感度アップだと余りにも不純過ぎる。

 やらない善よりやる偽善とは言うものの、それこそ下手なタイミングで実行してしまったら相手方に迷惑がかかるかもしれないからな。

 それに、この1億円は既に使い道も考えてある。

 直近はWBW制覇のために色々と入り用なので手をつけにくい。


 当然ながら、いずれは大リーガーよろしくチャリティ活動やら寄付やらは当たり前のこととして行うことになるとは思っているが……。

 それは契約更改してからになるだろう。

 元々小市民な俺だ。

 自分自身には贅沢品や嗜好品はそこまで必要としていないからな。

 この野球に狂った世界でトップレベルのプロ野球選手という立場を維持し続けていれば、自然と余剰資金で溺れるぐらいになりかねない。

 夢のようではあるが、そんな状態は庶民には毒だ。

 むしろ精神安定のためにも、そういったことが必要不可欠になる。


「秀治郎は何かアイデア出ないの?」

「あー、うん。いくつかは思い浮かんだけど……俺も中長期的な話なんだよな」

「とりあえず言ってみなよ」

「笑うなよ?」

「笑わないよ」

「前提として、俺も偶々野球ができてるだけで他はパッとしない男だ」

「む。しゅー君は格好いい。誰が何と言おうと、わたしの最高の旦那様」


 半分ぐらい耳はこちらに傾けていたのか、そんな反論をしてくるあーちゃん。

 これには昇二も苦笑いだ。

 笑うなとは言ったが、こればかりは仕方がない。


 蓼食う虫も好き好き。

 割れ鍋に綴じ蓋。

 まあ、俺とあーちゃんはそれでいいのだろう。


「コホン。ともかく、そんな俺が表立って動いても見苦しいだけかもしれない。なら、最初から好感度の高い存在に擦り寄るのがいいんじゃないかと思うんだ」

「擦り寄るって……卑屈過ぎない? つまるところ、コラボってことでしょ?」

「そう。特に有名キャラクターとのコラボグッズとかどうかなって思ってる」

「成程ね。でも、それって大分短期的な話じゃない? 後、秀治郎は無駄に謙遜してるけど、どっちかって言うと相手側の方がメリットの方が大きい気がする」


 まあ、この世界だとな。

 プロ野球選手のネームバリューは最上位だし。


「まあ、それを対価に好感度を恵んで貰うってことだ」

「また卑屈なこと言って」


 呆れたような目を向けてくる昇二。

 外では「プロ野球選手野村秀治郎」でいるから、仲間内ではそうさせてくれ。


「……けど、好感度アップの効果は多分ホントに相手のおこぼれ程度になりそうだよね。そうなると数打つ必要があるけど、乱発するとありがたみもなくなる」


 考えを整理するように呟く昇二。

 実際、程よく間を置かなければ効果的ではないのは間違いない。

 そもそも今から始動だと、開始時期がちょっと先になってしまう。


「だから、これも中長期的な話になっちゃうってことだね」


 納得したように頷いてから、昇二は困ったような顔で腕を組む。


「うーん。中々ぴったりハマる案がないなあ」

「そこで、わたしの案」


 一通り相談が終わったのか、再び話に参加してくるあーちゃん。

 どうやら彼女の秘密のアイデアは「すぐできて短期的で尚且つ効果的な方法」のつもりらしい。


「詳細、話す気になった?」

「ううん。当日まで内緒」

「当日……」


 うーん。やっぱり誕生日のことだろうか。

 しかし、20日以上も後の話だけど、それはすぐできてに該当するか?

 俺と昇二の案に比べれば、すぐだろうけど。


「ま、悪いことじゃないのは私も保証するから、心配しないで」

「ウチもいいアイデアだと思ったっすよ!」


 首を傾げる俺に、美海ちゃんと倉本さんがそう保証する。

 そこは別に問題視していないけどな。まあ、いいや。

 とりあえず色々と案を考えながら、その日を待つとしよう。


 ……で、結局のところ。

 あーちゃんの計画が明らかになったのは、それから2週間と少し経った日曜日。

 村山マダーレッドサフフラワーズの山形きらきらスタジアムでのホームゲームの試合開始前のことだった。

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