170 小休止の合間も時間は流れる

 先日の入れ替え戦の結果を以って、我らが村山マダーレッドサフフラワーズは日本プロ野球2部リーグの末席に加わることとなった。

 チームメイトや球団関係者、山形県民はそれを大いに喜んでくれている。

 だが、まあ。所詮、既定路線の話でしかない。

 俺としては、あくまでも果たすべき義務を果たしただけ、という程度の認識だ。


 もっとも。皆の喜びに水を差すつもりは当然ながら全くない。

 なので、チームの祝賀会とかには笑顔で参加させて貰っている。

 和を乱さず、仲間と親睦を深めるのも大切なことだからな。


 一方、全国の野球ファン達の間では。

 岩手サーモンプライヅとの試合内容を見て、村山マダーレッドサフフラワーズの1部リーグ昇格を確信する人間が大幅に増えた。

 しかし、それもまた俺達にとっては単なる通過点に過ぎない。

 むしろ、そこでようやくスタートラインというところだ。

 WBWでアメリカ代表戦に打ち勝つという目標はまだまだ遠い。

 遥か彼方だ。


 とは言え。

 村山マダーレッドサフフラワーズの次なるステージが幕を開けるまでには、まだ少しばかり時間があった。

 何故なら、シーズンの後期日程はオールスターゲーム終了後に始まるからだ。

 7月中旬から下旬にかけて行われるこの世界のそれは、夏の大きな野球イベントの1つとして前世よりも長期間、日本のいくつかの都市で開催される。

 ……そう。いくつか、だ。


 この世界には、公営リーグと私営リーグというものが存在する。

 チームの数も前世の倍どころではなく多い。

 そのため、オールスターゲームにもいくつかの種類と対戦カードがあった。

 まずは相当する1部リーグ公営私営合同のもの。

 名称は今生でも変わらずオールスターゲームだが……。

 公営セレスティアルリーグ、公営パーマネントリーグ、私営イーストリーグ、私営ウエストリーグから選抜された4チームの総当たり戦となっていた。

 交流戦ともまた異なる趣で、毎年かなりの盛り上がりを見せている。


 次に公営2部リーグの2部フレッシュオールスター。

 それと、公営3部リーグの3部フレッシュオールスター。

 これらは各チームで次に売り出したい若手や期待の選手が選ばれる。

 公営チームのコアなファンが楽しんでいる印象だ。


 最後に私営2部リーグの東西対抗戦と私営3部リーグの東西対抗戦。

 地元に1部リーグのチームがない県の中で、一定以上の観客動員数が見込める比較的大きな球場にて持ち回りで開催されている。

 近場で行われることになった時にお祭り感覚で観戦しに行く。

 そんな感じの軽めの扱いのようだ。


 ちなみに2部と3部はデーゲーム、1部はナイトゲームで開催されており、そこに関しては被らないように配慮されている。

 で、これらが終わるまで公式戦は小休止となる訳だ。


「しばらくはのんびり?」


 平日の早い時間。

 鈴木家のリビングでノートパソコンの画面を眺めていると、隣で俺にくっつくように座っていたあーちゃんがそう尋ねてきた。


 オールスターゲームに選ばれなかった選手にとって今は、後期日程に向けて調整をしながら体と精神をリフレッシュするための短くも貴重な期間だ。

 そして、俺もあーちゃんも球宴には出場しない。

 だから彼女は、他の選手と同じように過ごすつもりなのか確認しているのだ。


 一応言っておくと、別に選考に漏れた訳ではない。

 1部リーグ以外はファン投票がなくチーム首脳部の推薦のみだが、俺もあーちゃんも十分そうされるに足る成績は収めてきた。

 ただ、村山マダーレッドサフフラワーズは今回2部リーグへの昇格を果たしたため、オールスターゲームもとい東西対抗戦に選手を送り出すことはない。

 3部リーグに降格した岩手サーモンプライヅもそう。

 アチラは特に、今はそれどころではないだろう。

 空いた枠については、クジで別のチームに割り振られることになるそうだ。


 ともあれ。

 そう言う訳で、俺達も後期日程が始まるまでは試合がない訳だが……。


「いや、やらないといけないことは色々あるからな。折角の纏まった時間だし」


 まず村山マダーレッドサフフラワーズの選手兼投手コーチとして、前半戦の分析とこれからの方針をこの機会に整理しておきたい。

 それは最低限。

 後は2年半先のWBW本戦に向けてのロードマップを見直したり、そのために必要な人材やそれ以外の要素を再考したり。

 タスクは山積みだ。


「……ごめんな、あーちゃん」


 俺が申し訳なくなって謝ると、彼女は不思議そうに小首を傾げた。


「忙しくて、中々2人で遊びに行けなくてさ」

「いい。しゅー君といられれば、わたしは幸せだから」


 首を横に振って微笑みながら告げたあーちゃんは、そのまま更に続ける。


「それに今は、しゅー君と一緒にプロ野球選手なんて立場になって試合にまで出てる。毎日が特別で、ほとんど遊んでるみたいなもの」


 それはまた、他の野球選手には怒られそうな発言だ。

 けど、まあ。

 そういう精神性はある意味で勝負事向きなのかもしれない。


「ビジターゲームの時は旅行してるようなものだし」

「いやいや、さすがにそれは慌ただし過ぎないか?」


 あーちゃんのその意見には思わず苦笑してしまう。

 ただ、時間が許す限り近場のスポットに行くようにしているのは確かだからな。

 旅行と言えば、まあ、旅行と言えなくもないか。

 出張先で余った時間に観光しに行くようなものだけど。


「ともかく、気にする必要はない」

「ありがとう」

「ん。……それより、何を見てたの?」

「ああ。これだよ」


 ノートパソコンのディスプレイが見やすいように少し位置を変える。

 すると、彼女は俺の肩に頭を乗せるようにしながら画面を覗き込んだ。


「夏の甲子園の地方予選?」

「そう。7月も半ば。地方予選も佳境だからな。各地の情報を見てたんだ」


 プロ野球では入れ替え戦とオールスターゲームが注目を浴びる裏側で。

 アマチュア野球では全国高校生硬式野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園の地方予選が各地で開催されているところだった。

 そろそろ県大会の決勝戦が行われる頃合いだ。

 日本各地で各県の代表となるチームが決まり、そして日本一を決める熱闘が甲子園を舞台に演じられることになる。

 プロ野球1部リーグの後半戦と2部リーグ、3部リーグの後期日程が開幕する少し後に全国大会が始まるスケジュール感だ。


「みなみー達は順調って聞いてる」

「そうだな」


 と言うか、当たり前だ。

 現時点で既に1部リーグのタイトルを総なめできるレベルの大松君に、彼の陰で目立っていないがプロ級の実力を持つ昇二、美海ちゃん、倉本さん。

 この4人を擁する上に、他の選手達も彼らの【経験ポイント】取得量増加系のスキルのおかげで全国トップクラスの能力にまで成長している。

 これで地方予選を突破できないとか、山形県はどんな魔境だって話になる。


 勿論、勝負に絶対はない。

 ましてやアマチュアの高校生同士だ。

 美海ちゃん達当事者からすると油断はできないだろうが……。

 部外者として傍から見ている分には全国出場は堅いと思う。

 地方予選は軽々と突破してくれるはずだ。


「磐城君の兵庫ブルーヴォルテックスユースも、正樹の東京プレスギガンテスユースも着実にコマを進めているな」


 磐城君は勿論、東京では正樹が無双している。

 怪我からの完全復活という記事がいくつか出ていて、再びの新旧神童対決が実現するかとセンセーショナルに煽っていた。


「全国でぶつかるのは確実。後は組み合わせがどうなるか」

「ああ。決勝戦に残れるのは2チームだけだからな」


 山のどこかで必ず2チームは衝突してしまう。

 運が悪ければ、決勝戦に辿り着く前に潰し合ってしまうかもしれない。

 それもまたトーナメント戦の醍醐味ではあるものの、やはり決勝戦で鎬を削る彼らの姿を見たい気持ちが強い。


「まあ、そこは組み合わせ抽選会の結果次第だな。けど……」

「何か心配事?」

「東京プレスギガンテスユースの記事が、ちょっと気になってな」


 スポーツ専門のニュースサイトから該当のコラムを開く。

 あーちゃんはそこまで興味はなさそうではあったが、俺が気にしてるから、という感じで表示された文章に視線を向けた。


「『東京プレスギガンテスユース復権なるか?』」

「そう」


 記事にはまず、日本プロ野球1部リーグ初のユースチームとして発足した東京プレスギガンテスユースの歴史が綴られていた。

 続けて、東京プレスギガンテスユースの近年の成績が纏められている。


「由緒正しいチームにしてはもの足りない感じ?」

「ああ。一応、ここ3年は若干上向いてはいるみたいだけど……」


 ここ10年ぐらいはパッとしない状態が続いている。

 以前は定期的に甲子園優勝を果たしていたが、それもパッタリとまっている。

 付随して母体である東京プレスギガンテスも1部リーグで低浮上気味だ。

 上層部は、早い段階でそうした状況が長引く気配を感じていたに違いない。

 だからこそ当時、真っ先に正樹をスカウトしにやってきたのだろう。

 その彼は長らく怪我に苦しむ羽目になったが、ようやく復活を果たした。

 だが、今年で高校3年生。

 夏の甲子園に挑む最後の機会でもある。

 しかも、記事には長年の低迷の責任を取って首脳陣が進退をかけるともある。


「無茶な使い方をする?」

「いや、いくら何でもそんなことはしないと思うけどな」


 あの環境で2度も靱帯に関わる大きな怪我をしてしまっている前例がある。

 それだけに、どうしても一抹の不安を覚えてしまう。

 ……杞憂であって欲しいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る