211 世界の同世代①

「その前に。リマインドになりますが、ご存知の通り現在のWBWアメリカ代表選手達は世界最高峰の大リーグにおいても極めて突出した成績を収めています」


 プレゼンターとしてプロジェクタースクリーンの傍に立った佐藤さんは、スライド送り機能つきのレーザーポインターを操作して画面を切り替える。

 表紙に次いで表示されたスライドには、3月に開催された第31回WBW優勝メンバーの昨シーズンの成績が綺麗に纏められていた。

 ザッと見ても、とても野球に関連したデータだと思えない数字が並んでいる。


「日本プロ野球1部リーグよりも遥かにレベルが高いアメリカ野球において、打者は打率5割超え。50本塁打もザラ。投手も先発は当たり前のように30勝以上挙げ、抑えは異次元のK/BBを誇っています」


 レーザーポインターをプロジェクタースクリーンに向け、佐藤さんが続ける。

 彼女が示した異次元のK/BBを誇る選手は……モー・サンドマン投手だな。

 年間与四死球0という規格外の記録を残したせいで指標が壊れてしまっている。

 奪三振率と与四球率に分けても大概だ。

 前者は今年20を普通に超えており、与四球率は0なのだから。

 そんなサンドマン投手以外の選手の数字も、当然の如く異常値が並んでいる。

 1人残らず化物としか言いようがない。


「日本代表は、そんな非常識極まりない存在に挑まなければなりません」


 厳しい表情の彼女に「正にその通りなんだよなあ」と深く深く頷く。

 レジェンドの魂を持つ彼らが初めてフルシーズン出場して以来。

 全てにおいて格上であるアメリカ野球界ですら、過去の常識が破壊されている。

 投手は相変わらずの無双状態。それどころか成長の跡すら見られる。

 打者に至っては申告敬遠の乱用に制限がかかって勝負を強要される状況が増えたこともあり、今や現実味のない数字に成り果ててしまっている。

 レジェンドの魂を持つ者同士の勝負だけが、唯一常識的な対戦結果だ。


 こうした現実を再認識してしまうと、改めて野球狂神には「ちゃんとバランス調整しろよ」と文句の1つもぶつけてやりたくなる。

 だが、相手は神。人ならざる者。言っても詮ないことだ。

 どうせ、前世の野球関連のフィクションを見て大雑把に作り上げたのだろう。

 自分の享楽優先で。

 野球という競技が生まれる過程を考えるのが面倒だったからか、歴史に至っては前世で言う第1次世界大戦の辺りまで丸パクリな訳だしな。

 むしろ、野球選手育成ゲームの範疇に留まっているだけマシなのかもしれない。

【成長タイプ:マニュアル】への救済措置がないことは擁護できないけれども。


 …………ああ、いや、一応それが俺達か。

 極めて限定的な修正パッチだけどな。

 っと、思考が大分横道に逸れてしまった。

 何にせよ、今は佐藤さんの報告に集中しよう。


「――しかし、WBW制覇への障害はそれだけではありません。何故なら、全ての国が自国の威信をかけ、1つでも順位を上げるために日々研鑽を積んでいるからです。そして、あわよくば世界の頂点に立とうと隙を窺っています」

「御華ちゃん、前置きが長いよぉ」


 仰々しく告げる彼女に、藻峰さんが横から苦言を呈する。

 大事なところだとは思うけれども、冗長なのも否めない。

 まあ、端的に言えば。

 日本だけが打倒アメリカに動いている訳ではないということだ。

 ちゃんと目に見えた成果が出ているかどうかは、全く別の話だけれども。


「最初に申し上げた通り、本日は海外で頭角を現した選手の紹介です。いずれは日本代表の前に立ちふさがる可能性の高い存在となります。既に各国の最上位カテゴリーで活躍し始めており、国の代表選手に選ばれることはほぼ確実と思われます」


 つまるところ、今の俺達と似たような立ち位置にある選手という訳だ。

 そのように考えると……。

 俺に近しい存在、あるいは俺のような存在が身近にいる選手なのではないか。

 そんな推測が脳裏に浮かび上がるのも無理もないことだろう。

 と言うより、そろそろ本格的に現れるだろうと思ったから調査を依頼したのだ。

 果たして――。


「まず紹介するのはイタリア最高峰のプロリーグ、スクデットリーグに今年から加わった異色の球団。その中心人物になります」


 スライドが切り替わって映し出されたのは1人の伊達男。

 如何にもイタリアーノという感じの雰囲気を醸し出している人物だった。

【マニュアル操作】が見せる彼のステータスを見て確信する。

 間違いなく転生者だ。

【マニュアル操作】【離見の見】を持ち、更に2つ【生得スキル】を持っている。


「ルカ・デ・ルカ選手。18歳。左投げ左打ち。ポジションはピッチャーとショート。当然の如く二刀流です。Max167km/hを誇る剛速球といくつもの変化球、既にシーズン2桁ホームランを記録した打力。秀治郎選手を彷彿とさせます」


 彼は【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】のような怪我のリスクと引き換えに【体格補正】を引き上げるスキルは取得していない。

 しかし、最高球速から最終ステータスが高水準なのは見て取れる。

【体格補正】が俺よりも優れているのだろう。

 実際、写真でも体格のよさが分かる。

【超晩成】でゴツく成長している昇二と同等というところか。

 羨ましい限りだ。

 まあ、昇二はまだもう少し成長するはずだけど。


 この選手……と言うか、彼の所属する球団の最もユニークな特徴は別にある。

 それを成し得ているのは、彼が持つ2つの【生得スキル】だ。


【プレイボーイ】

『チームメイト、またはバフの対象に選べる【関係者】に含まれている女性の人数に応じて自分のステータスにバフがかかる』

【パトロネージュ(対女性)】

『チームメイト、またはバフの対象に選べる【関係者】の女性に対し、自身のステータスと自身に対する好感度に応じたバフをかける』


 イタリア人への偏見そのままみたいな【生得スキル】だが……。

 取得したのは彼自身だ。

 間違っても俺のせいではない。

 野球狂神もこんなところは関与しないはず。

 恐らく前世から、そういった如何にもな性格の人物だったに違いない。


 それはともかくとして。

 このような【生得スキル】を活かすことができるチームがどういうものかは、効果を見れば自ずと予想がつくだろう。

 そして実際に。

 彼が所属する球団は正にその通りのチーム構成となっていた。


「ルカ・デ・ルカ選手が所属している球団、キウーザ・カネデルリは何と彼と2人のキャッチャー以外の野手が全員女性選手となっています」

「ちなみに今のところ女性選手はチームに12人いるよぉ」

「12人も!?」


 藻峰さんの補足に美海ちゃんが驚愕の声を上げる。


「はい。そしてキウーザ・カネデルリは現在スクデットリーグの1位を独走中。所属女性選手とルカ選手自身で打撃関連の個人成績10傑を埋め尽くしています」


【パトロネージュ】には仲間全体に効果のある無印バージョンの他に、対象が限定された【パトロネージュ(対未成年)】と【パトロネージュ(対女性)】がある。

【パトロネージュ(対女性)】は対象が女性限定となっており、そうであるが故に通常の【パトロネージュ】よりも著しく効果が向上している。

 その度合いは不正確だが、佐藤さんが示した個人成績を見る限り国のトップ層を優に超えていると見ていいだろう。

【プレイボーイ】の効果も考えると女性選手が多ければ多い程よさそうだが……。


「ピッチャーは男性選手だけなのね。……球速の問題かしら」

「そうみたいですね」

「やっぱり。勿論、球速が全てって訳じゃないし、私も言い訳にするつもりはないけれど、速い球を投げられるに越したことはないものね」


 難しい顔をする美海ちゃん。

 彼女も女性プロ野球選手として思うところがあるようだ。


 ルカ選手も検証した上でピッチャーに女性を据えていないはずだから、最高球速に下駄を履かせる効果は【パトロネージュ(対女性)】にはないと考えていい。

 他のスキルを見渡しても、怪我率の上昇と引き換えに【体格補正】を向上させる類のものしか最高球速を上げる術はないからな。

【パトロネージュ(対女性)】も多分に漏れないと見て間違いない。


 2人のキャッチャーがどちらも男なのは、捕手用スキルの確保が最強のチームを作る上で最重要となる項目の1つだからだろう。

 これが中々難しい。

【成長タイプ:マニュアル】でもなければ、都合よく取得させることはできない。

【成長タイプ:キャッチャー】で守備適性も本人の希望もマッチしていて、自然と捕手用スキルを網羅している選手を探すのは余りに博打が過ぎる。

 しかし、不遇な【成長タイプ:マニュアル】に生まれながら、野球をやり続けようという強い意思を持ち続けられる者は少ないからな。

 最初から女性限定としてしまうのは条件的に厳し過ぎる。

 俺にあーちゃんや倉本さんのような仲間がいるのは完全に運だ。

 あるいは、物欲センサーの影響かもしれない。


 とにもかくにも、無闇矢鱈と女性に拘っていない辺り。

 彼も欲望を優先させているように見えて、肝は押さえていると言えなくもない。

 まあ、運よく条件に合致する女性がいたら即座に入れ替えにかかるかもだけど。

 いずれにせよ――。


「要注意だな」


 女性選手も脅威だが、何よりもルカ選手自身。

 イタリア代表に選ばれる女性選手の人数、それとバフの対象に選べる女性【関係者】の人数次第だが、最高球速以外の最終ステータスは俺以上だろう。

 そんな彼が先発の時に当たったら、かなり厳しい戦いを強いられることになる。

 今後も注視が必要だ。

 後でその旨、インターンシップ部隊に伝えておくとしよう。


「では、次の国の選手の紹介に行きます」

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