221 【死中求活】
「今日のヒーローは野村秀治郎選手でした! 放送席どうぞ!」
ビジターゲームでの勝利した際のヒーローインタビューは基本的に1人。
試合前の挑発の効果があったのか普通に勝負して貰えた結果、図らずも11打席連続ホームランという異常な記録を作ってしまった俺が選ばれてしまった。
折角7回無四球無失点と好投した美海ちゃんに少し申し訳ない気持ちになりながら、敵地故に極めて無難にインタビューを終えてダグアウトの奥に入る。
すると、9回裏に登板した佐々井選手が神妙な面持ちで佇んでいた。
「すみませんでした」
そして彼は、そう言うと深々と頭を下げてきた。
交代早々、海峰永徳選手にホームランを打たれてしまったことについてだろう。
試合は最終的に64-1というスコアで終わっていた。
つまるところ、この1点によって完封リレーを逃してしまった形だ。
とは言え、それはあくまでも形の上での話に過ぎない。
「いやいや、アレは仕方ないですよ。佐々井さんに責任はありません」
頭を下げ続ける佐々井選手に俺は、そう本心からフォローを口にした。
昨年ドラフト5位で入団したばかりの彼。
いい経験になるだろうからと登板させたが、ちょっとした想定外があった。
これは完全に俺の落ち度だ。
「第4打席の海峰選手はこれまでと一線を画していました。あの打席だけは、アメリカ代表にも比肩するレベルのスイングをしていましたからね」
「確かに、怖さを感じるぐらいのスイングスピードでしたが……」
海峰永徳選手の本日最終打席。
美海ちゃんが降板した段階でそれに合わせて倉本さんの代わりにキャッチャーマスクを被っていた俺は、間近から彼のバッティングを見ていた。
初球で違和感を抱いた。
それまでの3打席とはかけ離れた、鋭く空気を切り裂くような音もしていた。
だから2球目からは細心の注意を払ってリードしたつもりだった。
しかし、しっかりコースにコントロールされた球を思いっ切りぶっ叩かれた。
打たれた瞬間、スタンドインすると確信させられてしまった。
「アレに関しては……まあ、海峰選手を褒めるしかないですよ」
本音を言えば気に食わないけれども。
事実は事実だ。
それは認めなければならない。
「そう、でしょうか」
「そうです。それに、佐々井さんは俺の要求通りに投げてくれました。失投ではなかった以上、打たれたのはキャッチャーである俺のせいです」
佐々井選手はまだまだ成長途上でステータスが伸び切っていないため、最後投げさせる球にちょっと困ってしまったのも事実ではあるけれども。
それを言うなら未熟な投手を登板させた首脳陣、即ち投手コーチの責任になる。
いずれにしても、俺が悪いのは間違いない。
「ともかく、あの瞬間だけは奇跡的にWBWレベルの勝負ができたと言っても過言ではありません。むしろ、いい経験ができたと思っておくべきでしょう」
真摯に言葉を重ねる。
すると、佐々井選手は俺が本気でそう思っていることを理解できたようだ。
「気に病む必要はありません。ただ冷静に分析して、次に繋げましょう」
「……はい。分かりました」
そう応じた彼は安堵したように表情を和らげた。
俺にとってもいい経験にはなった。
あの打席の海峰永徳選手であれば、練習相手としてはそう悪くはないだろう。
チームメイトとしては断固拒否するが。
「さあ、撤収しましょう」
「はい」
何はともあれ、敵地に留まっていても仕方がない。
それ以上に、俺達が打ちまくったせいで試合時間が長くかかってしまったのだ。
とっととホテルに戻って明日の試合に備えるべきだろう。
全員そそくさとバスに乗り込んで、お隣東京都の立川市に向けて出発する。
「けど、最後のアレは何だったの? ホントにもの凄いスイングだったけど」
最後列に陣取ったいつもの面子から、美海ちゃんがそう問いかけてくる。
試合前とは打って変わって普段通りの様子だ。
ドーム球場であるせいか、あるいは、やはり小細工があったのか。
ナックルはシーズンワーストという出来ではあったものの、それを餌に2種類のスライダーを効果的に使って埼玉セルヴァグレーツを完全に封じ込めた。
もはやドラフト会議直前特番での大炎上は過去のものという感じだ。
今日の成功体験で、うまい具合に上書きすることができたらしい。
ただ――。
「腐っても日本一ってことなのかしら……」
海峰永徳選手に対しては、最終打席のあの強烈なホームランのせいで乗り越えるべき強敵感が残ってしまったようだ。
まあ、彼女自身が打たれた訳ではないけれども。
そう思わせるだけのスイングだったのは間違いない。
佐々井選手にも言ったが、あの打席だけは本当に大リーガーレベルだった。
「わたしも疑問。前の3打席と余りにもかけ離れてた。どうして?」
俺の中には彼女達の問いに対する確かな答えがある。
だが、しかし。何と答えたものか……。
これもまたスキルだのステータスだのに関連した話であるだけに困ってしまう。
「……どうにもならない状況で、逆に開き直ったんじゃないか?」
とりあえず適当なことを口にしてみるが、やはり2人共納得できていない顔だ。
とは言え、あれは【隠しスキル】【死中求活】のせいだなんてことは言えない。
あの時。いきなり鋭くなった海峰永徳選手のスイングを目の当たりにして、俺は思わず彼のステータスに異常が起きていないか確認した。
すると、少なくとも今日の第3打席目までは影も形もなかったはずの新しいスキルが【取得スキル一覧】に生えていた。
それこそが【隠しスキル】【死中求活】だった。
正樹がいつの間にか取得できるようになってた【雲外蒼天】と同じ分類になる。
【雲外蒼天】は選手生命に関わる大怪我を繰り返すことが発生条件だったが……。
海峰永徳選手が取得した【死中求活】の場合は『50点差以上ついた試合で、モチベーションが極めて高い状態で打席に立つこと』だった。
50点差の試合というだけであれば、海峰永徳選手は大分前に経験している。
前々回のWBWでアメリカ代表と当たった時だ。
あの試合でも最後に同じように彼が申し訳程度の反撃をしていたが、恐らく今回と比べるとモチベーションは著しく低かったのだろう。
対照的に、今日の最終打席は俺達への対抗心によって本気で臨んだ。
結果、そのスキルを取得するに至った訳だ。
そして【死中求活】の効果は『ビハインドが大きければ大きい程、それに応じてステータスが大幅に上昇する』というもの。
最終打席は64点差の状況だった。
結果、アホ程最終ステータスが上昇し、アメリカ代表クラスになった。
それが誰もが驚愕したスイングの絡繰りだった。
「後に引けなくて、無我夢中で挑んで無心になれたんだろう」
「つまり試合の前にあんな偉そうなことを言っておきながら、3打席目まで3タコだった上にタイムリーエラーなんて醜態を晒したおかげ?」
冷たい口調で彼の失態を並べ立てるあーちゃんに皆で苦笑する。
DH制を採用している公営パーマネントリーグの球団主催の試合なので海峰永徳選手はDHで出場していたが、途中でDHを解除されて三塁の守備についていた。
点差が余りにも開き過ぎたため、埼玉セルヴァグレーツは勝利を諦めて投手を温存する方向に舵を切ったのだろう。
先発の西牧選手の後はしばらく敗戦処理のピッチャーで繋いでいたが、6回途中からは野手を登板させることにした。
その1番手がショートの中井和之選手だった。
彼は高校時代に投手経験があるらしく、それ故に白羽の矢が立ったようだ。
それはともかくとして。
スタメンの野手登板によってDHは解除され、海峰永徳選手はサードに入った。
そこで思いっ切り悪送球をしてしまい、タイムリーエラーを記録していた。
丁度、第4打席の直前の守備だ。
「まあ、実際。精神的に追い詰められていたのは確かなんじゃないか?」
第3打席の時点で既に50点差がついていたのに、最終打席でスキルが発現した理由はその辺りにあるのだろう。
「うーん……火事場の馬鹿力って奴?」
俺の言葉に胡散臭そうな顔をする美海ちゃん。
だが、こちらとしてはそれ以上のことは言えない。
急に新たなスキルを得てパワーアップしました、なんて荒唐無稽にも程がある。
そうであるだけに、この世界の裏側を知らない者には辿り着きようがない話だ。
余り納得できない内容だったとしても、一先ずは受け入れるしかないだろう。
「けど、あれでまた微妙に延命しちゃったっすね」
佐々井選手に配慮してか、少し声を潜めるようにして言う倉本さん。
何とも嫌そうだ。
陸玖ちゃん先輩達に調べて貰ったデータを受け、彼は肝心な時には役に立たない選手だということは全員の共通認識となっている。
その上で、今年のWBWにおける日本代表の惨敗。
更には埼玉セルヴァグレーツの歴史的な低迷。
双方で数字にまで明確に表れている選手達の不調。
そんな日本代表チームと埼玉セルヴァグレーツの共通点。
これらのことから彼女達も既に、海峰永徳選手がチームにとってマイナスに働く存在であると断定的に考えていた。
日本代表に選ばれて欲しくないという俺の考えに全面的に同意するぐらいには。
まあ、彼の言動を振り返れば、能力云々関係なく同じチームは嫌だろう。
女性選手云々で絡まれていた彼女達は特に。
「けど、あのスイングが常時できるんだったら一考の余地はあるんじゃない?」
「常時できるなら、な」
ちょっとだけフォローするように問うてきた昇二に、否定の意を込めて答える。
あれは負け確という程に点差が離れていないと発揮できない力だ。
負けたら終わりの勝負では、無用の長物としか言いようがない。
「無理なの?」
「…………それは今後の試合を見ていけば分かるだろ」
無理だと断定したかったが、明確な根拠はない。
なので、そう曖昧に返すに留める。
こういうのも全く以って面倒臭い。
海峰永徳選手。本当に厄介な存在だ。
一刻も早く日本代表候補から除外して区切りをつけたい。
正直、思考のリソースも割きたくない。
そう心底思うが、さすがに明日の試合ですぐにとは行かないだろう。
実績という鎧を打ち砕くには、地道に負の実績を作り続けるしか道はない。
急いてはことを仕損じるとも言う。
「今はとりあえず明日だ。今度こそ、徹底的に抑え込んでやらないと」
「……海峰永徳選手も埼玉セルヴァグレーツも御愁傷様ね」
俺の言葉に肩を竦め、同情気味に言う美海ちゃん。
巻き添えを食ってしまう選手達には確かに申し訳ない気持ちもある。
けれども、海峰永徳選手にだけ本気を出すというのは彼を特別視しているように捉えられてしまう恐れもあるだろう。
だから、明日は身内の育成も度外視し、ひたすら全力で投げ込む。
それだけを考えて臨む。そう決めた。
「この選択が海峰永徳選手のキャリアを完全に終わらせることになると、今のしゅー君には知る由もなかった」
「え」「茜?」
「……冗談」
いや、【直感】持ちのあーちゃんが言うと冗談に聞こえないんだけど……。
数秒先までしか効果を及ぼさないはずだから、気にしないでおこう。
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