164 食事会
5月上旬。ゴールデンウィーク明けの金曜日。
村山マダーレッドサフフラワーズの快進撃は当然の如く続いていた。
勝敗のペースは20戦目時点とほぼ変わっていない。
完全なる独走状態で、負け試合は全くのレアケース。
マジックナンバーこそ出ていないが、前期優勝はほぼ決まったようなものだ。
3部リーグに所属するプロ野球チームとしての残る重要な仕事は、後は7月頭に行われる2部リーグとの入れ替え戦だけ。
そう言っても過言ではない状態だった。
もっとも、2部への昇格はあくまでも単なる通過点でしかない。
3部リーグの他の球団には本当に申し訳ないが、そうでなくてはいけない。
何度も繰り返すが、俺達の最終目標は打倒アメリカ代表なのだから。
そして、そうであるだけに。
たとえチームに余裕があっても、日々をだらだらと消化することはできない。
そんな訳で。
俺とあーちゃんは人に会うために出かけていた。
時刻は間もなく17時になろうかというところだ。
当然のことながら、今日も試合はあった。
……そう。過去形だ。
3部リーグなので、平日でも早い時間に試合がよく行われている。
本日は山形きらきらスタジアムにて13時から開始のデーゲーム。
既に村山マダーレッドサフフラワーズの勝利で終了している。
俺が省エネピッチングで先発完封したこともあり、試合時間は2時間足らず。
おかげで、形ばかりの体のケアや3部リーグ故の比較的簡潔な取材を含めても、夕方のこの時間帯に余暇を捻出することができていた。
「ん。いた」
「っと、待たせちゃったみたいだな」
目的地の入り口には既に見知った姿があった。
あーちゃんの手を引いて、若干駆け足気味に近づいていく。
すると、相手もこちらに気づいたのか俺達に自然な笑顔を向けた。
「野村君! 鈴木さん! 久し振り!」
「お久し振りです。陸玖ちゃん先輩」
「おひさ」
この会話で分かる通り、そこで待っていたのは陸玖ちゃん先輩だった。
SMSで連絡は取っているが、面と向かって会うのはしばらく振りになる。
場所は彼女が通っている国立大学の山形市内にあるキャンパス……から少し歩いたところにある中々趣のある焼肉屋の前だ。
「それって伊達眼鏡?」
「はい。一応変装ってことで」
「しゅー君とおそろ」
有名人の変装の定番と言えば帽子とサングラスにマスクだけれども、それはいくら何でも胡散臭過ぎてかえって目立ってしまう。
それに、いくら注目を浴びているとは言え俺達は3部リーグの選手に過ぎない。
インタビューを受けたりする時も基本的にはユニフォームに球団のキャップという姿だし、それらがないと確信を持ちにくいはずだ。
であれば、私服に度の入っていない伊達眼鏡ぐらいでも十分だろう。
そう考えて、今のところはこの程度に留めている。
とは言え、100%確実という訳じゃないのは確かだ。
「何にしても、一先ず入りましょう」
「あ、そうだね」
陸玖ちゃん先輩を促して店に入る。
チェーン店ではないため、比較的狭い店舗だ。
中に入ると、待ち構えていた面々の視線が一斉にこちらへ向く。
貸し切りにして貰っているので、店員以外の部外者はいない。
その店員にしても参加者の内の1人の身内とのことだ。
と言うか、正にその人の両親による個人経営の焼肉店なのだそうだ。
陸玖ちゃん先輩に山大総合野球研究会のメンバーとの食事会をセッティングして欲しいとお願いしたところ、ここになった。
まあ、別に部室に入り込むことも不可能ではなかっただろうけれども……。
敷地はともかく、建物は関係者以外立ち入り禁止なのでそれはやめておいた。
下手な真似をして周りに迷惑をかける訳にはいかないからな。
そんな経緯はともかく、まずは挨拶をしよう。
「どうも。村山マダーレッドサフフラワーズの野村秀治郎です」
「同じく鈴木茜です」
「今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、見覚えのある女性が慌てて立ち上がった。
サークルの代表である大島仁愛さんだ。
久米島春季キャンプを見に来るぐらい熱心な村山マダーレッドサフフラワーズのファンで、そこでサインや写真を求めてきて知り合いになったのだ。
「い、いえ、こちらこそ。野村選手や鈴木選手と食事ができる機会を得られるなんて、思いがけない幸運と言いますか……」
硬いなあ。
まあ、ありがたくも彼女は俺達を推しとして見てくれている訳で、そんな相手とフェンス越しでもなく相対すれば仕方がないか。
そう言えば、あの時一緒に来ていた威圧感満点の彼は……あ、端っこにいた。
相変わらず【生得スキル】【覇王の威容】のせいで圧を常時撒き散らしている。
本当は彼氏として大島さんの隣にいたいだろうに、可能な限り食事会に悪影響が出ないようにしてくれているのだろう。
そうした配慮ができるとても良識のある人だ。
「堅苦しい話は後にして食事を始めましょう。折角の食べ放題ですし」
「そ、そうですね」
空けられていた座席の中央辺りに俺、あーちゃん、陸玖ちゃん先輩の順で座る。
色々と癖の強いあーちゃんは、俺と陸玖ちゃん先輩でサンドしておいた。
ちなみに俺の逆側には大島さんがカチコチになって座っている。
「ああ、そうそう。陸玖ちゃん先輩の件、改めてお礼をさせて下さい。サークルに誘っていただいて、ありがとうございました」
「い、いえ。彼女自身、とても研究熱心でサークルに相応しい人材ですので」
久米島の球場で少し話したところ、陸玖ちゃん先輩と同じ大学に通っていて面白そうなサークルを運営していることが分かったので彼女を紹介したのだった。
見たところ周りにも受け入れられている様子。
余計なお世話にならなくてよかった。
「けど、ちょっと危うかったみたいですよ」
と、少し澄ました感じの女性が横から口を挟む。
どういうことだろう。
「危うかった、ですか?」
「あ、佐藤先輩、それは――」
「ちょっとよろしくないサークルに勧誘されていたので」
陸玖ちゃん先輩がとめるより早く佐藤先輩と呼ばれた彼女はそう続けた。
よろしくないサークル……。
多分、大学で危ういサークルと言えばってイメージ通りのものに違いない。
ガチ犯罪か、未必の故意みたいなレベルなのか、あるいはギリギリセーフか。
その度合いがどれ程のものかは分からないけれども。
しかし、こう身近に聞くと尚更怖い話だ。
本当に。
大学からは自己責任の度合いが一気に高まるからな。
成人になることも相まって、悪意を持って近づいてくる者も多くなる。
陸玖ちゃん先輩には十分気をつけて欲しいものだ。
「多分、石嶺先輩が一緒に現場に行っていたので、ちょっかいをかけてくるようなことは今後一切ないとは思いますが」
ふむ。
普段のサークル活動でも彼の威圧感の影響は受けているだろうに、特に問題なく受け入れられている感じなのは風除けとして重宝されている側面もあるっぽいな。
好感度が一定以上になると効果が大幅に軽減されるようだけど、その状態にあるのは大島さんだけのようだし。
勿論、石嶺さんの人柄によるところが最も大きいのは間違いないだろうけど。
「まあ、何にせよ、安心しました。陸玖ちゃん先輩がいいサークルに所属できて」
「野村君……心配し過ぎだよ」
ちょっと不満げに言いながらも、嬉しそうな陸玖ちゃん先輩。
そんな俺達のやり取りのおかげか、場の空気が大分和らぐ。
もっと受け入れて貰えるように、とりあえず雑談を続けよう。
「ところで、ここはサークルメンバーの方のご実家だとか」
「はいはい! シュシュの家だよ!」
元気よく手を挙げて主張する女の子。女の子?
いや、陸玖ちゃん先輩より年上の先輩だよな。
小柄な見た目といい、幼げな言動といい、子供っぽい印象が強い。
けど、そうか。この子か。
俺が求めていた【生得スキル】の1つ【完全記憶(野球)】を持っているのは。
ステータスを確認しても、確かにその記載がある。
「後でサイン欲しいな! 店に飾る用に!」
「ええ。勿論」
「やったぁ!」
……この子、チョロそうだな。
とは言え、本題に入るのはまだまだ危ういだろう。
彼女の隣にいる、さっきの澄ました感じの女子学生が目を光らせているし。
徐々に近づいていって心を開いて貰ってから、互いにWin-Winの関係になることができるような提案をしよう。
そう思いながら、集まった面々を見回す。
事前に聞いていたのは、この藻峰珠々さんの記憶力についてのみだったが……。
何人か、目につく【生得スキル】を持っている人がいるな。
そうでない人も、もしかすると【マニュアル操作】では測れないような能力を持っているかもしれない。
色々話を聞き出して、有意義な食事会にしたいところだ。
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