162 練習試合総括
「野村選手。いつか同じ舞台でまた勝負をしましょう」
「はい。必ず」
宮城オーラムアステリオスとの練習試合の後。
山崎選手とそんな風に言葉を交わしながら握手をする。
はたから見ると非常に爽やかなやり取りだ。
しかし、彼の心中は全く穏やかではないようだ。
友好的な雰囲気の握手にしては、俺の手を握る力が強過ぎる。
ちょっと痛いぐらいだ。
けれども、ここは敢えて涼しい顔をしておく。
もっと俺のことをライバル視してくれるように。
対する山崎選手は、余裕ある俺の様子に少し表情を硬くしながら口を開く。
「次は、負けませんので」
現時点では俺との間に明確な実力差がある。
その事実は誰が見ても一目瞭然だろう。
彼自身も練習試合を通じて重々承知しているはずだ。
にもかかわらず、闘志は微塵も揺らいでいない。
むしろ燃え上がっているぐらいだ。
言うなれば、ある種の無謀さを湛えた不屈の精神性。
本当に素晴らしいと思う。
前世の俺だったら心がポッキリ折れて、腐ってしまってもおかしくないからな。
いや、そんなのと比較されても迷惑以外の何ものでもないだろうけれども。
まあ、何にしても。
正に彼の持つ【生得スキル】の【切磋琢磨】と【万里一空】に相応しい気質だ。
きっとそのスキルの効果を十二分に活用し、大きく成長してくれることだろう。
だから――。
「楽しみにしてます」
俺は山崎選手の力強い宣言に対し、期待を込めてそう返した。
次に会う時にどれだけ差が縮まっているか、今から本当に楽しみだ。
差が大きければ【万里一空】が、差が縮まれば【切磋琢磨】が機能するからな。
現行日本一とされている海峰選手程度なら早晩超えることができるだろう。
……今は、こんなところかな。
「では、失礼します」
「はい」
どちらからともなく手を離し、互いに頭を下げて辞去する。
その足で岩中選手達にも一通り挨拶をし、それから俺は自陣へと戻った。
「……皆、しゅー君を意識してた」
「だな」
ずっと隣に控えていたあーちゃんの言葉に、軽く頷きながら同意を示す。
こちらから意図して挑発した山崎選手のみならず。
宮城オーラムアステリオスの選手全員の俺を見る目は一様に鋭かった。
今もヒシヒシと、痛いぐらいに視線を感じる。
3-23と1部リーグの実力を俺達に十分見せつけることができただろうにな。
と言うのは、さすがにお惚けが過ぎるか。
今日の俺の成績は、打っては4打数4安打2本塁打3打点。
投げても1回無失点3奪三振。
あくまで個人レベルの話だが、公称17歳の選手にいいようにされてしまった。
たとえチームが圧勝したとしても、それで素直に喜ぶことなどできる訳がない。
「……まあ、だからって、こちらが喜べるかと言えばそんなことはないけどな」
「それはそう」
村山マダーレッドサフフラワーズの安打数は合計で9。
ただし、4/9は俺。
あーちゃんが4打数2安打なので2/9は彼女。
一応、他に3安打出ている計算になるが、その内の2安打とあーちゃんの1安打は直後のダブルプレーによって折角の出塁が無駄になってしまった。
残りの1安打にしても最終回で残塁に終わっている。
いずれも後が続かなかった。
まあ、1部リーグのレギュラーピッチャー相手に何本かヒットが出ているだけマシという見方もできなくはないけどな。
1部同士の試合でも、片手で数えられる程度のヒットしか出ないこともあるし。
勿論、だからこのままでいいとはならないけれども。
「さて。細かい分析結果は追々伝えますが、ザックリと総括をしましょう」
久米島第2野球場に戻ってから。
ミーティングルーム(会議室)に集まった面々を前に尾高監督が切り出す。
まずは練習試合における打撃面の総括から。
「時折野村君に打撃投手をして貰って、皆さんも一級品の球を経験してはいると思います。ですが、投手によってテンポやフォーム、球質はマチマチです」
球速や変化量をトレースしたフリー打撃は今も定期的に実施している。
なのに、俺とあーちゃん以外今一打棒が振るわなかった理由は主にそこだ。
俺の真似と本物との僅かなズレ。
それによって感覚を狂わされていたのだ。
これは固有球種や特殊なスキルに限ったことではない。
個々が持つ特有のリズム、呼吸、配球。それらが統合して形作られる癖。
全てが組み合わさって1人のピッチャーの特徴が形成されている訳で、いくら真似をしようとしても真似し切れない要素も中にはある。
とは言え、多くの場合は結局見たことあるスペックに落ち着いてしまうが……。
「1部リーグの第一線で活躍している投手は類型に当てはめて攻略できるとは思わないことです。各々突出した何かを持っていると考えて下さい」
普通から逸脱した特異性。
彼らは皆、それを武器に日本球界最高峰の舞台で生き残っているのだ。
「とは言え、ヒットはポツポツ出ているし、悪くない当たりも割とあった。そこはそれこそ野村がバッティングピッチャーをしてくれたおかげだな」
と、大法さんが打撃コーチの立場からフォローをするように言う。
実際、2回毎にピッチャーも変わっていたし、目が慣れる時間もなかった。
若干バッター不利だった部分も考慮に入れると、練習の成果が出たとも言える。
だが、逆に1回毎に交代していたにもかかわらず合計23失点の投手陣は、明確な実力不足が露呈してしまった形だ。
いや、まあ、そう雑に一括りにしてしまうと最初の方で登板した鈴木さん達が可哀想な気もするけれども、割と綱渡りだったのも事実。
大小の差はあれ、不足があることに変わりはない。
……俺が要求するレベルが高過ぎる嫌いもあるけどな。
ともあれ、尾高監督も打撃陣に続いてそちらに言及する。
「投手陣は課題がより明確になったように思います。各々の強み、弱点をしっかりと認識しながら総合的なレベルアップを図っていきましょう」
尾高監督から視線で促され、俺も皆の前に出て口を開く。
「まずキャッチャーの立場から言わせて貰うと、やはりコントロールはいいに越したことはありません」
これは一般論で正論なので誰も否定はしない。
ただ、こちらは自分自身や正樹、磐城君のレベルが頭にあるから、現実的なコントロールのよさで満足していない自覚がある。
「コントロールがいい」の認識に大きな乖離があることは否めない。
ゲームみたいなコントロールを要求するのは普通は非常識というものだし、常識的なピッチャーからすれば無理を言うなと言いたくもなるだろう。
最初からそこを強要するとモチベーションが下がってしまう危険性もある。
各々の気質や性格もあるしな。
なので、一応別方向からのアプローチも提示してはおく。
「とは言え、猪川さんのように球に威力があれば、制球が覚束なくても1部リーグ相手に無失点で切り抜けることも不可能ではありません。安定感には欠けますが」
釘を刺しておくことも忘れない。
結局は結果論だとしても、博打の割合が大きくなり過ぎるからな。
制御できるところは制御したい。
【戦績】という情報を常に利用できるなら尚更だ。
「まあ、いずれにしても。尾高監督がおっしゃる通り総合的なレベルアップは不可欠です。その方向性としてコントロールを軸とするか、球質を高めることを軸とするのか。1人1人に合った形を再考して、シーズン開幕に備えましょう」
「「「「「おうっ!!」」」」」
17歳の若造の言葉を素直に聞いてくれるこの環境は本当に助かる。
今年1年は1部リーグに殴り込みをかけるための準備期間だ。
1部昇格は既定路線として。
そちらへ向ける労力は最小限に、後は自己研鑽に励んで貰いたいところだ。
まずはこの春季キャンプ。
今回の宮城オーラムアステリオスとの練習試合で得た課題を基に各々新たに目標を掲げ、残りの日程を消化していくとしよう。
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