閑話20 卒業までのカウントダウンと彼女達の進路(美海ちゃん視点)
12月上旬。高校3年生の2学期も最終盤。
既に期末テストも終わっており、その結果も出揃っている。
私達の点数は、まあ、可もなく不可もなくというところ。
単科目で見ても問題らしい問題は特になかった。
なので、心穏やかに冬休みを待つことができる。
今はそんな状況だ。
しかし、生徒待望の冬休みも始まってしまえばアッと言う間だろう。
光陰矢の如し。
振り返ると、秀治郎君がいなくなってからの時間は瞬く間に過ぎた気がする。
そもそも、年末年始の休みは長期休暇と言うには余りにも短い。
年を越してしまえば、人生で最も短い3学期が始まる。
2月からは自由登校期間なので、登校日として定められているのは1月だけだ。
それが私達の高校生活最後の日々。
本来ならば、クラスメイト達と過ごす残り少ない時間になる訳だけれども……。
「じゃあ、2人共、後は学年末テストと卒業式しか来ないってこと?」
放課後のファストフード店。
女子だけで集まり、取り留めのない話をしていると琉子がそう問いかけてきた。
メンバーは他に琴羅、美瓶、すずめ、未来で合計6人だ。
美瓶はさっきからフライドポテトを1人黙々と食べている。
好物の1つらしい。
「1月はまだ自由登校じゃないのに?」
「ええ。1月からは秀治郎君達と自主練習して2月からは春季キャンプ参加。3月にはオープン戦で下旬にはシーズン開幕。とにかく忙しいから仕方ないわ」
「2月から自由登校って言っても、1月だって学校に通ってる暇はないっすよ」
答えを促すように疑問を重ねてきた琉子に対し、私と未来はそう応じた。
残る目ぼしい行事も、正に彼女が挙げた学年末テストと卒業式ぐらいのもの。
前者は1月末実施の予定だけど、それだって適当に受けて終わり。
赤点にさえならなければ、点数だの順位だのは別にどうだっていい。
正直なところ、達成条件がそれなら容易過ぎてテスト勉強をする必要もない。
試験なんてあってないようなものだ。
ちなみに試験範囲は高校の履修範囲全て。
山形県立向上冠中学高等学校は進学校なので、2学期までで全て学習済みだ。
だからこそ2月は自由登校な訳だけど……。
ともかく、今までの授業をちゃんと聞いていれば学年末テストには対応できる。
不安を抱くことは何もないのだ。
そして実際に、私達は真面目に授業を受けてきた。
野球で培った(?)体力のおかげか、どうも他のクラスメイト達よりも【疲労しにくい】らしく眠気に襲われるようなこともなかった。
前に秀治郎君が冗談で【24時間戦えます(断言)】とか言っていたぐらいだ。
……彼、たまに変なことを口走る時があるのよね。
何にしても、私も未来も追試になる心配はない。
模範的な生徒だったつもりだし、野球部の活動もあって内申点もバッチリだ。
もっとも、内申点が高くてもそれが意味を成すことは今後ないだろうし、ここに来て悪知恵を働かせる問題児みたいになってしまってるんだけど。
「出席日数も足りてるから、別にもう登校しなくたっていいしね」
未来の言葉を補足するように言った通り。
私達は、既に残りの登校日を全て欠席しても何も問題ない状態だ。
学則で定められた最低出席日数を満たしているからだ。
つまり、この部分に関しては卒業要件をクリア済みということになる。
まあ、さすがに学年末テストをサボったら、別の要件に引っかかって卒業できなくなってしまうだろうけど。
学校側もドラフト指名された生徒が留年なんて世間体が悪過ぎるだろうから、どうにかして卒業できるようにしてくれるとは思う。
とは言え、外聞が悪くならないように、最低限体裁は整えておいた方がいい。
秀治郎君にもそう勧められているし、私もそう思っている。
ちなみに。
最終学歴が高校中退な彼だけど、プロ野球選手を引退したら高卒認定試験を受けて大学受験をすることも考えているらしい。
多分、秀治郎君がそうするなら茜もそうするだろう。
その時になったら、私も同じ大学を目指すのも悪くないかなと思ってたりする。
そうして、皆でキャンパスライフを謳歌したい。
気が早過ぎるだろうけど、私はそんな風に考えてもいた。
「正直、卒業式だって別に出なくてもいいような気がするっすよ」
と、未来が嘆息混じりに面倒臭そうに言う。
どうも彼女は高校生活に何の未練もないらしい。
早く次のステージに進みたいという気持ちがひしひしと感じられる。
かく言う私も、特に心残りはない。
秀治郎君も茜もいないし、やり切った感もある。
わざわざ卒業式という区切りの儀式に参加せずとも、振り返ることなくスッキリと次のステップに進むことができるだろう。
とは言え、卒業証書を貰わないとちょっとした面倒がある。
「そうは言うけど、未来。後からわざわざ卒業証書だけ貰いに来たりするのも、送り先の相談をしたりするのもそれはそれで煩わしいでしょ?」
生徒は卒業証書(卒業証明書にあらず)を貰う必要は、実のところ特にない。
けれども、学校側は法律で卒業証書を渡さなければならないと定められている。
だから生徒が受け取るまで保管しなければならず、受け取りに来るように催促したり、どうしても来られない場合には郵送の手続きをしたりと大変らしい。
何がなんでも卒業式に出たくないという訳でもなければ、出といた方が無難だ。
「それに、これも仕事の内なんだから」
「……そうっすよね。広報の人も、地元テレビ局の取材も来るみたいっすから」
「あ、よく見る奴だよねー」
「新人選手が母校で卒業式を、という奴ですね」
私達の会話を聞いていた琴羅とすずめが少し興奮気味に言う。
テレビで見知ったものだけに、ちょっとテンションが上がったようだ。
あれもまた、高卒新人プロ野球選手の最初の大事な仕事の1つと言えるだろう。
ああいった形での露出はファンに名前を売り、親近感を抱いて貰うのに重要だ。
「なら、まあ、仕方ないっすね」
そうして未来も卒業式への出席を納得したところで。
話題を変えることにする。
「そう言えば、皆は進学だっけ?」
「確かファン感謝祭の直前に推薦入試を受けて、全員合格したんすよね?」
「ええ、そうです」
受験したのは県内の国立大学。
陸玖ちゃん先輩と同じ進学先だ。
「ただ、もしかしたらアタシと琴羅は入学しないかも」
「え、どういうこと? 琉子」
少し驚いて尋ねると、彼女の代わりに琴羅が答えた。
「実は、チアリーディングチームに誘われてるんだー」
「もしかして、村山マダーレッドサフフラワーズの?」
「そう。ファン感謝祭で色々手伝った時に野村君が口利きしてくれて、練習の見学に行った時に少し参加させて貰ったら、才能があるって言って貰えたんだよね」
どこか恥ずかしそうに、しかし、誇らしそうに琉子が言う。
初耳だ。
けど、それはとても――。
「凄いことじゃない!」
「でも、さすがに大学とは両立できないでしょ? まず練習がハードだし、慰問とかも頻繁にやっていくって言ってたから余裕もないだろうし」
「だから、やるなら入学即休学か、進学はせずに専念のどっちかかなーって」
確かに大学に通いながらなんて都合がよ過ぎだし、物理的に無理な話だ。
体が2つないと不可能な話だろう。
けど、中々難しい選択だと思う。
プロ野球球団のチアリーディングチームでの経験は得がたいものになるのは間違いないだろうけど、恐らくプロ野球選手よりも現役でいられる時間は短い。
将来のことまで考えて、何を選んで何を選ばないかを決めなければならない。
とは言え、琴羅は性格も表情も愛らしくて生まれながらの【愛され体質】って感じだし、秀治郎君をして【洗練された動き】と言わしめるぐらい体のキレも凄い。
琉子も琉子で、彼女に応援されると何だか元気が出て調子がよくなるので前々から【チアリーディング】の才能があるとも言われていた。
チアリーディングチームはそれらを発揮できる格好の場じゃないだろうか。
そう思うと、彼女達に合った選択ができることを願わずにはいられない。
「入学金納付期限が間もなくだから早く決めないとなんだけどね。まだ迷ってて」
「あー、入学金。そうよね。馬鹿にならないもんね」
「うん。プロ野球球団のチアリーディングチームに所属できる機会なんてまた巡ってくるとは限らないし、挑戦したい気持ちは強いんだけど……」
「私は多分、入学即休学になるかなーとは思ってるよー。パパとママにそうしたいって話したら、その方向で考えてくれてるからねー」
「いずれにしても、待遇面とか一度
「人生の一大事だものね。その方がいいと私も思うわ」
入学金さえ支払っておけば、大学生という立場をキープすることができる。
経済的に問題なければ、可能性を残しておくのは悪いことじゃない。
私の家だと絶対に取ることができない選択肢だけど。
……もしプロ野球選手になれてなければ、嫉妬していたかもしれない。
友達の未来に関わる選択に、負の感情を抱かずに済んでよかった。
「美瓶とすずめは?」
「私達は普通に進学ですね。ただ、村山マダーレッドサフフラワーズ球団広報に関連したアルバイトのお誘いを頂いているので、それは続けていくつもりです」
「大学生活はー、アルバイトがメインになるかもだねー」
「ある意味、それがサークル活動の代わりのようになるかもしれません」
こちらはいいとこ取りな感もあるけど、アルバイト先との折り合いがついているのであれば何の問題もないだろう。
企業所属の動画配信者みたいなイメージかしらね。
「つまり、ここにいる皆はこれからもつき合いが続くってことっすね」
「……そうね」
秀治郎君と出会い、彼に誘われて入学した山形県立向上冠中学高等学校。
琴羅達と巡り合えたのは、秀治郎君のおかげとも言える。
どうやら彼女達も同じように思っているらしく。
「いやあ、野村君様様だねー」
「本当ですね」
「ありがたやー、ありがたやー」
「美瓶、拝むのはやめときなよ……」
ちょっと茶化すように、騒がしく感謝を口にする4人。
そんな彼女達の様子に自然と顔も綻ぶ。
隣を見ると、未来も機嫌がよさそう。
彼女にとっても気を休める場になっているようだ。
この繋がりは間違いなく大きな財産だ。
それだけでも、この学校生活には価値があったと心の底から思う。
「けど、うーん。私達も休んじゃおうかなー」
「……それもいいかもしれませんね」
「いいのかな」
「出席日数的にはー、問題ないよー」
ヤバい。
悪いことを教えてしまったかもしれない。
内心そう戦々恐々としながら、友達とのかけがえのない時間を過ごす。
残り少ない青春時代の一幕だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます