150 与太話ではなくなってしまった

 入れ替え戦が終わればドラフト会議。

 ドラフト会議が終われば日本シリーズ。

 日本シリーズが終わればトライアウト。

 それから監督やコーチの去就や選手の契約更改。

 ペナントレースが終わっても野球の話題はこと欠かない。

 世間の目は一斉に次のイベントに向き、テレビも都度都度その特集を組む。

 何を置いてもまずは野球。

 ここはそういう世界だ。


 それ故に。

 国の運営もまた、その影響を多分に受けたものとなる。

 ……のだが――。


「うわあ」


 そのニュースを見た時、俺は思わずそんな声を上げてしまった。

 野球に狂った世界ここに極まれり。

 どうやら日本政府は、前回のWBWでの大敗に脳を破壊されてしまったらしい。

 俺達がプロ野球私営3部への昇格に伴って何やかんやと慌ただしく動き回っている間に、臨時国会でヤバげな法案が続々と可決されていた。


「正気かよ……」

「頭おかしい」


 ドン引きした俺の呟きに、あーちゃんも神妙な顔で同意を示す。

 最初からこの世界の価値観で育ってきた彼女ですらそう思うぐらいだ。

 前世の人間が見たら尚更のことだろう。

 野球に関連した部分以外は結構元の世界に近いと認識していたが、やはり全く異なる世界なのだと改めて突きつけられた思いだ。


「特別強化選手の認定制度とかスポーツ特待生、奨学制度の更なる拡充。野球用具の無償貸与とかは普通に理解できる話だったけど」


 まあ、そうは言っても前世のスポーツ振興などと比べると尋常ではないレベルで税金が投入されているようだが……。

 そんなことは全くの序の口。

 以前、あり得ないと皆で呆れた与太話が現実のものになってしまっていた。

 既に成立した中から特にヤバげなものをピックアップすると、以下の通り。


・野球に関わる遺伝子適性検査の完全無料化

・プロ野球選手(※)専門の国営精子バンク設立

・プロ野球選手(※)の精子バンク登録時、使用された際のインセンティブ導入

・プロ野球選手(※)の重婚罪対象除外

・プロ野球選手(※)の非嫡出子に対する15歳までの手当導入

※それぞれ所定の条件有(例:1部リーグ在籍期間、タイトル取得など)


 もう完全に野球方面で人間を品種改良しようとしているのが分かる。

 世界観的に、そういう思考になるのは理解できなくもない部分もあるが……。

 義務化という訳ではないところが、ちょっと嫌らしくもあった。


 最終的にこうした制度を利用するか否かは、あくまでも当人次第。

 決して個人の自由を制限するためのものではない。

 そう主張することができるギリギリを攻めてきている感じだ。

 ある意味では責任逃れと言うこともできるだろう。

 だからと言って、義務として強制されるのがいいかと言えば断固Noだが。


「まあ、でも。これでも比較的マシではあるんだよな」


 曲がりなりにも自由を尊ぶ側だから、この程度で済んでいるのが実情。

 それこそ国によっては急進的で罰則つきの法律が施行されていて、まるでフィクションで見かけるディストピアのような状態になりつつあると聞き及んでいる。

 遺伝子適性検査がマストなぐらいなら全然いい方。

 その結果を基にした男女のマッチング。

 のみならず、半ば婚姻を強制するような制度を作った国もあるらしい。


 まあ、そういった国は前世でも年端もいかない子を人身売買の如く金持ちに嫁がせる人権侵害が横行していたところだが……。

 何の慰めにもならない話だ。

 正直、そんなに効率がいいやり方だとも思えないのが尚のこと酷い。


 故にと言うべきか、先進国のトレンドは人工授精の方となっている。

 少なくない国でトッププロは精子・卵子バンクへの登録が義務化されたらしい。

 某国の本塁打、打点の2冠王が知らぬ間に何百という子供の親になっていた、なんてニュースが話題になっているぐらいだ。

 よくも悪くも行動力がある海外は無駄に展開が早い。


 そういった諸外国の状況の中で。

 実は最もヤバいんじゃないかと各所で囁かれている法律は別にあった。


「遺伝子組み換え・遺伝子操作に対する法規制の大幅緩和は、ちょっと怖い」


 あーちゃんが口にしたそれ。

 ロシアを筆頭に、遺伝子組み換え食品を禁止していた国がそれを解禁した。

 表向きの名目はそれだけのことに過ぎなかった。

 しかし、ちゃんと中身を精査していくとその先に待つものが見えてくる。


「かけ合わせの品種改良じゃなく、手っ取り早く直で弄る気なんだろうな」


 野球に特化した人間のデザイン。

 SF染みたそれをガチでやろうとしているのでは? という疑念が生じている。

 一応、当該国家は否定してはいるけれども。

 できる技術があり、規制がなくなれば、やろうとする者は当然出てくるだろう。

 人間とは、科学者とはそういうものだ。

 そもそも禁止されていようがいまいが関係のないマッドなサイエンティストだって、大手を振って活動できるようになってしまう。


「はあ、ホントどうなってんだ。この世界」

「事実は小説より奇なり」

「いや、まあ、現実ってのはそういうものではあるんだろうけどさ」


 俺は前世との比較で言っているので、認識が少しズレてしまっている。

 あーちゃんはそんな俺の微妙な感覚を把握し切れていないようだ。

 返ってきた反応がフワッとしていることに首を傾げている。

 転生云々は説明のしようがないので、俺は曖昧に笑って誤魔化しておいた。

 とりあえず話を戻そう。


「結果、アメリカが1番真っ当ってのがな……」


 野球狂神のやらかしが最も集中している国なのに。

 圧倒的な強者だからこそ自由でいられるって感じだ。

 真理なのかもしれないが、世知辛い。


「しゅー君とわたしが中心になってアメリカに勝てば、日本も目を覚ますはず」

「それは……うーん、どうだろう。脳を焼かれるのは間違いないだろうけど」


 俺達は色々な意味でイレギュラーだからな。


「両親はスポーツでの実績がないに等しい。その上、わたし達は先天性虚弱症だった。多分、遺伝子検査とか受けたら適性なしになるはず」


 結構自信満々な感じで告げるあーちゃんだが、これも厳密には分からない。

【成長タイプ:マニュアル】でステ振りをした影響が肉体にどの程度反映されるかについては、正直なところ未知な部分しかないからな。

 ただ、家系を見渡した限りでは運動に秀でた感じが全くないのは事実だ。


 ちなみに、あーちゃんがわたしと言ったのには理由がある。

「達」に含まれるのは彼女と俺だ。

 実は転生する際に【経験ポイント】を【Total Vitality】に割り振らなかったことで死にかけたアレが、先天性虚弱症の疑いとして記録に残っているらしいのだ。

 俺は医者ではないのでそう判断された基準は分からない。

 だが、母子共に事前の検査で全く異常がなく、生まれるまではスムーズだったのに出てきた途端あの様、ということでそう疑われたのだと思う。


 で、それを知ったあーちゃんは「疑い」ではなく、先天性虚弱症から回復した同士としても俺を見ているのだ。

 自分との共通点があって嬉しいらしい。

 まあ、ステータス的にその瞬間は確かに先天性虚弱症だったのだから、特に否定する必要はないだろう。


「まあ、俺達が活躍すれば世間に一石を投じることになるのは間違いないか……」


 遺伝子至上主義者にも。環境至上主義者にも。

 遺伝子と環境半々という一般的な考え方にすらも。

 どの観点でも俺達という存在はイレギュラー過ぎて、あらゆる科学的検証を阻害する特大のノイズとして後世に残ってしまうことだろう。

【成長タイプ:マニュアル】と【マニュアル操作】の組み合わせは、野球狂神が関与した一種の特権であるが故に。


 ……いずれにしても。

 世界の流れが大きく変わることは間違いないだろう。

 川に隕石をぶち込むレベルの混沌が待ち受けているかもしれないけれども。


 そう俺が考え込む間に。


『さて。毎年恒例。来シーズン注目選手特集を、本日より春季キャンプまで毎日放送していきたいと思います』


 ニュースはスポーツコーナーに移っていた。

 気分を変えるために、そちらに意識を向ける。


『今年の初回を飾るのは宮城オーラムアステリオスのドラフト1位指名、甘いマスクで若い女性を中心に人気となった即戦力大学生、山崎一裕選手です』

「む。しゅー君じゃないなんて、見る目がない」

「まあまあ。あっちは1部リーグの支配下で開幕レギュラー候補だから」


 ……何だか今は、普通の野球の話題は心が癒されるな。


『スラッとしたスタイルとは不釣り合いなパワーは既に1部プロ級。ホームランを量産し、全日本大学野球選手権では本塁打記録を打ち立てました』

『スラッとしたように見えるのは着痩せしているだけですね。ユニフォームを脱いだところを見たことがありますが、全身鋼のような筋肉でした。眼福でした』

『山本アナウンサー。今、全国の山崎選手の女性ファンを敵に回しましたよ?』

『ち、ちなみに現在彼女募集中。クリスマスイブもクリスマスも遊びに行く予定はなく、春季キャンプに向けて自主練習をするとのことです!』


 慌ただしく日々を過ごす内に、今年ももう間もなくクリスマスか。

 今生で給料を貰えるようになってから最初の聖夜だ。

 色々と特別なタイミングなので前々から準備してはいたが……。

 3部昇格で忙しかったり、世界がアレな方に行ったりで精神的な疲労感もある。

 気分転換にも丁度いいだろう。


「あーちゃん。クリスマスイブは2人で遊びに行こっか」

「ん! 勿論、行く!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る