159 選手層の差

 場面は2回裏ノーアウトランナー1塁。

 バッターボックスには6番バッターが入る。

 言っては悪いが、続く7番、8番の選手も含めて控えのお試し起用だ。

 昨シーズンのレギュラーメンバーや名実共に即戦力な山崎選手と比較してしまうと、どうしても見劣りしてしまうのが正直なところ。

 3人共明確なウィークポイントを抱えており、大分攻略難易度が低い感がある。

 たとえ川谷さんがまだまだ総合的に見て力不足でも。

 俺のスキルで補正して尚コントロールに不安があったとしても。

「まあ何とかなるか」と思える程度だ。

 そして実際に。


「ヒズアウトッ!」

「よし……とりあえず切り抜けたな」


 山崎選手のタイムリーヒットの後。

 ファーストゴロ、ショートゴロ、セカンドゴロで3アウトチェンジ。

 3者連続のゴロアウトで2回の裏は終了となった。


 川谷さんの出場成績は1回を投げて1失点。

 被安打2、自責点1、四死球なし。

 4番バッターからの打順だったし、そもそも1部リーグのチームが相手だ。

 及第点と言っていい内容だろう。


「さて。宮城オーラムアステリオスの次のピッチャーは……」


 2回で岩中選手が降板したため、相手もまた投手交代となる。

 次は一体誰が投げるのかと思いながら、ベンチからグラウンドを眺める。

 すると、テレビで見覚えのある有名選手がマウンドへと向かっていった。


「お。岸永選手を出してくれるのか。これはありがたいな」


 投球練習を始めたのは、2番手ピッチャーの岸永礼司選手。

 彼は岩中選手と共に宮城オーラムアステリオス投手陣の2本柱と評されていた。

 掛け値なしの一流ピッチャーだ。

 その最大の特徴は糸を引くようなストレート。

 外角低めいっぱいに決まるのを中継でよく見かける。

 その球でバッターを見逃し三振にでも切って取れば、観客は大盛り上がり。

 彼のファンの多くは、それを期待して応援していると言っても過言ではない。


 しかし、いざバッターとして対戦する側に回ると厄介極まりない選手と化す。

 問題はやはりあのストレートだ。

 球速はMax149km/h、平均球速142km/hと岩中選手よりも遅い。

 数字に出ているのでそれは確かだ。

 にもかかわらず、打席に立つと異様に速く感じてしまうらしい。

 伸びが半端ではなく、普通の直球と同じ感覚で振ると差し込まれてしまうのだ。


「……やられた」


 あーちゃんもどこか怪訝そうな顔で1塁ベースの辺りから戻ってくる。

 3回表。村山マダーレッドサフフラワーズの攻撃は8番打者からの打順。

 8番、9番と凡退した後で、1番打者のあーちゃんに回ってきたのだが……。


「あのストレートはおかしい」


 直球が来ることは【直感】で何となく予測することができていたのだろう。

 なのに、微妙に振り遅れた上に打ち上げて、ライトフライに終わってしまった。

 球種が分かっていたのに呆気なくアウトになってしまい、狐につままれたような気持ちでいるのかもしれない。


「岸永選手の直球は神がかってるからな」


 その凄さはテレビ越しに見ただけでも十分伝わってくる。

 とにかく、どんな角度から見ても絵になるのだ。

 球界一美しいストレートとも言われていたりする。

 ……と言うか、実のところステータスの表記からしてそうだ。

 そのまま【球界一美しいストレート】となっている。


 ゲームで言うところの固有球種という奴だな。

 1部リーグを見渡しても数える程しかいないので非常に珍しい。

 岸永選手のストレートもそういう扱いになっているようだ。

 つまりは、野球狂神が統べるこの世界に保証された美しさという訳だ。


 一方で、間近で目にすると美しさの中にある荒々しさに圧倒されてしまう。

 球界屈指の回転数により、まるで唸りを上げているかのように感じる。

 惜しむらくは球速。

 後10km/h速ければ、間違いなくアメリカ代表相手でも通用しただろう。


「……何にせよ、こういう特異な球の軌道とかタイミングの取り方は、ちゃんと頭に入れておかないと」


 標準から外れた球質は【直感】や超集中状態を狂わせる数少ない要素だ。

 回転数や回転軸。リリースポイント。腕の振り。

 同じ分類の球種であっても投手によって明確な差があることを理解し、対戦する相手に合わせて打ち方を研究していかなければならない。

 特に、エースピッチャーが代名詞として持つ決め球の分析は必要不可欠だろう。


「ん。2度はしくじらない」

「ああ、その意気だ。けど、まずは切り替えて守備につこう」


 3回裏。

 村山マダーレッドサフフラワーズは予定通りにまたピッチャー交代。

 3人目のピッチャーは猪川大和選手。登録名はヤマト。

 背番号は29の左投手だ。

 Max150km/hのストレートとシンカー気味に落ちるチェンジアップ(サークルチェンジ)とのコンビネーションを武器としている。


 反面、俺のスキルの補正があっても大分ボールが荒れ気味。

 他の選手以上にコントロールが課題となっているピッチャーだ。

 欲を言えば、もういくつか球種が欲しいところではあるけれども。


 少なくとも持ち球に関してはチームでも随一の威力を誇る。

 おかげで、9番からの打順を難なく3者凡退に抑えることができた。

 右投手からサウスポーと目先が変わったおかげもあるだろう。

 荒れ球だったのも逆によかったかもしれない。


 攻守交替。

 4回表の攻撃2番打者から。


「しゅー君、防具」

「うん」


 俺にも打順が回ってくるので、防具を脱いで準備をする。

 宮城オーラムアステリオスは岸永選手がそのまま続投。

 あの一級品のストレートを実戦で経験できるのは非常にありがたい。

 まあ、凡退した選手にとっては苦い経験になっただろうけど。


 この回先頭の2番バッターはファーストファウルフライ。

 3番バッターは見逃し三振。

 両者共、正にその【球界一美しいストレート】で打ち取られてしまった。

 2アウトランナーなし。

 というところで、俺はバッターボックスに立った。

 ……この打席、あーちゃんや皆の仇を討つことも目的に加えておこう。


 球質をしっかり見極めておきたいので、ここでも【離見の見】を使用しておく。

 狙うは皆がキリキリ舞いにされたアウトコースのストレート。

 ストライクゾーンに来た段階で振りに行く。


「来た」


 カウント1ボール1ストライクから投じられた外角低めの直球。

 見逃せばボールになりそうだが、浮かび上がるようにストライクゾーンに入る。

 そんな球を。

 打席の外から何度か見た軌道を参考に、早めのタイミングで強引に引っ張る!


――カキンッ!


「っと。角度はつかなかったか」


 走り出しながら、打球の行方を目で追って呟く。

 さすがは岸永選手のストレートと言うべきか。

 ほんの少しタイミングもズレて、僅かにバットの先で打ってしまった。

 それでもボールはサードの真木選手の頭上を超えていく。


 強烈なスピンのかかったライナー性の当たりは、ファウルラインの真上でバウンドしてイレギュラーな方向へと転がっていく。

 そして山崎選手の脇を抜け、ファウルゾーンでフェンスにまで到達した。

 クッションボールも跳ね返り方がおかしい。


「……3塁、行けるな」


 ボールは転々とする。

 それが捕球されるまでの間に2塁ベースを蹴り、そのまま3塁に向かう。


 2回続けば、自分を狙っているのではないかという疑いが出てきたのだろう。

 山崎選手は俺に鋭い視線を向け、3塁へと全力の送球をする。

 しかし――。


「セーフ!」


 俺は既に3塁ベースを踏んでおり、スリーベースヒット。

 チラリと山崎選手を見ると、彼は凄い形相で俺を睨んでいた。


 ……うむ。

 順調にライバル視してくれていっているようだな。

 いいことだ。


 ただ、まあ。そこから後は続かず。

 3アウトチェンジで3塁残塁。

 俺の3塁打は、山崎選手に対する挑発以上の意味を成さなかった。

 4回表終わってスコアは1-1のまま。


 そして試合は4回裏、5回表、5回裏と続いていく。

 守備の度にこちらのピッチャーは交代。

 4回裏は背番号44の西藤斎。サイドスローの右腕。

 5回裏は背番号37の島岡秀喜。スリークオーターの左腕。

 ここまでは誤魔化し誤魔化しやってくることができた。

 それぞれ1回1失点ずつで切り抜け、5回裏終了時点で1-3となる。

 3部リーグのチームとしては大健闘と言えるだろう。


 しかし、ここから明確に力の差が見えてきた。

 元々控えの控えといったポジションの松本大典投手、田之上寿投手。

 去年入団したばかりの源虎次郎、登録名コジロー投手。

 山形マンダリンダックスから移籍してきた山田真一投手、加隈道雄投手。

 その5人が投げて6回、7回共に連続10失点を喫してしまう。

 8回表終了時点で1-23。


 野球は投手力。

 それを突きつけられるような試合展開となってしまった。

 やはり選手層の差が大きい。

 結果、8回裏で俺以外のピッチャーがいなくなってしまう。


 ……山崎選手はしてやったりと思っているかもな。

 けど、まあ、それも悪くはない。

 8回の裏は3番の真木啓二選手から。

 そして4番の安藤譲治選手、5番の山崎選手へと続く。

 1部リーグのクリーンナップに挑戦させて貰うとしよう。

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