閑話10 山大総合野球研究会(陸玖ちゃん先輩視点)
「と言う訳で……ようこそ、陸玖ちゃん後輩! 山大総合野球研究会へ!」
促されるまま部室の中に入ったところで、大島さんが私を振り返りながら歓迎するように両手を大きく広げて言った。
「り、陸玖ちゃん後輩……」
以前のあだ名のバリエーション違いみたいな呼び方をされて、ちょっと戸惑う。
彼女は陽キャさんとはまた微妙に異なるベクトルの陽キャっぽい。
初対面の時の野村君に少しだけ似ているかもしれない。
この調子だと大学でも陸玖ちゃん○○が定着してしまいそうだ。
当時、変なテンションで口走らなければよかった……。
「嫌?」
「い、いえ」
まあ、呼ばれ慣れた響きに近いから別にいいかな。
彼女達が野村君の知り合いだと認識したおかげで、そうした気持ちを抱くぐらいには人見知り状態が緩和されたみたいだ。
少なくとも大島さんに対しては、気後れする気持ちはほぼなくなった。
ただ、彼女の隣にいる石嶺さんは、うーん。
チラッとそちらに視線を向ける。
すると、彼は室内でもサングラスをかけたままで顔を私に向けていた。
「……ひっ」
その姿に思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
最初の印象通り、威圧感が尋常じゃない。
何人かヤッてそうな怖さがある。
「あ、はは。ごめんね。彼、別に悪い人じゃないんだよ。むしろ優しい人なんだけどさ。ちょっと見た目で勘違いされちゃうタイプで」
「は、はあ……」
そう、なんだ。
いや、うん。確かによく知らないのに印象だけで怯えるのは失礼だ。
気をつけた方がいいよね。
……とは言え、怖いものは怖い。
そう簡単にコントロールできるものじゃない。
どうにか緩和できないだろうか。
「えっと、そのお。であればサングラスはやめた方がいいのでは……?」
それが威圧感を3割増しぐらいにしている気がする。
勿論、目の病気とかそういうことであれば仕方がないとは思うけど。
「いやあ、それがねえ」
苦笑気味に石嶺さんをチラッと見る大島さん。
石嶺さんの威圧感の中に少しだけ気まずさが混じる。
どうやら反応的に病気が理由って訳ではなさそうだ。
「サングラスを取った方がヤバいんだよねえ。目つきは普通なのに」
「そう、なんですか?」
「見てみる? 慣れてないと漏らしちゃうかもだけど」
「え、遠慮しておきます……」
今現に威圧感を受けている真っ最中なので、誇大と笑うことはできない。
さすがに初対面の人の前で粗相をする訳にはいかないので、丁重に断っておく。
……けど、どういうことだろう。
もしかして、何か呪いのようなものでも抱えていたりするのかな。
野村君曰く、この世には人知を超えたものがあるらしいし。
鈴木さんとの【以心伝心】っぷりを見ていると否定し切れないところもある。
「野村選手は【覇王の威容】とか言ってたっけ。意外と面白い性格してるよね」
思い出すように呟いた大島さんに、心の中で同意する。
普段の言動は鈴木さんの方がアレだけど……。
野村君は常識的な振りをして実はヤバいことをやっている印象だ。
まあ、それはともかくとして。
「ええと、大島さんは大丈夫なんですか?」
「私は平気。あれは高校の……2年生の時だったかなあ。何度も助けて貰って、彼のことを好きになってからいつの間にか気にならなくなったんだ」
「す、好き……」
「あ、えっと、つき合ってるからね、私達」
「そ、そうですか……」
これは、もしかして惚気られたのだろうか。
ええと……とりあえず、そこは流しておこう。
「ところで、山大総合野球研究会でしたか?」
「うん」
確認するように問いかけた私に首を縦に振って肯定する大島さん。
その名前は調査した中にあった。
こうして部室を貰っているのを見ても分かるように、大学の公認サークルだ。
ちなみに陽キャさんのサークルの方は非公認。
ただし、規模はあちらの方が遥かに上。
この大学は国立で、私立のマンモス校程学生が多い訳ではない。
だから、公認サークルとなるための要件の中で人数に関する部分は大分緩い。
確か10人でよかったはずだ。
ただ、全員同じ学部学科とかだとダメだったはずだけど。
代わりに会費の管理とか会計周りはかなり厳しいので、公認と非公認とでそういう規模の逆転現象が結構頻繁に起こるようだ。
「名前は聞き覚えがあります」
「興味、ない?」
「い、いえ、入会候補としてリストには入れていました。ただ、活動内容が曖昧だったので、話を聞いてから検討しようと……」
「そうだったの? それは嬉しいな」
いい角度で王子様風に格好よく笑う大島さん。
ま、眩しい。
漫画じゃないのにキラキラしたエフェクトが飛んでいる気がする。
「じゃあ、説明させて貰おうかな。まずは理念と主な活動内容からね」
コホンと咳払いをする所作も絵になるなあ。
こうなると厄介なファンがついたりしそうだけど……。
そういうのは石嶺さんの威圧感の前に退散しちゃうか。
っと、今は説明に意識を向けよう。
「このサークルの理念は、野球の発展に微力ながら寄与すること。そのために私達は野球に関連するものについて日々研究し、定期的に発表会で共有するの」
大島さんの言葉に頷く。
ここまではサークルガイドの概要にも載っていたので知っている。
聞きたいのはそこから先だ。
「野球に関連するというのは、どの程度の話なんですか?」
「こじつけが過ぎなければ全てね。トレーニング方法、戦術、歴史、成績、経営、イメージ戦略、グッズ開発、地域貢献。それが野球の発展に繋がれば何でも」
「自由度が高いんですね」
「うん。そして結構伝統のあるサークルだからね。過去の在籍者達の活動の積み重ねもある。ネットでは見られない野球関連の論文とかも、体系的に纏まってるよ」
「成程……」
それは非常にありがたい。
大学なら有料の論文も読めるだろうけど、本当に必要な論文を探すのは手間だ。
ネットで探す場合ですら、中身を精査するのは結構大変だし。
文書内検索が使えるか使えないかでも労力が全く違う。
「基本は個人個人で研究してるけど、必要があれば皆で協力もする。学部も結構バラけてるから、色んな視点で意見を言ってくれたりもするしね」
聞く限り、悪くない環境だと思う。
将来のために。野村君達の役に立つために。
自分自身を磨くのにプラスになるサークルかもしれない。
「会員の構成としては3年生の私が代表。同じく3年生の彼が副代表。後の役職は会計、書記、広報、企画ってとこかな。その他に5人いて今は合計11人」
先輩なのは分かってたけど、最低でも2つ上か。
大島先輩、石嶺先輩と呼ぼう。
「11人だと、公認サークルの要件ギリギリですね」
「ウチは少数精鋭だからね。新入生がまだ入ってないってのもあるけど」
大体4年生は既に引退してるだろうし、まあ、そんなものか。
新入生なしで11人は割とマシな方かもしれない。
「大島先輩は何をテーマに研究してるんですか?」
「私? 私の研究テーマは村山マダーレッドサフフラワーズ栄光の軌跡、かな」
「は、はあ」
「日本野球史において明らかに異質な存在だからね。世界的に見てもそう。だから今までのチームとの差異を研究して、卒論にもしようと考えてるんだ」
卒論、そういうのもアリなんだ。
まあ、野球に関連していれば判断基準が緩くなるところがあるしね。
詳細な内容には何か専門性があるのかもしれないけど。
「仁愛は趣味と実益を兼ねた研究だな」
「な、成程」
久米島まで練習試合を見に行くような人だ。
心の底から楽しんでやっているに違いない。
「ええと、石嶺さんは?」
「俺は球団による経済効果や地域経済の活性化について研究している」
意外だ……って感想は失礼が過ぎるか。
私も言動で偏見を持たれる側だ。
不埒な思考は頭の中から追い出しておこう。
「私営リーグの勢力図が大きく変わりそうな今、研究し甲斐がありますね」
「ああ」
威圧感の中にちょっとした喜色が見える。
話を振って貰えたのが嬉しいのかもしれない。
確かに悪い人ではなさそうだ。怖いけど。
「ちなみに、陸玖ちゃん後輩はこの大学で何をしたいの?」
「私ですか? 私は……野村君の目標を手伝えるような人間になるために成長したい。それだけです。サークルもそのためになるところを選びたいと思ってます」
「……野村選手の目標って、アレ?」
「ちょっと前のインタビューで言っていたな。打倒アメリカ代表と」
「それです。だから、アメリカと日本の比較を念頭に統計学や情報分析について勉強していこうと思っていました」
私がハッキリと言うと、2人は少し驚いた様子を見せた。
「オドオドした子だと思ったけど、しっかり目標を定めてるんだね」
「こちらとしては是非入会して欲しい人材だな」
「うんうん」
流れでこちらに選択権があるものと思ってたけど、あちらもあちらで私を見定めようとしていたみたいだ。
まあ、当然か。
少数精鋭って自分達で言ってたし。
「そういうことなら協力し合えるかも。各国の野球の現在地を調べてる子や、アメリカに特化して総合的に研究してる子もいるし」
「ホントですか?」
「勿論!」
それは、かなり魅力的だ。
自分から協力を要請しに行けるかは不安だけど。
「……だからね。陸玖ちゃん後輩がよければ、ウチのサークルに加わってくれないかな。勿論、余りにも合わないようだったらやめても全然構わないし」
「そう、ですね。であれば、お世話になりたいです」
「よかった!」
嬉しそうに両手を合わせる大島先輩。
サークル活動が続くかどうかはこれから次第だけど、少なくとも彼女との出会いはいいものになりそうな気がする。
引き合わせてくれた野村君には感謝だね。
「じゃあ、メンバーを呼んで紹介しないと!」
と、大島先輩は慌ただしく連絡を取り始める。
「え、あ」
そ、それは心の準備が……。
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