197 安藤塾
そして1月中旬。予定通り、俺は1人沖縄へと飛んだ。
宮城オーラムアステリオスの主砲たる安藤譲治選手がここ数年毎年開催している公開合同自主トレーニング、いわゆる安藤塾に参加するためだ。
参加者のほとんどは宮城オーラムアステリオスの選手だが、それだけではない。
中には公営1部パーマネントリーグ所属の北海道フレッシュウォリアーズの選手や、私営1部イーストリーグ所属の札幌ダイヤモンドダスツの選手もいる。
聞くところによると、寒冷地在住の選手に練習場所を提供しているのだとか。
だからこそ、俺も参加が許された側面もあるかもしれない。
元々気さくな印象だった安藤選手だが、面倒見もいいようだ。
「……にしても、沖縄は本当に暖かいな。1月なのに」
那覇空港から目的地への道すがら、嘆息気味に独り言を呟く。
1月の沖縄は平均気温17℃前後。
山形県は平均気温が0℃前後なので、正に世界が違うと言っていいレベルだ。
海からの風で意外と冷えるとは言うものの、東北の冬仕様の重武装では暑い。
とりあえずダウンジャケットはすぐに脱いだ。
宮城オーラムアステリオスの本拠地である宮城県も1月の平均気温は2℃前後。
自主トレーニングを沖縄で行いたくなるのも無理もないことだろう。
特に今日は気持ちがいい程の晴天で、スポーツ日和という言葉に相応しい陽気。
東北との差を尚のこと感じて、そう強く思ってしまう。
そんな風に冬の沖縄の暖かさを羨みながら歩いていくと、やがて
時刻は14時。
練習時間は9時30分から15時とのことなので、既に練習も終盤だろう。
とりあえず今日は挨拶だけのつもりだ。
それでも一応更衣室でトレーニングウェアに着替え、まず主催者の下に向かう。
「安藤選手、今日からしばらくお世話になります。よろしくお願いします」
「ああ、よく来てくれたな」
俺が頭を下げてそう言うと、彼は人のよさそうな笑みを浮かべて口を開いた。
それから握手を求めるように右手を差し出してきたので、その手を握る。
すると、どこからともなく集まってきていたカメラマンがフラッシュを焚く。
地元のテレビ局もいるようで、業務用のビデオカメラも何台か回っていた。
……しかし、随分と人数が多いな。
勿論、彼らの目的がどこにあるのかは分からない。
ポジティブなものなのか、ネガティブなものなのかも不明だ。
とは言え、俺という存在の注目度が高いのは確かな事実のようだ。
「野村選手……いや、秀治郎選手と呼んだ方がいいか?」
「ええ、妻も野村選手になりますからね」
このやり取りも、多分テレビで使われるんだろうな。
そう思いながら苦笑気味に答える。
「しかし、幼馴染と結婚か。羨ましい限りだな」
「いやいや、何言ってるんですか。球界一の愛妻家としても有名な安藤選手が」
「勿論、俺の妻は世界一だが、プロ野球選手夫婦というのは唯一無二だろう? 特別なものを感じざるを得ないのは、当事者である君にだって理解できるはずだ」
それこそ当事者であるだけに、そんな風に言われるとちょっと反応に困る。
結構な数のカメラマンや記者の前だけに尚更だ。
とりあえず、曖昧に頷いて「ええ、まあ」とだけ返答してから話題を変える。
「……それよりも、どうです? 今シーズンの宮城オーラムアステリオスは」
「そうだな。面子が去年と大きく変わってない以上、やはり山崎に期待がかかる」
「去年、大ブレイクを果たしましたからね。首脳陣としては当然、昨シーズンの終盤戦のような活躍を年間通してしてくれると見込んでることでしょう」
少し離れたところからこちらの様子を窺う山崎選手をチラッと見ながら言う。
どうやら、まだ俺のことを意識してくれているようだ。
【生得スキル】【切磋琢磨】と【万里一空】を持つ彼は、同格か格上の選手を強くライバル視していると【経験ポイント】をより多く取得することができる。
【成長タイプ:バランス】なので自動分配だが、取得量でカバーしている感じだ。
加えて【万里一空】には、対象となるライバルが所持している
これらは、相手のステータスやスキルが充実している程いい。
つまり彼が俺を超えてやろうと思えば思う程、その成長は著しくなる訳だ。
と言うか、実際にそうなった結果が去年の大ブレイクだった。
「9月、10月のホームラン量産体制は本当にお見事でした」
改めて大ブレイク前後の映像でステータスを確認したところ、バッティングに好影響を及ぼすスキルを丁度その時期にいくつも取得していた。
オープン戦で対戦した時から6、7ヶ月経って基礎ステータスも十分高くなった頃ということもあり、相乗効果で主にバッティング能力が一気に開花した形だ。
「ああ。正に覚醒と呼ぶに相応しい活躍だった。あれ程の急成長は、それなりに長くこのプロ野球界にいる俺でもそうそう見たことがない」
安藤選手の言葉に頷く。
昨シーズン終盤の山崎選手の活躍は、正に新時代の台頭という感じがした。
見ていて非常に気持ちがよかった。
現行日本一の海峰永徳選手の焦りが感じられるかのようだった。
しかも、これは一過性のものではない。
ステータスや未取得のスキルを見る限り、まだまだ伸び代がある。
だから、今シーズンは昨シーズン以上の無双っぷりを見せてくれる。
期待とか見込みとかではなく、数字の上での事実として俺は確信している。
「投手力も悪くはないし、今年はいいところまで行けるんじゃないかと思ってる」
「そうですね。俺もそう思います」
先発の岩中選手と岸永選手は健在。まだまだ衰えはない。
クローザーの福藤選手も万全。
他の投手に関しても、安藤選手の言う通り悪くはない。
まあ、特別優れている訳でもないのだが、そこまで大崩れはしないはずだ。
野手も野手で鉄川選手に真木選手、安藤選手とネームバリューがある。
そこへ来て山崎選手の覚醒というポジ要素。
安藤選手がそのように判断するのも、十分理解できる話だ。
そして実際に。
昨シーズンよりも期待が持てるシーズンになるのは間違いない。
長年のファンである父さんもそう言っている。
「ただ……」
宮城オーラムアステリオスは公営パーマネントリーグ所属の球団。
同リーグには去年と大きく異なる点が1つある。
磐城君の存在だ。
そして、それが意味するところは明白だ。
「今年の兵庫ブルーヴォルテックスは、去年以上に要注意ですよ」
昨シーズン。
安定した強さで勝利を積み重ねてリーグ優勝を果たしたかの球団は、プレーオフも順当に勝ち抜いて日本シリーズに出場した。
そして私営イーストリーグ1位の静岡ミントアゼリアーズを下して日本シリーズ決勝戦に進み、公営セレスティアルリーグ1位の大阪トラストレオパルズと激突。
そこで惜しくも敗北してしまった。
しかし、それでも公営パーマネントリーグの雄であることに変わりはない。
兵庫ブルーヴォルテックスは、そもそもが若手主体の球団。
昨シーズンのレギュラー選手は衰えもなく、全員残っている。
むしろ成長しているぐらいだ。
そこに新神童たる磐城君が加わる訳で、もはや巨大戦力と言っていい。
大袈裟な話ではない。
とにもかくにも磐城君の加入は大きい。
投手としても打者としても既に超一級品で、尚且つ二刀流も可能。
そんな彼と比べられては、さすがに山崎選手も今の段階では霞んでしまう。
兵庫ブルーヴォルテックスの強さは盤石。
紛うことなき公営パーマネントリーグの優勝候補筆頭だ。
安藤選手にも宮城オーラムアステリオスを推している父さんにも悪いが、日本シリーズに出てくるのは今年も兵庫ブルーヴォルテックスだろう。
勿論、怪我人が続出すれば話は別だが……。
逆に言えば、それ程の事態に陥らなければ覆せないレベルということでもある。
「まあ、分かっているさ」
安藤選手は俺の言葉にそう応じるが、恐らく認識を正確に共有できていない。
確かに彼は、俺という選手のことも自分の目で見て評価してくれてはいる。
恐らく磐城君のことも自ら映像で確認し、脅威を感じてもいるのだろう。
だが、まだまだ認識が甘いと思う。
もし俺が宮城オーラムアステリオスを率いて日本一を目指すなら。
同一リーグの敵球団に磐城君が加わった時点で、まずリーグ優勝は諦める。
ペナントレースは2位狙い。
プレーオフでの下克上のため、ひたすら撒き餌に使う。
後は如何に短期決戦で戦力差をひっくり返すか。
そういった勝負になってくる。
その際にも立ちはだかってくるのは磐城君だ。
上位の球団に大きなアドバンテージがあるプレーオフで下剋上するには、どこかで必ず彼を攻略しなければならないタイミングが出てくる。
それができなければ、日本シリーズへの進出も至難の業となる。
磐城君はそれぐらい影響力のある選手だ。
だからという訳ではないが――。
「磐城選手のピッチング、体験してみませんか?」
俺は球場にいる他の選手にも聞こえるように問いかけた。
「ん? どういう意味だ?」
「近いところは俺がトレースできるので、バッティングピッチャーをしますよ」
軽い口調で告げたせいで咀嚼し切れないのか、安藤選手は口を噤んでしまう。
その間に。
「まあ、さすがに今からだと時間的に余裕がないので、明日になりますけど……」
俺は少し煽るように、鷹揚に周囲を見回しながら続けた。
「誰か、我こそはという方はいらっしゃいませんか?」
「……であれば、是非とも勝負させて下さい」
すると、山崎選手が自ら名乗りを上げてくれた。
正に我が意を得たり。
心の中で快哉を叫ぶ。
彼にこそ体験して貰いたかったのだ。
磐城君と真っ向勝負ができる。
現状ではまだまだ不足があるとは言え、そんな可能性があるのは宮城オーラムアステリオスに限らず俺達以外では山崎選手ぐらいだろうからな。
勿論、磐城君に恨みがある訳じゃない。
むしろ逆。
大リーガーに近いところにいる優れたバッターとの対戦を経験して貰うためだ。
いずれWBWで日本代表として戦っていくのに必要不可欠な経験だろう。
その後、何とか復活した安藤選手の許可も取り、あっと言う間に翌日。
俺は屋外球場のマウンドに立ち、山崎選手がバッターボックスに入る。
バットを構える彼の目は真剣そのもの。
俺もその意気込みに応えるために。
磐城君のフォームを真似ながら、大きく振りかぶったのだった。
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