210 インターンシップ報告会
シーズン開幕戦から2週間と少し経った4月のとある月曜日のこと。
俺は村山マダーレッドサフフラワーズ球団事務所の会議室にいた。
あーちゃんも隣にいるが、彼女は少しだけ眠そうにしながら椅子に座っている。
昨日は富山ブラックグラウスとのビジターでのデーゲームがあった。
それを含む3連戦も特に危なげもなくスイープできたものの、その日の内にチャーター便で慌ただしく県内に帰ってきたので少し疲れが残っているのだろう。
まあ、移動距離そのものは2部リーグや3部リーグの頃から然程変わっていないけれども、対戦相手が1部リーグの球団だからな。
ここまで圧勝できているとは言え、試合での体力の消耗はコチラの方が激しい。
疲れが見えてしまうのも、無理もないことだろう。
体力消費軽減・体力増強系のスキルを取得している彼女でそれなのだから、それらを持たない【成長タイプ:マニュアル】のチームメイトは言わずもがなだ。
そんな訳で。
村山マダーレッドサフフラワーズの選手は全員、火曜日から始まる札幌ダイヤモンドダスツとの本拠地3連戦に備えて休養日ということになっていた。
当面は1部リーグでのサイクルに慣れることを優先しているので、球団側から選手達に休日返上で練習しろといった指示が出ることは基本的にない。
負けが込んでくるまでは、このままの感じで行くことになるはずだ。
そんなオフの日に俺達は球団事務所に来ている訳だが、他に人の気配はない。
ここの職員はお休みだ。
移動日に合わせる形で、事務所は月曜日が定休日ということになっている。
だから、お義父さんに頼んで特別に会議室を利用させて貰っていた。
その目的はと言えば――。
「何だか、陸玖ちゃん先輩と直接会うのは久し振りな気がするわ」
俺の隣(あーちゃんとは反対側)に座る美海ちゃんが口にした通り。
陸玖ちゃん先輩……を始めとしたインターンシップ部隊と会うこと。
そして彼女達から報告を受けるためだ。
「ちょくちょくSIGNとかで話はしてたっすけどね」
「大学にインターンシップに凄く忙しそうだったし、僕達は僕達で春季キャンプからこっち落ち着かなかったから、顔を合わせるのはね」
美海ちゃんの奥にいる倉本さんと昇二が、同意するように頷きながら続ける。
休養日だと言うのに、いつもの5人は当たり前のように揃っていた。
これがインターンシップ部隊による活動報告会の場であると全員分かっている。
明日の試合に役立つような報告内容ではないこともまた。
しかし、それは彼女らも承知の上。
目先の利益になることはなくとも、無関係ではない。
無関係にはならないという意思を持つが故に、この場にいるのだ。
意識が高い仲間を持つことができて嬉しい限りだ。
そんな仲間が今日はここにもう1人いる。
まだ時間になっていないので、陸玖ちゃん先輩達は来ていないが……。
「しかし、俺もいてよかったのか? 今日の面子とは初対面なんだが」
「当たり前だよ、兄さん。ね? 秀治郎」
「ああ。正樹も打倒アメリカの重要な戦力で、大事な仲間だからな。そうでなくたって正式な村山マダーレッドサフフラワーズの選手。いて悪いことなんてない」
「……そうか」
県内でリハビリ中の正樹。
今日は彼も休養日ということにして、この報告会に参加してくれている。
余り根を詰めても逆効果なので、気分転換にいいだろう。
別に女性比率が高くなり過ぎるから誘った訳ではない。
ちなみに、リハビリの経過は今のところまずまずとのこと。
サポートをお願いしている青木さんと柳原さんからは、そろそろキャッチボールを再開してもよさそうだという報告を聞いている。
肘靭帯断裂と肩腱板断裂の手術を受けてから約7ヶ月と少し。
特に靭帯再建手術は2度目なのもあり、かなり慎重に経過を見て貰っている。
それでも尚、右での投球が完全に元に戻るかは分からない。
と言うより、可能性は極めて低いと俺は見ている。
勿論、ステータスは【生得スキル】【衰え知らず】で維持できているが……。
適切なフォームで違和感なく投げることができなければ、能力を発揮できないどころか再び大怪我を負いかねないからな。
代替案としてのサウスポー転向はだからこそだ。
と言うか、右投げがどのような結果になろうと左投げを仕上げるのは確定事項。
なので、同時並行的にそのための練習も始めている。
ただ、こちらもまだまだフォーム固めの途中。
肘に負担がかからないように、少しずつ少しずつ段階を踏んでいるところだ。
左も既にスペックだけは最上級であるだけに、無駄のあるフォームで力を込めて投げてしまうと必然的に負担も大きくなってしまう。
慎重に慎重を重ねて然るべきだ。
故に前回以上の長期的なリハビリ計画となっているのだが……。
少なくとも表面上、正樹に焦りは見られない。
医師として磐城大吾氏が懇切丁寧に方針を説明してくれているし、正樹も2度目。
靭帯損傷も含めると3度目のリハビリだ。
打倒アメリカには完全復帰した彼の力が必要不可欠だと繰り返し伝えていることや、1部リーグのプロ野球選手という確固たる立場を得たことも大きいだろう。
安心感がまるで違う。
まあ、いずれにしても。
彼には万全の状態で復帰して、その実力で世間を驚かせて欲しい。
そんなことを考えていると、会議室の扉が勢いよく開いた。
「遅れてしまって申し訳ありません」
インターンシップ部隊が焦り気味に入ってくる。
今日のメンバーは4人。
陸玖ちゃん先輩、五月雨月雲さん、佐藤御華さん、藻峰珠々さん。
彼女らを代表して頭を下げたのは佐藤さんだ。
尚、報告会の開始時間にはなっていないので遅刻ではない。
「こちらが早く来てしまっただけなので、問題ないですよ」
「ありがとうございます」
そう言って再度頭を下げてから、ノートPCを開いて準備を始める佐藤さん。
陸玖ちゃん先輩は初対面の正樹をチラッと見て少し顔を強張らせたが、自分の陰に隠れた五月雨さんを見て表情を引き締めた。
人見知り度の高い五月雨さんの手前、落ち着かなければと頑張っているようだ。
「皆さん、まずは15連勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。皆さんを落胆させずに済んでホッとしています」
準備を終えた佐藤さんの言葉に、微笑みを浮かべながら返す。
ここまで来て村山マダーレッドサフフラワーズの実力を疑う者は大幅に減った。
残っているのは引くに引けずにアンチになってしまった者ぐらいだ。
そのことを、球団を推してくれているファンは何より喜んでくれていると聞く。
ありがたい話だ。
「開幕15連勝は日本プロ野球史上初。今正に歴史を作っているところですよ!」
と、珍事好きの陸玖ちゃん先輩がいきなりテンションMaxで力説する。
確か日本プロ野球の開幕最多連勝記録は11連勝だったはずだ。
通常の最多連勝記録は18となっている。
今は一先ずそこが目標だな。
「野村君も5戦5勝。開幕から5試合連続完投勝利。色んな記録が目指せます!」
陸玖ちゃん先輩の興奮は留まるところを知らない。
連続完投勝利は11、開幕連続勝利は24、通算連続勝利は28だ。
個人としても当然そこは狙っていくつもりだ。
勿論、他の様々なシーズン記録も狙っていきたい気持ちはある。
「で、でも、圧勝も、き、記録尽くしも、必ずしもいいことばかりでは……」
陸玖ちゃん先輩の後ろから、おずおずと五月雨さんが言う。
冷や水を浴びせるような発言だが、それは正にその通りだ。
俺は彼女を肯定するように深く頷いて口を開く。
「球団格差、選手格差が酷いって証でもありますからね」
別に日本の中で気持ちよくなっていればいいのであれば、それでもいい。
しかし、俺達の最終目標はそんなことではない。
打倒アメリカ。
それを考えると、この状況は決して褒められたものではない。
俺達の上位互換とも言える現アメリカ代表選手達に、これまでの日本代表が太刀打ちできるはずもないことは一目瞭然だ。
ハッキリ言って、これでは困る。
もっと高いレベルで競い合える状態にならなければ。
「……とりあえず、日本プロ野球界に衝撃を与えることはできました。けど、ここからは全体的なレベルアップを図るために色々やっていかないといけません」
そのためには、時に個人の成績を度外視した行動も必要になってくるだろう。
この世界特有の制度も活用し、次のステップに進んでいかなければならない。
「まあ、その話はまた別の機会にしましょう。今日の用件が終わらなくなります」
「あ、そ、そうですね……」
恐縮したように小さくなる五月雨さん。
「いや、大事なことです。ありがとうございます、五月雨さん」
顔を赤くして「感謝される程のことじゃない」と言うように首を横に振る彼女を微笑ましく感じながら、こんな言動に反して急進的なんだよなあと思う。
それもまた今生の日本プロ野球界に必要な要素だろうけれども。
ともかく、今日はインターンシップ部隊による報告会の場だ。
「すみません、佐藤さん。お願いできますか?」
「はい」
彼女は机に置かれたノートPCを操作し、プレゼンテーションソフトを起動してプロジェクタースクリーンにスライドを全画面で表示させた。
今日この場でインターンシップ部隊が報告する内容は――。
「では、海外で頭角を現してきた選手について、ご紹介したいと思います」
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