151 クリスマスイブと思い出と

 めでたく私営3部リーグの末席に加わった村山マダーレッドサフフラワーズ。

 来年の2月からはプロ野球球団として春季キャンプを開催することになる。

 当然ながら経営陣も含めて初めてのことだ。

 なので、総動員体制で準備に追われて気づけば12月24日。

 あーちゃんと約束したクリスマスイブ当日を迎えていた。

 街は数日前から煌びやかなイルミネーションで飾られ、クリスマスムード一色。

 クリスマス商戦のピークに差しかかり、世の中も活気づいている。


 まあ、出勤日が重なってしまった労働者は浮ついた気分ではいられないが……。

 今年の12月24日は日曜日で、俺とあーちゃんも休日だ。

 たとえ平日だったとしても有休という切り札もあるし、ウチはちゃんと切り札を切らせてくれる真っ当な会社なので問題はない。

 もっとも、来年1月1日からは3部リーグとは言え個人事業主であるプロ野球選手になるので、有休なんてものはなくなるけれども。


 それはさて置き。

 特に予定外のイベントも発生するようなこともなかったので、計画通りにクリスマスデートを始めることができそうだ。

 少し雪がチラついているが、クリスマスということを考えると悪くない。


「じゃあ、あーちゃんをお借りしますね」

「ええ、楽しんで来てね」

「はい。9時頃には帰りますので」

「ふふ、別に泊まってきたっていいのよ?」


 悪戯っぽく笑う加奈さんに、隣であーちゃんが顔を赤らめてもじもじする。

 これは母親特有の悪ノリだな。

 父親ならそんなことを言い出すことはまずないだろう。


 しかし、家族完全公認でも明け透け過ぎるのはやっぱり反応に困る。

 まあ、反対されるよりかは余程マシではあるだろうけれども……。

 さすがにその発言は、ちょっとばかしマズかろうと思う。色々な意味で。


「加奈さん、青少年健全育成条例違反を勧めないで下さいよ」


 嘆息しながら、未来の義理の母親に苦言を呈しておく。

 まず未成年の時点でホテルや旅館への宿泊は親権者の同意書がないとできない。

 更に男女のペアともなれば、同意書があろうと真っ当な宿泊施設なら普通断る。


「17歳の俺達が好きに泊まれる場所とか、明らかにコンプライアンスに違反してますからね。そんな怪しいとこにあーちゃんを連れてけませんって」

「……秀治郎君は真面目ねえ」

「それだけ、しゅー君がわたしを大事にしてくれてるってこと」

「あらあら」


 惚気のようなあーちゃんの台詞に、あてられたとばかりに苦笑する加奈さん。


「お母さんも、しゅー君がそんなことしないって分かってて言うのは感心しない」

「そんなことしないって分かってるから言えるのよ。こういうことは」


 ……まあ、そういう側面もあるだろうけれども。

 からかうにしても話題は選んで欲しいところだ。


「それより、そろそろ行った方がいいんじゃないの?」


 言われて時計を見ると、時刻は14時過ぎ。

 確かにいい時間だ。


「っと、そうですね。行ってきます」

「行ってきます」

「はい。行ってらっしゃい。楽しんで来てね」


 あーちゃんと2人で家を出て、手を繋ぎながらバス停へと歩いていく。

 そこで定刻通りに来たバスに乗り込み、俺達は最初の目的地へと向かった。


 行き先はショッピングモールに併設されたシネマコンプレックス。

 今日のデートはまず映画鑑賞からだ。


「……あーちゃん、ホントにこれアレでよかったの?」

「ん。アレがいい」


 既にインターネットで予約済みなのだが、一応確認してから自動券売機へ。

 出てきたチケットに書かれたタイトルは、単純明快なアクション映画のもの。

 火薬の量が多ければ多い程面白さも増す。

 そう履き違えてしまっているかのような馬鹿映画だ。

 とにかく頭を空っぽにして見られると評判がいい。


 あーちゃんはクリスマスの定番、恋愛映画には全く興味がないらしい。

 曰く「わたしの実体験よりもショボい」のだそうだ。

 自分自身の経験が何よりも輝いている宝物。

 だから、他の恋愛は色褪せて見えるのだとか。

 それだけ強い想いを俺に対して持ってくれている訳だ。

 そんな彼女のことは、何よりも大切にしなければならないと改めて思う。


 上映時間は本編前の予告を含んで2時間ちょい。

 で、約2時間経って映画を見終えた俺達は、一息つくために併設のショッピングモール1階にある喫茶店に入った。


「どうだった?」

「楽しかった」


 感想を尋ねると、小学生並みの答えが返ってくる。

 あーちゃんらしいと言えば、あーちゃんらしいが……。

 上映中、チラッと彼女の様子を見る度に目が合っていたことを思い出す。


「……ホントに映画見てた?」

「しゅー君のリアクションを見てた」

「……それ、面白いのか?」

「ん。面白い」


 真顔で断言したあーちゃんは、そのまま微かな笑顔と共に続ける。


「凄い爆発でちょっと驚いてるのが可愛かった」


 ま、まあ、楽しみ方は人それぞれだ。

 反応を観察されたのは恥ずかしいが、彼女がそれでいいなら別にいいだろう。


「2人切りのクリスマスイブは初めてだから。何だって楽しいし、嬉しい」

「……そっか。うん。俺も嬉しいよ」


 彼女とは家族ぐるみのつき合いだから、クリスマスは誰かしら一緒だった。

 2人だけで過ごしたことは1度もない。

 いつもどちらかの親がいて、鈴木家だと暁もいる。

 そもそも自由にできるお金がなかったというのもあったけど。

 だから、今回クリスマスデートを企画できたのも、父さんのリハビリも一区切りついて金銭的な余裕が大分できたおかげでもあった。

 用意したプレゼントに至っては、3部昇格のご褒美として冬のボーナスを奮発してくれなかったら厳しかったかもしれない。


「そろそろ時間だから行こうか」

「ん」


 しばらく喫茶店で時間を過ごした俺達は、今度はショッピングモールを出た先にあるタクシー乗り場からタクシーに乗り込んだ。

 次の目的地は、とあるラグジュアリーホテル。

 あれだけ加奈さんに言ったので、当然ながら宿泊目的ではない。

 最上階にある夜景の綺麗なレストランを予約したのだ。

 個室も選べる場所で、大分前から押さえておいた。

 勿論、未成年であることは伝えてあるので飲み物はソフトドリンクのみだ。


「……ちょっと不釣り合い?」

「まあ、背伸びした感は凄いよな」


 それは俺も分かっている。

 けど、そういったところも含めての経験だ。

 これもいつかはいい思い出になってくれるはずだ。


「無理してない?」

「少し頑張ったけど、折角のクリスマスイブだから」


 何よりも今回は、そういう場を絶対に整えておきたかった。

 あーちゃんは「どこで」よりも「誰と」もとい「俺と一緒に」を重視するタイプだから、俺の自己満足に過ぎないだろうけれども。

 ……少し緊張してきてしまった。


「15回目の記念?」

「そんなとこ」


 3歳で出会って、その年のクリスマスから数えると丁度15回目になる。

 あーちゃんもよく覚えていたものだ。


「今回は初めて自分のお金でプレゼントも買えたしな」

「でも、いつもの手作りプレゼントも嬉しかった。……今年はそれはなし?」

「いや、今年もあるよ」


 落ち込んだような表情を見せた彼女に、そう否定しながらジャケットのポケットに入れて持ってきていたものをテーブルに出す。

 折り紙の指輪と何でも言うこと聞く券。

 お金のかからない苦肉の策の贈り物だ。

 それでも、あーちゃんは毎年とても喜んでくれていた。


「わたしの手作りケーキは家に帰ってから。今年は特に気合い入れた」

「うん。期待してる」


 あーちゃんからのクリスマスプレゼントは、小学校の中学年辺りからはそれ。

 毎年グレードアップしていくので、クリスマスの楽しみになっていた。


「……? 他にもプレゼントがあるの?」


 改めて考えて今気づいた、という感じに小首を傾げるあーちゃん。

 そんな彼女に苦笑しながら別のポケットから小さな箱を出し、それを手渡す。


「……開けていい?」

「勿論」


 受け取った箱を恐る恐る開けるあーちゃん。

 彼女はその中身を見て、俺とそれを見比べた。


「指輪?」

「うん。紙の指輪だと婚約指輪として普段使いできないだろうから」


 小振りのダイヤモンドがあしらわれたプラチナリング。

 極めてスタンダードな婚約指輪。

 紙の指輪作りで毎年指のサイズは調べているのでピッタリのはずだ。


「お互い、両親も含めてそうなるだろうって感じで来てるけど、ちゃんとケジメはつけておかないといけないかなと思って」

「ケジメ……?」

「うん。あーちゃん。来年、18歳になったら結婚しよう」


 俺の言葉に目を大きく見開くあーちゃん。

 それから彼女は、少し目を潤ませながらハッキリと頷いてくれた。


「嬉しい」


 心の底からと分かる言葉にホッとする。

 前世も含め、初めての経験だけに正直なところ心臓が痛いぐらいだった。

 それでも俺のような恋愛経験が乏しい人間でもこういうムーブができるのは、ステータス画面で好感度を見ることができるおかげだな。


 そう思いながら、チラッとあーちゃんのステータスを見る。

 すると、前まで100+/100☆と表記されていた好感度が文字化けしておかしなことになっていた。

 既に突破していた限界を更に突き抜けてしまったか……。

 これは、見なかったことにしておこう。

 リングケースを大切そうに両手で包むあーちゃんに視線を戻す。


「つけてみてくれるか?」

「ん」


 彼女は左手の薬指に指輪をつけると、満ち足りた表情と共に俺に見せてくれた。

 うん。ピッタリだな。


「しゅー君」

「ん?」


 満足して頷いていると名前を呼ばれ、俺は小さく首を傾げた。


「ありがとう。大好き。愛してる」


 そう言って、輝かんばかりの満面の笑みを見せてくれるあーちゃん。

 この表情こそが俺にとっての特別なクリスマスプレゼントだな。

 夜景の綺麗なレストランでプロポーズなどというテンプレ極まりないシチュエーションだが、やってよかったと心の底から思う。


「うん。俺も、愛してるよ」

「ん!」


 家に帰れば、あーちゃん手作りのクリスマスケーキと家族が待っている。

 きっと加奈さんには左手薬指の指輪のことをからかわれてしまうだろうが、それもまたいい思い出になってくれるはずだ。

 しかし、今は2人切りでいられる束の間のクリスマスイブを噛み締めながら。

 俺達は、互いに楽しく心地のいい時間を過ごしたのだった。

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