閑話09 サークル勧誘(陸玖ちゃん先輩視点)

 今年もプロ野球のペナントレースが始まり、早2週間の時間が経過していた。

 その陰で、野村君と鈴木さんが所属する村山マダーレッドサフフラワーズは3部リーグの舞台で快進撃を続けている。

 現在20戦して19勝1敗。

 4月前半で既に2位に5ゲーム差をつけて首位を独走していた。


 ちなみに、この1敗は野村君が右で登板した翌日に行われた試合でのものだ。

 登板したピッチャーは尽くフォアボール連発で大炎上。

 野村君は四球攻めを食らい、鈴木さん以外の打者はチャンスをものにできず。

 誰が見ても理由がハッキリとしている負けだった。


 村山マダーレッドサフフラワーズの現状は非常に分かり易い。

 野村君がピッチャーかキャッチャーの時は盤石。

 3部リーグのチームなら全く相手にならない。

 それ以外の時はちょっと危うい感じがある。

 もっとも、将来のための布石とでも言うべきか、力不足な選手に場数を踏ませるためであろうことがハッキリと分かるのでファンのストレスは皆無に等しい。

 何なら、勝つか負けるかのハラハラした感覚を味わうのに丁度いいと思う程だ。

 まあ、それも勝率9割5分という心の余裕があってこその話だろうけど。


 それはともかくとして。

 この調子なら前期で何の問題もなく2部昇格することができるだろうし、後期での1部昇格も間違いなく成し遂げられるはずだ。

 そして、そのまま日本野球界のトップまで駆け上がっていくに違いない。


「2人共、本当に凄いなあ」


 講義の合間に村山マダーレッドサフフラワーズの記事を見ながら呟く。

 野村君と鈴木さんは県内の話題の中心だ。

 全国的にも注目を集めている。

 そんな彼らと一緒に活動していた5年間は本当に特別だった。

 普通の大学生になった自分を思うと、そう強く感じてしまう。

 何だか遠い存在になってしまったような寂しさがあった。


「……だからこそ、もう1度特別を感じられるように頑張らないと」


 自分に言い聞かせるように呟き、気合を入れ直して次の講義に臨む。

 幸い彼らとの繋がりは消えていない。

 今も連絡を取り合っているし、インターンシップ的な手伝いの話も生きている。

 受け入れ体制を整えるのに少し時間がかかっているそうだけど。

 その時が来るまでボンヤリと過ごす訳にはいかない。

 これまでの関係に甘えて利益を享受するだけの人間にはなりたくないから。

 いつかまた同じ場所で同じ方を向いて生きることができるように。

 今は今やるべきことに懸命になろう。


 そんな風に思っている私だけど、少し困っていることもあった。

 どの講義を選ぶかではない。

 そもそも1年生では選択の幅がそこまでないし……。

 将来に向けて、何を勉強したいかも定まっている。

 後はそれを基にシラバスからチョイスしていけばいいだけのことだ。

 なら、何を困っているかと言えば――。


「津田さん、サークル決めた?」

「ふえっ!? あ、い、いえ、ま、まだです……」


 今日選択している講義が全て終わった後。

 同じクラスになった女学生から問われ、挙動不審な感じになってしまった。


 入学してから驚いたことの1つだけど、大学にもクラスというものがある。

 共通科目部分の講義は、大体このクラス毎に受けることになっているのだ。

 だから、顔と名前が一致している人がそれなりにいる。

 この人もそう。

 私に限らず、性別問わず色々なクラスメイトに話しかけている陽キャさんだ。

 きっと高校時代はクラスカーストの上位層だったに違いない。

 人見知りで、教室では陰キャ街道をひた走っていた私とは対照的だ。


 ……一応、これでも野村君達のおかげでマシになったはずだったんだけどね。

 大学に進学して皆と別れたことで、コミュ障が再発してしまった自覚がある。

 好きなものに触れて暴走する機会も、それを許してくれるような場所もないし。

 はあ。悲しい。


 そう心の中で溜息をついていると――。


「もしよかったら、アタシと同じ草野球サークルに入らない?」


 陽キャさんはコミュ強特有の距離感で迫ってきた。


「ぴっ!?」


 圧が強くて、思わず及び腰になる。

 陰キャには刺激が強いので、もう少しゆっくり近づいてきて欲しいところだ。


 ……まあ、振り返れば野村君達は同じぐらいグイグイ来てたし、そのおかげであれだけ充実した時間を送ることができた側面もあるけどね。

 とは言え、彼らは私のテリトリーに外から分け入ってきたような形だし、何だかんだで私のやりたいことも尊重してくれた。

 彼女は別の場所に連れていこうとしている。

 その辺で差はあるかな。


「どう?」

「う、う、運動は、苦手なもので……すみません……」

「大丈夫大丈夫。そこまで真面目なサークルじゃないから」

「え、ええと、えと……」


 サークルは多種多様あれど、当然ながら野球に関係したものが1番多い。

 中身はそれこそピンキリ。

 そして申し訳ないけれど、彼女が勧誘しているサークルはキリの側だ。

 あくまでも主観による区分だけど。


 ともあれ、このサークルという存在が正に私の悩みの種になっていた。

 私としては、可能ならどこかのサークルに入って中学高校の時のように仲間を作り、色々なことを学んで成長したいと思っている

 けれど、数が余りにも多くて、どこに入ればいいのか困っているのだ。


 それに関連して入学前からサークルの調査は行っていたので、陽キャさんの所属サークルについての情報もそれなりに持っている。

 彼女が真面目なサークルではないと言ったのは正にその通り。

 たまに交流会と称した試合を適当に行うぐらいで特に練習なんかはせず。

 後はコンパコンパの毎日。

 陽キャなパリピ大学生の集まりって感じだ。


 陰キャムーブをかましている私をそこに誘う理由が分からなくて少し怖い。

 けど、まあ、別に分からなくてもいいか。

 陽キャさんには申し訳ないけど、入る気は全くないのだから。

 しかし、そのためにはここでキッパリと断らないといけない。

 一応、言葉は選んで――。


「君が津田陸玖か?」


 頭の中で文章を作っていると、不意に横から声をかけられた。

 男性のものだ。

 明らかに聞き覚えがないのと、名前を知っているのに顔と完全に一致していない様子なので少なくとも同じクラスの人ではないだろうと判断する。

 もしかすると大学の職員か何かかな。

 そう思って「あ、はい」と応じながら振り向くと……。


「はひいっ」


 身長が2m近い上にガタイがいい強面の男がサングラスをかけて立っていた。

 シャツは筋肉によってパツパツで、カジュアルなジャケットを羽織っている。

 服装は割とライトだけど、ヤのつく人のプライベートにしか見えない。

 余りの威圧感に小さな悲鳴が零れてしまう。

 助けを求めるように陰キャさんを見ると、彼女は既に退避してしまっていた。

 何て素早い動き。盗塁が上手そう。だけど、ちょっと酷い。


「あ、え、ああ、あの……」

「おっと、ごめんごめん。ビックリさせちゃったね」


 と、今度は女性のハスキーな声が巨大な男の背後から聞こえてくる。

 そして、彼の後ろから王子様みたいな細身で高身長の女の人が出てきた。

 どちらも見覚えはない。


「ええと、貴方達は……?」

「私は大島仁愛にあ。彼は石嶺ごう


 名前だけ言われても、と思いながら続く言葉を待つ。


「用件としてはさっきの子と同じかな」

「サ、サークルの勧誘、ですか?」


 首を傾げながら確認するように尋ねる。

 私とは全く接点がない……はず。

 なのに、名指しで来るなんて怪し過ぎる。


「あはは、不審そうだね」


 表情に出ていたのか、大島さんは苦笑しながら言う。

 それから彼女は懐からスマホを取り出した。


「これ、見てくれる?」


 差し出された画面には動画が映し出されていた。

 見覚えのある2人が並んでいる。


「あ……」

『陸玖ちゃん先輩、お久し振りです』『おひさ』


 笑顔でお辞儀をする野村君と無表情で手を振る鈴木さん。

 相変わらず距離が近くて仲がいい様子だ。

 全然変わってないなあ。

 ……けど、これ。私へのビデオレター?


『そちらのお2人は春季キャンプで知り合った方で、既に自己紹介があったかと思いますけど、大島仁愛さんと石嶺轟さんです』


 目の前の2人の名前が彼の口から出てくる。

 つまり野村君の知り合い……?

 いや、でも。


「春季キャンプで、ですか?」

「そ。私達、宮城オーラムアステリオスとの練習試合を見に行ったんだ」

「え!? わざわざ久米島まで!?」


 思わず驚きの声を上げる。

 キャンプ中の練習試合を見に行くなんて、相当熱心なファンだ。

 しかも、村山マダーレッドサフフラワーズはまだ今年プロ野球球団になったばかりで、初めての春季キャンプだったのに。


「企業チームの頃から注目してたからね」

「それは、見る目ありますね」

「まあね~」


 ……何か、久し振りに普通に話せてる感じがする。

 野村君達の姿を見て、少し人見知りが緩和されたのかな。

 そう思いながら画面に視線を戻す。


『少し話をした感じ陸玖ちゃん先輩と話が合いそうな気がしたので、一緒のサークルに入ったらどうかなと思って紹介しました』

「野村君……」


 彼も新生活で忙しいだろうに、私のことまで気にかけてくれていたようだ。

 ちょっとジーンと来てしまう。


「ま、入る入らないを決めるのはどういう活動をしているサークルなのか聞いてからでも全然構わないから、話だけでも聞いてみない?」

「…………分かりました。そういうことなら」


 折角、野村君が勧めてくれたのだ。

 それぐらいいいだろう。


「ありがと。じゃ、行こっか」


 嬉しそうに笑う大島さんに頷く。

 そうして私は、2人と共にサークル棟へと向かったのだった。

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