166 未来のスタッフ候補と不穏な情報
「私は金田菜摘だ。人文学部の3年生で栄養学を主に学んでいる。サークルでは将来スポーツ栄養士になった時を見越した研究を行っている」
次に自己紹介したのは目力が強く、体格が非常にいい女子大生だ。
体脂肪率が高いという意味ではない。
水泳選手のように筋肉質だ。
服の上からでも分かる。
背筋を伸ばして堂々としていて、そういう意味でも大きく見える。
「ええと、何かスポーツをなさってます?」
「いや。バランスの取れた食事とそれに見合った筋トレの成果だ」
つまり、研究で得た知見を自分で実践している訳か。
スポーツ栄養士自身がしっかりと体を作っているのは説得力が増すだろうな。
そういった部分も踏まえてのことだとすると、職業適性が非常に高そうだ。
【生得スキル】や目を引くスキルは特にないものの、理学療法士を目指す青木・柳原コンビと共にスポーツトレーナーとして活躍してくれるかもしれない。
彼女もキープしておきたい人材だな。
まだまだ村山マダーレッドサフフラワーズはスタッフ不足だし。
それを念頭に2、3言葉を交わした後で金田さんは椅子に座る。
よくよく見ると、彼女の前には海鮮や野菜が多い。
肉も食べてはいるものの、バランスをよく考えて注文しているようだ。
うーん。
しっかり節制している人に焼肉屋はちょっとマズかったかもしれないな。
肉以外も食べ放題のリストに入っている店でよかった。
「……3年生は私が最後ですね」
続いて、前髪パッツンで黒髪ロングな女子大生がスッと立ち上がる。
スラっとはしているものの、金田さんとは違って鍛えてはいない様子。
しかし、姿勢はいいので正に大和撫子といった印象を受ける。
「私は丸山
ふむ。
まあ、常時丁寧語な話し方は同級生にもいたしな。
彼女自身がそう言うのであれば、特に気にしないでおこう。
それよりも――。
「心理学を勉強していて山大総合野球研究会に所属している。ということは、もしかして打者心理や投手心理の研究を?」
「そうなります。例えば構えの微妙な差やちょっとした動作の違い、視線の動きから相手が何を考えているのかを探る研究をしています」
小さく首を縦に振って肯定し、補足するようにつけ加える丸山さん。
成程。それは俺としても非常に興味深い研究だ。
相手の意図を読むのに見るべきポイントが、より明確になるだろうからな。
勿論、俺も試合では【戦績】を考慮に入れながら都度相手の構えや立ち位置にも注視して配球を決めたり、狙い球を絞ったりしている。
しかし、前世の本やネットで得た聞きかじりの知識と今生の乏しい経験則で何となくやっているに過ぎず、根拠はちょっと怪しい部分もある。
まあ、今のところ【戦績】や超集中のおかげで問題にはなっていないが、これから先それらが通用しない場面に遭遇することもあるだろう。
そうなれば相手の狙いをその場その場で感じ取れる勘が必要になってくるし、それを磨くには人間の心理に対する知識の蓄積が不可欠だ。
生憎と俺は野生の勘みたいなものを持ち合わせていないからな。
だから、どこかで体系的に研究したいと思ってはいたが……。
色々やることが多くて中々纏まった時間を取ることができずにいるので、誰かの手を借りたいと常々考えていた。
「可能ならライフワークとしたいと考えています。日の目を見ない研究ですが」
「いえ、素晴らしい研究だと思いますよ。俺は」
力なく視線を下げて呟く丸山さんに、本心から称賛を口にする。
ただ、彼女の言葉もまた事実ではある。
そうした研究をしてくれる人がいても、現場にフィードバックされていない。
それがこの世界における日本野球界の問題でもある。
よくよく調べると、割と大学での研究自体は盛んみたいなんだけどな。
野球界全体で見ると、あくまでフィジカル重視の脳筋傾向が強いままだ。
やはり本場アメリカからの技術流入が全く存在していない歴史のせいだろう。
とは言え、いわゆる無形の力を重視している選手もいるにはいる。
しかし、あくまでも個人単位で経験則に基づいて実践しているだけ。
指導者に関しても似たようなもの。
自分の解釈でそれっぽい指導をしているだけだ。
一般的な考えとして浸透してはいない。だからこそ――。
「今後の日本野球界の発展のために、間違いなく必要な研究です」
それを研究対象としている丸山さんのような存在もまた。
そして、彼女はその中でも第一人者になれる可能性がある。
と言うのも、役に立ちそうな【生得スキル】を1つ所持しているからだ。
【間違い探し】という名のそれは、認識した対象のニュートラルな状態と現在の状態との差が何となく分かるようになるというもの。
もし選手が持っていたら、それはそれで有用な効果ではあるだろう。
投手の投球の癖とか、打者の狙いとかを察することができる可能性が高い。
しかし、だからこそ正に彼女のような研究畑の人間が持っていてくれた方が、野球界への最終的な貢献度は大きくなるはずだ。
「もし何か支援が必要であれば、いつでも相談して下さい。研究を継続していただけるのであれば、こちらとしても非常にありがたいので」
「は、はあ……」
おっと。ちょっとグイグイ行き過ぎたか。
丸山さんは訝しげに俺を見ている。
「…………行き詰まった時は、よろしくお願いします」
しかし、最終的に彼女は頭を下げた。
俺も曲がりなりにもプロ野球選手。
その協力は抗えない魅力があるだろう。
「さて。続いて2年生ね。まずは綾瀬君」
大島さんに促され、隅っこ(威圧感を発している石嶺さんとは対角線の位置)でソフトドリンクを飲んでいた男子学生が億劫そうに立ち上がる。
前髪が長く、猫背気味なせいで目が若干隠れている。
申し訳ないが、ちょっと陰気な印象だな。
その彼はボソボソと口の中で自己紹介を呟き、そのまま座る。
内容を纏めると名前は綾瀬孝明。
理学部の2年生でAIを利用した情報分析技術の研究者を志望しているようだ。
直接的なものではないが、様々な分野の根幹に関わる研究だな。
成果次第だけど、これも悪くない。
自己紹介はまだまだ続く。
「私は佐藤……御華です」
彼女については陸玖ちゃん先輩から聞いている。
こちらも理学部の2年生。
日本国内の野球について様々な数字の変遷を纏めているとのこと。
佐藤さんもいわゆるデータサイエンス方面に進むつもりでいるようだ。
「シュシュは藻峰珠々だよ!」
こちらも既に知っている。
理学部2年生でアメリカ大リーグの映像分析を行っており、俺が求めていた【生得スキル】【完全記憶(野球)】を持っている。
これで9人。2年生の残りは2人。
共に男子学生で矢口映助と与田遊太と言うらしい。
行動派のオタクって感じの彼らも理学部で情報科学を学んでおり、野球ゲームに使用するリアルなゲームエンジンの開発を行っているそうだ。
ここは娯楽に寄った研究だな。
「で。最後に1年生」
入学から1ヶ月経ち、陸玖ちゃん先輩以外にも3人の新入生が入ったらしい。
内訳は男1女2で、その内の男女2人は隣同士に座っていてカップルっぽい。
共に人文学部とのこと。
世界各国における野球の立ち位置を、歴史的な背景を絡めて研究したいそうだ。
余った1人は陸玖ちゃん先輩と同じ理学部の小柄な女子学生。
名前は――。
「さ、
か細い声で恥ずかしげに自己紹介する五月雨さん。
彼女は【生得スキル】を2つ持っていた。
それも、俺が前々から求めていたものを。
1つは【俯瞰】。もう1つは【瞬間記憶】。
正にこれという組み合わせだ。
ステータスを確認した時は思わず興奮しかけた。
周りの目がなければ突撃していたかもしれない。
「……うぅ」
「頑張って! 月雲!」
「う、うん。陸玖」
その五月雨さんは陸玖ちゃん先輩以上の人見知りっぽかった。
似た者同士ということで仲よくなったらしい陸ちゃん先輩の応援を受け、何とか口にした内容を聞く限りまだ研究対象を決め切れていないらしい。
やりたいことがないからではない。
それならこのサークルになど入っていないだろう。
どうやらアレもコレもやりたくて、1つに絞り切れていないようだ。
なら、アメリカ代表の情報収集を。
そう思ってしまうが、無理強いする訳にもいかない。
いくら有用なスキルがあるとは言っても、モチベーションがなければ続かない。
ここは一先ず慎重に。
陸玖ちゃん先輩を通じて繋がりだけ作っておくことにする。
「五月雨さん。よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ギュッと目を瞑ってコクコクと小刻みに頷く五月雨さん。
……何だか、小動物みたいだな。
思わず微笑ましく感じてしまう。
これで自己紹介は終わりだ。
しかし、改めて振り返ると【生得スキル】持ちが多かったな。
サークルメンバー15人中6人か。
やはり【生得スキル】を取得すると初期ステータスが低くなる関係で、研究畑の人間の方が半端にスポーツを齧った人よりも所持率が高いのかもしれない。
そう考えると球団で募集したスタッフから特定の【生得スキル】の持ち主を探そうとするのは、そもそもアプローチの仕方が悪かった可能性もある。
応募してくるのは大体野球経験者だったし。
まあ、それはともかく。
食事会での目的はおおよそ果たすことができたと言っていいだろう。
改めて陸玖ちゃん先輩には感謝だな。
隣で黙々と食べていたあーちゃんも満足そうだ。
その後は雑談を交えながら食事を続け、食べ放題飲み放題も時間いっぱい。
今日のところは解散となった。
サークルのメンバー達も1人また1人と帰っていく。
「大島さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、楽しかったです」
「あの、また口調が」
「あ、戻っちゃった。えっと。あはは、また会える機会があれば直します」
「分かりました。では、また今度」
そうして大島さんと、その隣にいた石嶺さんとも別れ……。
最後に陸玖ちゃん先輩が残る。
何やら別件で話があるらしい。
「それで、どうしたんです?」
「何かね。浜中さんが最近困ってるみたいだよ」
「え、美海ちゃんが、ですか?」
当然、彼女とも頻繁に連絡は取っているが、そんな話は聞いていない。
隣であーちゃんも驚いている。
もしかすると、忙しいだろうからと気を遣って相談できずにいたのかもな。
「一体何があったんです?」
「えっとね。ストーカー……っていうのとはまた違うとは思うけど、その、粘着されてるみたい。プロ野球選手から」
「は、はい?」
どういうことさ。
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